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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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 S2 トライアングルハット

 村の中心部には美しい小さな花畑が広がっている。その中央に存在するのがこのエルムの村のシンボルの一つでもある女神像だ。

 水瓶を肩越しに周囲の花畑に恵みの雨を降り注がせるような、美しくも優しい笑みを浮かべた女神像を前にマイキー達三人は静かに祈りを捧げていた。

 別に祈りを捧げて物理的な変化が現れる訳では無い。ゲームとして女神像が持つ意味はただのセーブポイント。「Home Point On」という掛け声によって、その目的は果たされる。

 だが、これはこの世界で旅立つ冒険者が行う大切な儀式の一つなのだ。オープンβの際にはこの村には初心者講習というチュートリアル的なクエストが存在したらしい。そのクエストはここエルムの村の奥に聳えるギルドから請け負えたらしいのだが、何でもそこのギルド要員であるクリケットとコーザという二人のコンビが大絶賛だったらしい。

 だが正式サービスが稼動しオートメーション化が進んだ今、ゲーム要員のその大幅な見直しによって彼らの存在もまた過去のものとなってしまった。

 今ではギルド内に存在するアクセス端末にPBを接続する事で、クエストを受注する事が可能になったとの話。

 先人達が築き上げて来た偉大なる経験の元に再構築されたこの世界。その中には無くなってしまう事が非常に残念な先人達の想いが込められたシステムも存在する。

 絶え間なく変化していくこのARCADIAという世界において、マイキー達もまたその歴史の変遷のまた新たな見届け人となるのかもしれない。

 女神像の前には多くの冒険者達がマイキー達と同様に祈りを捧げていた。


「マイキー武器屋ってどっちだったっけ? 俺も調べてきたんだよな。確かこの女神像を左だよな」


 ジャックの言葉に祈りを終えたマイキーが立ち上がる。


「ああ、そうだよ。あそこに見える垂れ幕の掛かった囲い木の向こうに、藁の三角帽子を被った小屋が三つ並んでる筈さ。武器屋はその一番左だったかな」

「ねぇ、どんな武器があるのかな。オープンβ時には無かった武器も追加されてるんでしょ。私はやっぱり鞭かな」


 胸の高揚を抑えきれないといった様子で語るアイネに、ジャックが微笑する。


「ガキみたいにはしゃぐなよ。でも、俺はやっぱり今回追加されたっていう篭手とか双剣が希望だな」


 そんな彼らの話に耳を傾けていたマイキーが苦笑する。


「残念だけど鞭も篭手も双剣もここじゃ入手出来ないから。装備出来るレベル帯も上だし特定クラスを取得するクエストをこなさないと。鞭ならモンスターテイマー。篭手はモンク。双剣ならダンサーだったかな。どちらにせよ次の大陸までお預けさ」


 マイキーの言葉に肩を落とす二人だったが、だがそんな二人の気落ちはすぐに解消される事になる。

 この街でも象徴的な三角帽子の屋根が近づいてくると、三人の表情が輝き始める。

 藁葺きのその小屋は遠目より、やはり近くで見る事でその趣がより増してくる。


「こいつがトライアングルハットか。武器屋は一番左だったよな」


 ジャックの言葉に導かれるように左の藁小屋へと足を掛ける一同。小屋は一メートル程の高床になっていた。三人の歩みに合わせて緩やかにしなる板。入り口前には木彫りの装飾が施されていた。

 すれ違う冒険者とぶつかりそうになりマイキーは軽く会釈しながら彼らと入れ違いに建物の中へと侵入する。中へ入ると、そこには小さな円形状の空間が広がっていた。円錐型の高い屋根には小さな鳥籠とりかごが吊るされており、その中で一匹の色鮮やかな鸚鵡オウムが「Welcome」と「いらっしゃいませ」を交互に発声していた。


「何だこの頭悪そうな鸚鵡は」とジャックが視線でマイキーに訴え掛ける。

「罵声っていうのはいつか自分に跳ね返ってくるもんだと僕は信じてる。だからジャック、言葉に出さなかった君の選択は正しいだろうさ」と、そんなマイキーの無言の言葉を受け取ったのかジャックもまた黙って頷き店内へとその視線を戻した。

 店内にはいくつもの台座が並べられていた。その台座のショーケースの中に置かれた魅惑的なその武具の数々に三人は完全に思考を奪われたのだった。

 小型の短剣、短剣と比べて刃先が伸びた長剣、突貫性に優れていそうな槍、短い柄に太い刃のついた見た目にも破壊力がありそうな片手用の斧、それから柔らかな弧を描いた弓と、いずれも銅製品と見られるそれらは所狭しとショーケースの中に並べられていた。


「凄い、見て。あれって槍でしょ。槍ってこんなに長いんだね」


 初めて見る武具の存在に喜びを隠さないアイネ。

 この時ばかりはマイキーもまたそんな武具の数々に完全に心を奪われていた。そんな中でも落ち着いて彼は皆に冷静に指示を出し始める。


「購入の仕方は分かってるよね。説明するまでもないか。PB開けばアイコンが出ると思うから。そこから購入フォームが開ける」


 マイキーの言葉に三人は一斉にPBを開き始める。

 モニターには見慣れない通信アイコンがポップアップしていた。そこからそれぞれ購入画面を広げる一同。


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 購入品-買値(検出品種:5)

 所持金:100 ELK


□×1 銅の短剣 49 ELK <E>

□×1 銅の剣 87 ELK

□×1 銅の槍 111 ELK

□×1 銅の斧 143 ELK

□×1 銅の弓 99 ELK


 ●購入する

 ●設定クリア

◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 【詳細】

 ▼銅の短剣 Lv1〜,物理攻撃力+3,攻撃間隔500

 ▼銅の剣 Lv1〜,物理攻撃力+5,攻撃間隔650

 ▼銅の槍 Lv1〜,物理攻撃力+7,攻撃間隔750

 ▼銅の斧 Lv1〜,物理攻撃力+8,攻撃間隔850

 ▼銅の弓 Lv1〜,物理攻撃力+4,攻撃間隔600

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 モニターの情報からそれぞれ与えられた選択肢に頭を悩ませる三人。

 これから戦う主対象となるシャメロットという相手の性質を考えると、高い物理防御力を誇る敵に対して扱う武器は自然攻撃力の高い斧が妥当なところである。

 だが見ての通り所持金はそれぞれ100ELKしか持っていない。ならば取れる選択肢は限られてくるが、マイキーとジャックのそんな葛藤を読み取ったのだろうか。

 ここでアイネが美しいそのブロンドの髪を梳かしながら二人へと視線を向ける。


「私のお金二人にあげる。二人で50ELKずつ分ければ銅の斧買えるでしょ」


 アイネの献身的な提案にジャックが顔を上げる。


「確かにそれなら買えるな。発想の転換か。アイネの分も俺達がカバーしてやればそっちの方がダメージ効率いいんじゃないか」


 ジャックの言葉にアイネは特に気にもしていない様子で「そうしなよ」と笑顔を見せる。

 そんな二人の会話に静かに首を横に振るマイキー。


「その提案はダメだな。呑めない」


 マイキーの言葉にその理由を問い掛けるような眼差しを向けるアイネとジャック。

 そんな二人に答えるようにマイキーは言葉を続ける。


「何故ならシャメロット戦においてパーティは機能しない。このゲームではパーティを組んだ際得られる入手経験値はパーティ人数で等分されるんだ。今回標的するターゲットはLv1のシャメロットだ。その一匹から得られる経験値は『1』。つまりこの相手から経験値を入手するにはそれぞれソロで戦わないといけないって事さ。この意味分かるだろ? アイネにとって何のメリットも無い。ここは三人でそれぞれが所持金範囲内である銅の剣を購入して物理攻撃力の底上げを図るのが正解さ。斧は資金が溜まって来たら買えばいい。何も焦る必要は無い。この世界では時間はいくらでもあるんだ」


 マイキーの言葉に納得したのか、ジャックは頷くと手際良くキーボードを弾き始める。

 それを見たアイネはマイキーに向かって一度微笑んでから彼女もまたキーボードに指を滑らせ始める。

 十数秒後には三人は皆、銅の剣の購入を終えていた。

 ジャックはPB上で早速装備を変更すると、光に包まれた腰元に手を当ててそこから銅の剣を引き抜いて見せた。


「まぁ、お前の言う通り焦る事はないだろうよ。色んな武器使えた方が有利だしな。だろ?」


 ジャックの言葉にアイネとマイキーは微笑すると、そこで武器屋を後にする。

 銅の剣の購入によって三人の所持金は既に底を突いている。ならば後はやる事は単純だ。


「狩りに行こう。サーバーのアクセス人数を考えると、たとえインディビジュアルシステムが稼動していたとしても獲物は無限じゃない。自然取り合い行為は必須になる」

「狩場の目星は付けて来たぜ。何でも村に入る洞窟前を右に折れた岩場が絶好のポイントらしいが、正直事前情報が溢れた今、もはやまともに狩り出来るポイントじゃないだろ。なら裏掻いてたとえ絶対数は少なくともプレーヤー密度の少なそうな村の西側の海岸線が狙い目じゃないか」


 ジャックの提案に微笑むマイキー。


「いい読みだな。その線で行ってみるか」


 そうして武器屋を後にする三人。その思惑は吉と出るか凶と出るか。

 武器屋の店内に残された冒険者達の頭上では相変わらず鸚鵡が、来る冒険者に向けて挨拶の言葉を響かせていた。


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