S8 City Network
■創世暦ニ年
四天の月 水刻 8■
目覚めと共に視界に映ったのは木製のプロペラ式の空調だった。
柔らかい羽毛の掛け布団から身を起こし窓辺に視線を映すと、風で微かに振れる揺り椅子の向こうで、そこには眩い輝きを放つ朝空と、蒼い海が広がっていた。その境界線はどこまでも澄んだ二色の青と蒼で区切られている。
目を覚ましたマイキーは、部屋の柱時計で時刻を確認する。時刻は7:35を示していた。クリープスの原木を組み立てて造られた板の間。ハーブの香りにも似た鼻から感覚へ吹き抜ける爽快感を感じながら、シャワールームへと向うマイキー。
清めた身体で一日の始まりを迎える。それは平和な朝の風景だった。
部屋を出たマイキーはつき当たりの角でふと立ち止まる。壁に掛けられた一枚の額に飾られた絵画。巨大な海竜に襲われ荒波に沈没し行く旅船の姿は迫力がある。
「海竜か。何かの布石かこれ。考え過ぎか」
呟きを漏らしたマイキーは曲がり角を右へ。
ロビーに現れたマイキーを出迎えたのは笑顔を浮かべるアイネと緊張した面持ちのキティだった。マイキーの姿を見るや否やソファから立ち上がりお辞儀するキティ。
「マイキーさん、おは、おはようございます」
お辞儀をしてカチューシャ髪を見せるキティの姿にマイキーは苦笑しながら、二人が座っていた向かいのソファへと腰を下ろす。
「おはよう。って何だよ、改まって。キティに何仕込んだんだアイネ」とマイキーの責めるような視線に首を横に振るアイネ。
「私何も仕込んでないよ」
二人の会話にキティは躊躇しながら交互にその表情を見つめる。
「きっとマイキーと早く打ち解けたかったのよ。ジャックはああいう性格だから、ちょくちょくキティに馴れ馴れしく話し掛けてるけどマイキーはあんまりキティと話さないでしょ」
「まぁ、確かにな。遠ざけてるつもりは無いんだキティ。悪かったな。ただ僕自身キティとの接し方に今一戸惑ってるのも事実だな」
マイキーの言葉を理解したのか、悲しそうに俯くキティ。
「マイキー、自然でいいのよ。子供って敏感だから構えてると気付くよ。その点、ジャックは実に自然ね」
「お前に諭されるとは思わなかったな」と苦笑するマイキーに「どういう意味」と怪訝な表情を浮かべた後に微笑むアイネ。
その後、遅く起きたジャックと合流した四人はロビーで簡易な朝食を取りB&Bを出た。
朝陽を受けた中央広場の白石は眩い輝きを返し、一同の目を眩ませる。
「朝からPvPやってる奴居るのか。つうか眩しくて見えねぇ」
ジャックは輝きに手を翳しながら、ふとキティの前で身体を屈めると肩に乗るように指示する。キティは躊躇いながらも、ジャックの強引な誘導に頷き、肩に足を掛け跨った。
立ち上がるジャックと共に、視界高く世界が広がるとキティは満面に笑みを浮かべる。
「お前、人気も少ないのに肩車する意味無いだろ」と尤もなマイキーのつっこみに、笑いながらギルドへと小走りするジャック。
「子供ってのは、意味も無い事が楽しかったりするもんだろ。それともお前は六歳の頃からそんな理屈っぽかったのかよ」と返されたジャックの痛烈な言葉。
思わぬ返しにマイキーが呆気に取られた顔をしているとアイネが隣で微笑みを漏らした。
「言われちゃったね」
「ほっとけよ」
アイネの微笑みに顔を背け、今ギルドへと歩み出すマイキー。
キティが仲間に加わった事で、三人の関係にもちょっとした変化が現れつつ在った。
ギルドへ訪れた一同は再び端末カウンターが設置されているクエストルームを訪れていた。初めてギルドを訪れるマイキー以外の三人は、席に座るまで終始歓声を上げて白の宮殿のその外観から内観まで喜びを隠さなかった。
席についた一同にマイキーはとりあえず今後必要になるであろうクエストを請け負うように指示をする。既に一通りクエストに目を通したマイキーにとっても今日ここへ来た目的が存在した。それがギルドショップである。
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■ギルド-Shop Menu-
○アナライズゴーグル 500ELK
○Personal Book カバー:白 300ELK
○Personal Book カバー:黒 300ELK
○City Network<Access Point:スティアルーフ> 100ELK
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ギルドショップのメニューを開いたマイキーは思惑と合致した事を確認し頷くと、一つの項目にクリックマーカーを走らせる。
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■City Network<Access Point:スティアルーフ>
特定エリアにおける冒険者達の通信機能を拡張するために開発されたネットワークサービス。通常の更新手段であるメール機能に加えて、本Local NetworkのサービスではBBSとチャットを実現。またBBSでは個人対個人、又個人対集団と物流取引も可能とし、さらにはオンラインバザーの機能も備えている。なお、このCity Networkにおける本アクセス権限はスティアルーフの街に限定される。
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その様子を横から見つめていたアイネがふと尋ね掛ける。
「何か買うの?」
「City Networkさ。エルムの村で言うLocal Networkみたいなもんだよ。これから情報収集には必須だから」
マイキーはそう語ると、早速加入したCity Networkを起動する。
ウィンドウに爽やかな蒼の海原が広がると、そこに現れた船の尖頭から甲板後尾に掛けてゆっくりと視点がスクロールして行く。やがて船を後ろから追い掛ける様な上空視点に切り替わると、向う先に美しいスティアルーフの港街が浮かび上がる。
入港する船が汽笛を上げ、映像上部に浮かび上がるCity Networkというロゴと共に、各種メニューが表示される。
その起動映像を最後まで見切ったマイキーは静かにBBSメニューをクリックする。
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City Network
Access Point:スティアルーフ
●攻略BBS/●雑談BBS/●パーティ募集BBS/
●アイテム取引BBS/●コミュニティ関連BBS/●その他
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BBSメニューは見た所、エルムのLocal Networkと比べて分類項目が二種類多い。
『アイテム取引BBS』というのが、おそらくヘルプ説明に記されていた個人取引や対集団取引を可能とする掲示板なのだろう。
もう一つの新規項目である『コミュニティ関連BBS』。中身を覗いてみると、その内容はコミュニティに関する募集記事がそのほとんどを占めていた。言わばコミュニティメンバー募集掲示板と云ったところか。
何れにせよどちらも使い方によっては非常に有効なツールとなる事は確かだった。
掲示板画面を閉じたマイキーはもう一点ヘルプで気になったメニューをレーザーポイントでクリックする。
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City Network
Access Point:スティアルーフ
▼オンラインバザー
○バザーへ出品する(現在出品数:0)
○バザーを見回る
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『バザーを見回る』を選択すると画面には検索画面が広がった。
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City Network
Access Point:スティアルーフ
▼オンラインバザー
アイテム検索:
検索条件:新着順/価格順/販売個数順
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どうやら単純な検索システムを採用しているようだ。
この検索画面から購入したいアイテム名を記入して、条件検索を掛けると現在そのアイテムをバザーに出品しているプレーヤーがピックアップされリスト化される。
「これは便利だな。十五品種まで出品出来るのか」
バザーが有効とされるのはこの街に限定される。だが、それは逆説的に捉えるならば、この街に存在する全ての冒険者が顧客となる可能性があるという事だ。
「マイキー、そろそろ外へ行かない?」
「ああ、そうだな」
覗きこむアイネにマイキーはPBを閉じる。他の三人は既にクエスト情報に目を通し退屈を持て余していた。立ち上がるマイキーに待ってましたと言わぬばかりに腰を上げる一同。
午前中は街の探索に当てるつもりだった。次なる目的地に当てはある。
そう、目指すは港に聳える赤煉瓦の建物。オークションハウスだ。