表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
39/169

 S11 蒸気機関セント・クロフォード号

 広がる大草原に向かって伸びた一筋の砂利道。

 草原に敷かれたこの軌跡はスティアルーフの東門から北北東三十六キロメートル地点、ラクトン採掘場まで延びている。東には星蒼海スクレイム。西にはセントクリス河。海岸線に沿った東の舗装された区画にはスティアルーフ発の蒸気機関St.Cloford号の路線が敷かれている。その行き先は現時点では皆目検討が付かないが、何れは時が明らかにする事だろう。

 大草原の中を今ゆっくりと砂利道に沿って歩き始めるマイキー達の視界には、近場の草むらで、草原の草花を齧る小さな兎のような生物の姿が映り始めた。尻尾に三十センチメートル程の真白な綿玉をつけた、その愛らしい生物は、マイキー達の姿に気づくと食事を止め、その長い耳をピンと張りながら四人の動向を窺がい始める。


Woopyウーピィか。こいつが噂の」と神妙な顔つきで唸るマイキーにジャックが首を傾げる。

「何だ、有名なのかこいつ。見た感じそんな凶悪そうな面じゃないぜ」


 Woopyウーピィ)。その純白の尾から採取できる綿は、この世界では低レベル用の法衣の材料として用いられる。オープンβ時、生産が導入された際にはこの生物が問題となり大反響を引き起こしたらしい。その他にもレアモンスターFoopyフーピーのポップ条件がこのWoopyの抽選ポップとなっていた為、度々問題を引き起こしてきたモンスターの一種であった。

 人懐こいティムネイル諸島のラヴィと比べるとやや警戒心が強く、その直接の原因となったのはまさしくプレイヤーによる大量の乱獲であった。


「ある意味哀れなモンスターだよな」とジャックの呟きにアイネが頷く。

「この子達には何の罪も無いのにね」


 二人の呟きを耳に入れ苦笑するマイキー。


「お前等、何今更になって罪の意識、感じてるんだよ。ここへ来るまでに散々モンスター蹴散らしておいて今になってモンスターが可哀想か。牛肉食った後で牛が可哀想って言ってる奴と同レベルだぞ」


 マイキーの極論に反論出来ずに口篭る二人。

 草むらでは彼らを撫でようと近付いて行ったキティを前に、警戒して散るウーピィ達の姿が在った。落胆するキティの肩にそっと手を乗せたアイネは優しく言葉を掛ける。


「がっかりする事ないよ。優しい気持ちを持ってれば、いつかきっと心が通じ合うから」


 アイネの言葉に曇らせていた表情を微笑ませるキティ。

 そんな彼女達のやりとりを否定せず見守っていたマイキーの様子に、今度はジャックが皮肉めいて尋ね掛ける。


「ここはプログラムの世界だ。そんな事は有り得ないって。否定しないのか?」


 ジャックの言葉に俯いて微笑するマイキー。


「確かに、心のメカニズムの解析はまだ学会でも不完全さ。だけど、この世界にモンスターテイマーっていうクラスが存在するという情報は確かなんだ。このクラスの在り方を想像した時に、どうやって自分達がモンスターと情報を共有するのか。ちょっと興味あるだろ。人工知能の基礎理論は既に確立されてる。自律思考型のロボットが現実でも氾濫する今、たとえ不完全な理論でも擬似的に心のメカニズムを定義して、人工知能と組み合わせてるとしたら。単純なパターン分けで行動プログラムを設定する既成のやり方じゃ無く、個々の生物がそれぞれ自らの思考で行動パターンを無限に生成する事も可能かもしれない。俄かには信じ難い夢物語だったけど、この世界でのモンスターの繊細な反応を見てると、本当に彼らが生きているんじゃないかって、信じたくなっただけさ」


 嬉しそうに長説を語るマイキーにジャックは「何言ってるか分からん」と香煙草を口に咥えながら両手を開きお手上げの姿勢を見せる。

 そんな彼の背景の草原に上がる黒煙。空気を伝わる胸を打つような力強い震動音と共に、走り抜けて行く黒鉄の塊。


「あれがセント・クロフォード号か」と遠のいていくその黒影を見ながら呟くマイキー。


 あの走る黒鉄の塊こそが、古の時代に走っていた蒸気機関と呼ばれる列車に違いない。

 そんな二十世紀前の科学者達が編み出した移動手段が、この二十六世紀に甦る事も現実では考えられない話だ。石炭やコークスや重油といった化石燃料を燃焼させて熱エネルギーを発生させ、それによりボイラー内の水を蒸発させた蒸気をロッドへの回転エネルギーへと変換する古来のその仕組みは、今や化石燃料が貴重化した現実では在り得ないシステムである。

 漆黒の煙を吐く、その旧世紀の遺物が生き生きと走るその姿を目の当たりにする事は、逆にマイキー達にとっては新鮮な光景だった。


「きっと、もうすぐ乗れるさ」


 瞳に憧憬を浮かべるキティに歩み寄り、そのカチューシャ髪に手を乗せるマイキー。

 マイキーの吐いた言葉には明確な根拠は無かったが、不確定な根拠なら存在した。それはあのギルドで提示されていたクエスト情報にある。


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 ▼期間限定クエスト

◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 ○地下採掘場の魔物(推奨Lv5~:難易度☆☆☆☆)


 スティアルーフの街から北北東へ36km、ラクトン採掘場にて。最近掘り起こされた地下の採掘場に魔物が蔓延り、採掘が思うままにならない。問題の中心となっているのは体長一メートルにも及ぶ巨大な蟻のような生物だが、倒しても倒しても次から次からへと目処が立たない。この任務の目的はこれらのモンスター発生の原因を突き止め、その根源を絶つ事にある。任務成功の暁には、スティアルーフ発、蒸気機関St.Cloford<セント・クロフォード>への乗車許可証を与えるものとする。


 報酬:St.Cloford乗車許可証

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 あのクエスト情報に従うならば、現状の目標として含まれるこの期間限定クエストの達成はそう遠い未来では無いだろう。

 GRによって、その提示されるクエスト情報が変化すると云うならば、現段階で到底達成不可能な依頼情報が表示される可能性は低い。


「願えば叶うさ。この世界に居る限りな」


 マイキーの言葉に風の彼方に消える黒影を見つめ微笑する一同。

 昨夜、ギルド前にて女神像の噴水に願いを懸けたあの言葉を今一度マイキーは思い返していた。


――旅先に光を――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ