S10 東門橋が繋ぐ世界
港から繁華街を通り中央広場へと引き返した一同は、広場の北東、ちょうどギルドの西側に白柱に沿って屋台市の裏手へと回った先から延びる東門橋と呼ばれる街と外界とを結ぶ橋を渡っていた。
「まずはそれぞれ基本四種のクラスから希望の納品アイテムを集めよう。僕らの本当の希望職はまだ現時点では取得出来ないみたいだから」
「基本四種か。ソルジャー、ハンター、マジシャン、クレリックだろ。この中じゃ俺はソルジャーしかないな。技巧的な職種は俺には合わないし、況してやクレリックみたいな回復サポート系クラスは有り得ない」
マイキーとジャックの二人の会話を横で聞いていたアイネが口を開く。
「私はその中だったらマジシャンがいいな。魔法って憧れだもの。キティは何がいい?」
アイネに覗き込まれたキティは唐突に話題を振られて躊躇しながら、顔を上げる。
「回復したいです」
その言葉に皆驚いた表情でキティの顔を覗き込む。
「回復? じゃクレリックか。貴重な選択だな」と喜ぶジャック。
「ジャックがソルジャーで。アイネがマジシャン。キティがクレリックで僕がハンター希望だから。上手く散ったな」
パーティーバランスとしてはまだ未知数ではあるが、この四種のクラスが全て揃っていれば基本的にはどんな状況にも対応し易いバランス型のパーティーとなるだろう。
一同は希望に胸を膨らませ、会話を弾ませていた。
広場から続く道幅十八メートル、直線五百五十メートルの石畳の舗道。蒼い海水に両端を包まれたその橋には、冒険者が行き交い、釣り人の姿も多く見受けられる。その舗道の先には、東エイビス平原と呼ばれる壮大な草原と街とを隔てる白壁の門がある。通称『東門』と冒険者の間で呼ばれるこの白門は、この街の象徴的な建築物であり、待ち合わせの場所としてもよく用いられるスポットの一つである。
「見てキティ。橋の下、お魚が泳いでるよ」
アイネの言葉に舗道端の石柵に身を乗り出して橋の下を見下ろすキティ。
透き通った海水に漂う遊魚たち。アイネの隣では丁度釣り人が竿を振り上げ、掛かった魚を逃して引き上げの準備を始めるところだった。
「キャッチ・アンド・リリースか。掴まえた魚を逃がして何が楽しいんだ」と首を傾げるジャック。
釣り人の心理を理解する事は釣らぬ者にとっては至極困難である。
このスティアルーフの街はセントクリス河と呼ばれるレクシア大陸を両断する大河の河口に位置している。河口幅二千百二十メートルを誇るセントクリス河が星蒼海と入り交ざる三角州にこの街は存在する。その三角州から河口の東西に向かって伸びた橋の一つがこの東門橋である。
その五百五十メートルの長い橋を渡る先に見えてくる白壁の門。緩やかなアーチを描いたその白壁の周りでは多くの冒険者達が壁や石柵に背凭れ、待合人を待つ姿が見られた。
白壁に近付くに連れてその高さが正確な認識へと近付いて行く。予想を上回ったその街壁は十メートル近い高さが有るように思えた。街門の両側には白龍を象った彫刻が台座と合わせて五メートルを裕に越す巨大な彫像として飾られていた。
太陽光を反射して輝くその姿は、美しいという言葉以外の形容が思い付かない。それは正しくこの街の象徴と呼ぶに相応しい輝きに満ち溢れていた。
「随分と立派なもんだな」と手を翳して見上げるジャック。
アイネは左右に解けたキティのカチューシャを結び直しながら「本当ね」と頷いた。
彼女達がそんな空返事を返したのには訳がある。彼女達に限らず東側の彫像付近では多くの冒険者がそこに広がるある光景に目を留めていた。
彫像右手の街壁は大きく刳り貫かれていた。そのトンネル内に立ち並ぶは無数の券売機。そこから続く鉄筋と黒土で固められた強固な台場の先には、今まさに真っ黒な煙を立ち昇らせた黒鉄の塊が流れ込んでくる所だった。
胸を打つようなその力強い走行音に息を呑む冒険者達。
――St.Cloford――
トンネル入口の街壁に掲げられた看板に記されたアルファベット。
遠目に見えるその黒鉄の正体を確かめる事は現時点では叶わないようだった。入口に取り付けられた虹色のアーチによって生み出される人工オラクルによって、幾人もの冒険者が美しい波紋の前に弾き返されていた。
「何だろうあれ」と首を傾げるアイネにキティもまた首を斜めに傾げた。
そんな二人の元へ歩み寄るジャック。
「列車か……あれ。見た事無い形だな。まぁ、もう何が来ても驚かねぇけどな。つうかマイキーあいつどこ行った?」
「さっき、街門の方に行くの見たけど」
アイネの言う通りマイキーはその時、街門外に居た。一人佇んでいた彼は外に広がる世界の姿にその目を奪われているようだった。
そんな彼の元へと合流した三人。だがマイキーは振り向く事は無かった。
「マイキー?」とアイネの呼び掛けに応えずただ彼はその場に立ち尽くしていた。
不自然に思った三人が、マイキーの肩に手を伸ばそうと、その先に広がる光景を前にした彼らもまた言葉を失う事になる。
街門の外側に広がるは緑の草原。所々に疎らに散ったクリープスの白幹と黄緑の葉。それは圧倒的な世界の姿を魅せ付けて、凛然と存在していた。その光景を瞳に宿せば、誰もが自らが如何に小さき存在かを思い知らされる。
雄大な大自然の香り、それはまさに彼らが子供の頃、夢に描いていた世界の姿そのものだった。
「これが東エイビス平原か」
緑の風を身体一杯で感じながら、深呼吸をするマイキー。
そこには何人にも揺るがされる事の無い、太古の自然の姿が残されていた。