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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
32/169

 S4 マイキーの後悔


■創世暦ニ年

  四天の月 水刻 6■


 東の海上に浮んだ朝陽の光を浴びて輝く海原。

 船上で浴びる心地良い潮風はこの上無い安らぎを与えてくれる。甲板の揺り椅子に腰掛けたマイキーは傍らの白の台座から購入したブラックコーヒーを片手にPBを見つめていた。

 船室で迎える朝も悪くない。窓際に真白な半円テーブルと椅子がワンセット、そして壁際にはシングルベッドが設置された小さなワンルーム。まるで大きな揺りかごの中で揺さぶられているようなその寝心地はさながら自分が赤子だった頃の記憶を甦らせるかのように感じられた。 

 いつもならば朝は藁々の自室で静かに掲示板で情報収集をしているところだが、船上では既にLocal Net Workの機能は使えない。代わりにマリーンフラワー号における各施設の案内情報を示すアイコンがポップアップしていた。

 マイキーはその情報の一つ一つに小まめに目を通していたのだった。

 船内にはレストランやバーからカジノ、ラウンジにショップ、エステに美容室、それから医務室、船上屋外にはプールとその他にも様々な娯楽・サービス施設が存在する。

 ティムネイル諸島での生活を考えると船上での生活はまさにオーバーテクノロジー。原始的な生活を営んだあの島での体験を考えると、ここでの生活は余りにも技術の水準が異なっている。

 惑星が誇る豊かな大自然の中に混ざり始めた開拓という名の異物。悲観的に捉えればそれは『侵食』に違いない。だが、この惑星開拓の一員である以上、その意味を考える必要性は無きにしも有らず。

 環境保全主義者などとそんな大層な名目を掲げるつもりは無い。そんな自らの思考を嘲笑うかのように苦笑してブラックコーヒーを口元に当てるマイキー。

 これはゲームだ。根本的なその前提を取り違える事はゲームとしての目的を失う事に繋がる。調査隊に星の開拓という目的が与えられている以上、プレーヤーはただ純粋にその目的を楽しめばいい。

 こんな事を邪推してしまうのも、全てはこの世界がリアル過ぎる事にある。

 ここはあくまでもヴァーチャル・リアリティによって造り出された仮想世界。そこを取り違えてはならない。

 そう言い聞かせるように立ち上がったマイキーは飲み干したブラックコーヒーのグラスを消滅<ロスト>させる。


「いつまで寝てるんだあいつら」


 マイキーがCREWSクルーズ × CREWSクルーズへと三人を呼び出してから三十分後。

 早々と店に着いたマイキーが一人オープンテラスで先に食事を取っていると、そこに小さな影、キティを連れたアイネが姿を見せる。


「ごめんね、お待たせ。オープンテラスに席取ったんだ。あ、トーストおいしそう」


 マイキーが口に運ぶ焼きたてのトーストとハムエッグに思わず感想を漏らしたアイネは、キティの手を取り奥の椅子に座らせ、自らもマイキーの向かいへと腰掛ける。


「どうでもいいけど、お前謝るくらいならいつももう少し早く来いよ。キティに悪習慣付けるなよ」

「女の子は外出には準備時間がかかるんだよ。ね、キティ」


 アイネの言葉にキティは彼女を見上げながら笑顔でにっこりと微笑み返す。

 よく見るとキティの栗色の髪には昨日までのおさげ髪では無く、両サイドの長髪を三つ編みにして結んだカチューシャが付けられていた。


「へぇ、可愛いじゃんそれ。アイネに編んで貰ったのか?」


 キティは嬉しそうにマイキーに視線を投げるとコクリと頷いた。


「良かったね。キティ可愛いって」とアイネが語り掛けるとキティは嬉しそうに椅子から立ち上がると、二人に向き直った。


「あの……おのみもの」


 そう言って二人の表情を窺がうキティ。


「飲み物取ってきてくれるの? ありがとう。でもお料理もあるから一緒に行こ」


 アイネの言葉に頷いたキティはマイキーへとその眼差しを向ける。


「僕はまだコーヒーあるから。ありがとなキティ」


 礼を言われたキティは嬉しそうにその微笑みを崩さぬまま、アイネに手を引かれてバイキング台へと向う。

 その微笑みを見つめながら、ふとマイキーは昨夜の彼女のあの恐怖に怯えた表情を思い返していた。こんなにも優しく笑える少女が、振り翳される怒声に恐怖に顔を歪めていた。あの表情は忘れる事など出来ない。このARCADIAという理想の世界で存在しては為らない光景がそこには在った。

 何故、人はあんなにも残酷に為れるのか。抵抗する術を持たない無力な少女に対して、ただ利用するが為に奴隷のような扱いによって虐げていたあの冒険者達。

 だが、残酷という意味では自らもまた否定出来ない事は確かだった。怒りに身を任せあのヴァルコイドという大男をひざまずかせたあの瞬間、殺意にも似た感情を持って接していた事は確かだった。

 自分の感情をコントロール出来ず暴挙に到ったという意味では、自分自身もまた連中と同じ穴の狢だろう。一皮剥けば自らもまた連中と同質である、その可能性を完全否定する事は出来ない。それに正義には偽善が付物だ。余程の信念に裏付けされていない限り、自らの偽善性を晴らす事など容易では無い。

 結果としてはやはり余計な事に首を突っ込んだのだ。

 マイキーは残されたトーストの一欠けらを口に放り込むと、手を払い布巾で口元を拭う。

 そんな彼の元へ、遅れてやって来た人影。


「船室ってのは寝心地いいもんだな。寝過ごしちまった」


 ボサボサに寝癖の付いた黒髪をのさばらせて、椅子に凭れかかるジャック。

 悪気も無いその様子にマイキーはただ溜息を漏らし苦笑するのだった。変化も在れば変わらぬものも在る。

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