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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
3/169

 S1 Individual Area

■創世暦ニ年

  四天の月 火刻 13■


 旅立ちの浜辺から島と島の間を縫うように延びた一本の海岸線。その海岸線の先に旅人達が目指す離島がある。ティムネイル諸島に属するこの名も無い島の通称はイルカ島。その名の通り、まるで水面で躍るイルカの背のように反った形状が由来である。自然に溢れたこの島は、温暖な気候が乗じて鳥獣達の楽園であり、獰猛なモンスターは存在せず、低レベルなモンスターしか存在しない事から狩りの基本を学ぶには最適であった。そして、旅人がこの島を目指すにはもう一つ大きな理由がある。

 全長3kmにも満たないこの小さな島の中央部には、緑に囲まれた小さな村がある。おそらくは冒険者達が始めに訪れる事になるであろうエルムの村である。冒険者達はここで、この世界のルールを知り、世界へ旅立って行く事になる。

 視界に広がる蒼海を真っ二つに切り裂くように伸びたそのジグザグな一本の海岸線。

 その真白な砂浜を踏みしめながらマイキーは目的地をただ目指していた。

 方向感覚には少なからずの自信がある。上空を飛び交う鳥々の動きからしてもそこに豊かな緑と彼らの餌となる生物が存在している事は確かだった。

 そんな中、一羽の鳥が今ゆっくりとマイキーの視界を横切った。真白な翼に黒の斑点を携えたその鳥は彼が目的地として定めている島の方へと飛び去って行く。


「不思議な鳥だな。導いてくれてるのか」


 そんな事を呟きながら砂浜を踏みしめる彼の視界には刻々と目的の島が近づきつつ在った。

 やがて数十分程歩き続けた彼は目的の島へと到着する事になる。真白な砂浜はいつしか砂利へとその姿を変えていた。島へと差し掛かった付近の砂利道にはモンスターと見られる体長三十から四十センチメートル程の巨大なヤドカリのような生物が徘徊し、島のあちこちでその生物と奮闘する冒険者達の姿が見られた。

 ある者は手に銅製のナイフを、又は剣を。中には槍や斧と云った武器を。また防具についてもマイキーが装備している麻着とは異なる銅製の鎧やまた独特の色合いが美しい革着を装備している冒険者の姿も見られた。


「へぇ、色々あるんだ」


 マイキーはそんな光景を興味深そうに見つめながら素通りして行く。

 そうして島の奥へと進んだマイキーを待ち構えていたものは反り立つように迫る十メートル程の崖だった。絶壁とまでは言わずとも、その剥き出しのうねった地脈は圧倒的な自然の力によって生まれた一つの芸術である。そしてその崖にぽっかりと口を開けた洞窟。島の中心部に向かって伸びたその洞窟は明らかに人為的な手の加わった通路であった。

 砂利の敷かれたその通路を、側壁に取り付けられた淡いランプの光に導かれながら洞窟を抜けると、そこに広がる光景に冒険者は決まってこう言うのだ。


「着いた……村だ」


 今マイキーの視界はのどかな村の景色に包まれていた。

 花と木々に包まれた、まさに自然と一体化したその村には、藁でできた円錐型の大小無数のテントが点在していた。そんな中でも一際目を引いたのが、視界奥に映った一際大きな藁葺きの小屋だった。

 マイキーにとっては全てが新鮮だった。こうした純粋な感動こそが彼が求めているエネルギーの根源だ。こんな美しい自然に囲まれる事は現実では無い。アスファルトとコンクリートに固められた世界では味わう事の出来ない至高の喜びが今ここにある。


「さて、そろそろあいつらと合流するか」


 そう呟いて片手を前に出すマイキー。


Bookブック Openオープン


 彼の掛け声と共に彼の手先の空中が突然光り輝く。それは一瞬の出来事だった。

 小気味良い煙の噴出音が鳴り響き、そこには銀色の輝きを帯びた半メートル程の一冊の本が宙に浮き漂っていた。

 このゲームの事前情報や信じられない程、分厚い説明書を読破したお陰でマイキーにはあらかたの操作方法は既に理解していた。

 このパーソナルブック、通称PBにはプレーヤー情報が集約されている。主にステータスや所持品に所持金、それから地図情報。またメールやメッセンジャーの機能も付属しておりプレーヤー間でのアイテムトレードもこのPBを通じて行う事が出来る。

 空中に漂う本を手に取り開くと、中にはまるでパソコンのデスクトップ画面のような映像が映し出されていた。驚くのはそれだけじゃない。本を開くと同時にページからはキーボードが飛び出す仕組みだ。

 マイキーはちょっとした感動を覚えながらも早速このエリアに存在するプレイヤー情報を検索し始める。


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 検索エリア>エルムの村

 該当員数:585637

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 該当員数が表示されると、その下に延々と表示されてゆくプレーヤー名。

 その余りの多さにちょっとした眩暈を覚えながらマイキーは画面を見つめていた。


「該当員数、585637名か。凄いな」


 表示されている情報を鵜呑みにするならば、今この小さな村に585637名のプレーヤーが集結している事になる。普通に考えればこの村の面積から考えて、五十万を超えるプレーヤーを収容する面積はこの島には無い。

 だが先程この島に降り立った時に感じた違和感も分厚い説明書に記されていたある説明項目を思い出す事でマイキーは理論付けていた。

 それが『Individualインディヴィジュアル Areaエリア』という概念である。この世界においてプレーヤーの分布状態によっては過渡にプレイヤーが密集したエリアが発生する事が予測される。それを避けるために開発されたのがこのシステムである。

 例えば許容量が百人であるスペースに対して、二百人の収容員が発生した場合、これは規定密度の二倍の過密状況が発生している事になる。インディビジュアルエリアとはこうした状況が発生した際にそのエリアの人口密度が規定値に収まるように自動でエリアを複製しプレーヤーを転送するシステムなのである。勿論、これを行う事に様々な障害を乗り越える必要があるが、近日のD.C社の報告に依ればゲーム世界の徹底したオートメーション化を実行する事で、つまりサーバー側の必要人員を徹底削除する事で、完全にプレーヤー主体によるゲーム進行を可能にしたとの事だった。このインディビジュアルエリアのシステムによってプレーヤー達は人口が過密したエリアに踏み込むと自動的にそれぞれ位相の異なる同一空間に転送されてしまうが、人口過密が発生した空間ではPBを用いる事で特定位相に転送を受ける事が出来る。これによってプレーヤーは同じ空間で待ち合わせをする事が出来るという事だった。

 そんな話を思い出したマイキーはふと今一度、弾き出された検索結果の中からさらに絞込みを掛けて二人のプレーヤーネームを弾き出す。


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 検索エリア>エルムの村

 該当員数:2


 ▼Aine B-23

 ▼Jack F-57

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 やはり二人は既にこの村に到着している。

 だが、それぞれ異なる位相の空間に存在するようだった。ちなみにマイキーが存在する位相を調べたところ、彼はJ-98という空間に存在する事が分った。

 ならば話は簡単である。皆が合流するためにはこのずれた位相を一つにまとめてやればいい。

 インディビジュアルシステムが作動しているエリアにおいてはPBでその過密状況を調べる事が出来る。

 マイキーはこのエリアの収容限界値である二百名に対して、比較的に余裕のあるエリアを割り出して行く。


「そうだな、V-17辺りでいいか」


 合流する位相エリアを決めたところで、メールフォームを起動させ素早くキーボードを弾き始めるマイキー。正式サービスの稼動時からオープンβの際に存在したメールの発信距離という制限が消えた。これによって見ず知らずの相手に対しても、検索結果の中から自由にメールを送信する事が出来る。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 差出人 Mikey

 宛先  Aine,Jack


 題名  合流場所について


 本文  合流場所だけど、PBのIndividual Areaの項目から

      ポイント指定でV-17選択して。

      村の洞穴近くの入り口集合って事で。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 そうしてメッセージを送信したマイキーは早速PBから転送フォームを開き、ポイントを指定する。

 転送はポイント指定後、三十秒を以って転送が開始される。説明書に依るとこの間にモンスターによる襲撃を受けた場合など転送は解除される仕組みのようだ。

 だがここでマイキーは予期せぬ事態に襲われる。一度転送中に転送画面を閉じた事でキャンセルが掛かった。慌てて再び転送ポイントを指定すると、不運な事にあっという間に転送エリアが規定値に到達していたのだった。

 再び検索を掛けてみたところ、二人は既に指定の位相へ転送が完了したようだった。今更ポイントを指定直すのも格好が付かない。こうなったら指定サーバーポイントから他のプレイヤーが抜けたその一瞬を付いて無理やり入り込むしかない。

 そう考えたマイキーはそれから十五分間の格闘の後、ようやくV-17のサーバーポイントの侵入に成功するのだった。


「やっときたか、マイキー」

「待ちくたびれちゃった」


 聞こえてきた言葉にマイキーが振り返ると、そこには村の入り口の洞穴付近の壁に背凭れする二人の男女の姿が在った。

 馴れ馴れしく話しかける彼らに向かって今マイキーは微笑を向ける。


「ジャック、アイネ。悪い、やっぱり二人とも先来てたか」


 マイキーの言葉に黒髪を肩まで流した青年が前髪を掻き撫でながら歩み寄る。


「何もたついてたんだ? まさかインディビジュアルの飛び方が分からなかったとか言うなよ。ガキじゃねぇんだからさ」

「マイキーなら充分有り得るけど。こう見えて意外とお子様だから。ね、マイキー」


 背中まで渡るブロンドの長髪に紅い瞳を携えた彼女はマイキーに近寄るとその頬にキスをして見せる。あどけなさと大人っぽさを併せ持ったその不思議な微笑みに対して鋭い眼差しを返すマイキー。


「子供扱いすんなよ。死なすぞお前ら」

「出た、死なす。マイキー得意の死なす。いつもながらどこの方言だそれ。お前東京生まれだろ」


 溜息交じりに二人から視線を反らすマイキー。


「お前等と話してると疲れるわ」

「今更こんな事で疲れる間柄でも無いだろうが。もう何年の付き合いだと思ってんだよ」


 そうして肩に手を回してくるジャックに俯き再び溜息を吐くマイキー。

 マイキーにとって彼らとは現実で結びつきがある。始まりは何でも無い。ただの偶然の出会いだった。

 彼らは皆、同じ専門学校の出身者なのだ。専攻している学科は音楽。グループ練習の際に適当に組まされたメンバーが彼らだったのだ。キーボードを担当していたマイキーが組む相手にあぶれて困っていたところ指導教員に無理やり組まされたのがこの二人。担当はそれぞれジャックがドラム。そしてアイネがヴォーカルだった。

 適当にやれば何とかなる、と世の中を舐めたその姿勢から三人は酷く気が合った。三人それぞれが基本的に個人主義者というか、自分の才能を信じて疑わない独特の波長もまた三人を結び付ける動機の一つだったのかもしれない。

 とにかく確たる理由は無いものの、結果として三人は酷く気が合ったのだった。


「で、これからどうすんだよ。お前が一番こういうゲーム詳しいだろ」


 ジャックの言葉に辺りを見渡すマイキー。


「そうだな。まずは理論セオリー付けて行くなら村で情報集めるのが先決なんだけど。大体の情報はこの世界来る前に集めてきたからな」


 そう呟いて再び片手を前に出すマイキー。


Bookブック Openオープン


 小気味良い噴出音が鳴り響き、そこに銀色の輝きを帯びたPBが浮き漂うと、その様子を見て口笛を鳴らすジャック。

 マイキーは開いたPBの中から『Myマイ Statusステータス』という項目を選択すると、自らのプレーヤーステータスを確認し始める。


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

〆マイキー ステータス


レベル 1

経験値 ------------ 0/100

ヒットポイント ---- 25/25

スキルポイント ---- 5/5


物理攻撃力 -------- 10(+3)

物理防御力 -------- 10(+3)

魔法攻撃力 -------- 10

魔法防御力 -------- 10

敏捷力 ------------ 10



〆現在パーティに所属していません


〆装備 


武器 -------- 銅の短剣(D3)


頭 ---------- 無し

体 ---------- 旅人の服(D3:32.0%)

脚 ---------- 旅人のズボン(D3:22.4%)

足 ---------- 旅人の靴(D3:11.2%)

アクセサリ --- 無し

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 マイキーに続きそれぞれのステータス情報を確認し始める一同。

 自らのステータスを確認していたジャックがふと不満の声を漏らす。


「HP少ねぇな。大丈夫かこれ?」


 そんな彼の呟きにマイキーは自らもまた『25』と表示されたその数値を見つめながら言葉を被せた。


「オープンβ時は設定として初期HPが『100』だったらしい。ただ余りにも親切設定だったのか、プレーヤーの死亡数が少なかったみたいで。敵のパラメーター諸々、大幅なステータス修正が入ったんだ」

「そうなんだ、ふぅん。でも修正したくらいだからきっとこれでも普通に楽しめる設定値なのよね、きっと」


 アイネの呟きに微笑するマイキー。彼女の呟きは尤もだった。

 確かに修正してプレーヤーにとってレベル上げが苛酷な作業になるようだったら、当然いくらVRシステムが斬新だろうがプレーヤーは自然離れて行くだろう。

 修正とは修正される事によってプラスの側面が導かれてこそ初めて意味がある。


「調べによるとオープンβ時、まずこの島で狩りの主対象になるLv1のモンスター、シャメロットの防御力が『12』だったらしい。今の自分達のステータス値から考えると差分は『1』。だから今の僕達は通常攻撃じゃ『1』のダメージしか与えられない事になる。Lv1のシャメロットのHPが『20』前後である事を考えると、約二十回の攻撃を加えないと倒せない計算か」


 マイキーの説明に頷く一同。


「なるほど、で?」とジャックの促しにマイキーは焦るなよ、と視線で彼を制しながら言葉を続ける。


「このデータはあくまでオープンβ時のものだ。修正を受けて敵のステータスが下方修正されてる可能性は否めないけど、どちらにせよ。まず僕らが優先する事は攻撃力の底上げさ。金を稼ぐにしても、現状の金策はシャメロット狩りが主力になる。シャメロットを倒す回転効率が上がれば自然集まる素材も増える。ちなみにシャメロットの物理攻撃力の値は低い。だから考慮の外だ」


 マイキーの語る内容を微笑を以って聞いていたアイネは頷くと彼に寄り添う。


「それじゃ、まず武器屋って事だね。早く行こうよ」

「そんなにくっつくなよ、見っとも無いだろ。ほら行くぞ」


 そうして笑顔に包まれながら歩き始める三名。

 その向う先はまずは武器屋。この村の三角帽子トライアングルハットと呼ばれるその場所だ。

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