【Episode】神秘の洞窟
■創世暦ニ年
四天の月 水刻 5■
イルカ島を旅立つ前に三人は最後にやり残したあるクエストのために緑園の孤島へと赴いていた。
既に通航許可証を手に入れた今も、この島へ在留しているのには訳があった。三人は神秘の洞窟が現れるそのタイミングをじっと見計らっていたのである。
神秘の洞窟のその具体的に位置についてはマイキーが既にその推測を固めていた。シムルーのあの聖洞には南と北からの通路しか存在しなかった。海岸沿いに出没する洞窟の発見報告は南北、そして西の発見報告が有ったにも拘らず、である。
これらの情報からマイキーはこの独立した西の洞窟が神秘の洞窟である可能性があるという一つの推論を打ち立てていた。故に島が東に傾く時を三人は待ち望んでいたのだ。
イルカ島に滞在している間に三人はクロットミット狩りを行い資金も溜めていた。討伐数も百匹も超え、三人は戦闘クエストの報酬によって見事クロットミットの全種装備を手に入れたのだった。
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▼戦闘クエスト
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【GR1】Clotmit All Clear!!
○クロットミット討伐×10到達時点---◆GP3,黒斑鳥の羽靴 Clear
○クロットミット討伐×25到達時点---◆GP6,黒斑鳥の羽帽子 Clear
○クロットミット討伐×50到達時点---◆GP9,黒斑鳥の羽当て Clear
○クロットミット討伐×100到達時点---◆GP15,黒斑鳥の羽服 Clear
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白生地に黒の斑紋を持った美しい羽織。非常に軽く通気性の良い新装備に身を包んだ三人は森の中を歩きながら西海岸を目指していた。移動中ふとマイキーは兼ねてからの疑問を二人に打ち明けた。
「この島に来てから、ずっと疑問に思ってた事があるんだ。それがあの巨木に刻まれた開拓言語だ」
「開拓言語? もう謎解いたじゃない」
アイネの言葉に首を振るマイキー。
「この世界には因果関係がある。酒場の唐揚げの油はゲーム上支給されたものなのか。それは違う、アエログノの実から搾り出された油だった。ムームーだってこの緑園の孤島の夜に突然出没する理由、それは食糧である赤椎茸を採るために海中から上がってくる」
マイキーの言葉にジャックは今一内容が掴めていないようだった。
「つまりさ、この世界で起こる現象には必ず理由があるんだよ」
その言葉に香煙草を口に咥えながら頷くジャック。
「だから開拓言語にもきっと刻まれた理由が存在するんだ。これが僕の最大の疑問なんだよ」
「だから、それは洞窟の在り処を示す暗号だったんだろ。違うのか?」
ジャックの言葉に真剣な表情を返すマイキー。
「そこさ。そもそもこの暗号は誰が誰のために刻んだ暗号なんだ?」
マイキーの疑問に口を閉ざす二人。
この暗号を刻んだ人物の意図など考えもしなかったからだ。
「ゲーム上、都合良くプレーヤーのために刻まれたヒント。今までは僕だってそんな解釈だったんだ。だけど、もしかしてこれは他にも重要な意味を持ってるんじゃないか」
「刻んだ者が居るとするなら先発調査隊だろ。先発調査隊が後発の俺達のためにヒントを残してくれたんだ」
ジャックの言葉に首を振るマイキー。
「僕もそう思った。だけどここでまた一つ疑問が浮上するんだ。それが開拓言語なんだよ」
そう言って立ち止まり頭上の木々を見上げるマイキー。
「先発調査隊が僕らにヒントを残すなら開拓言語で残す必要が無いんだ。そのまま三つのキーワードを残せばいい訳だろ。そもそもの疑問として、この開拓言語って何のためにあるんだ」
マイキーの疑問に答える声は上がらない。
だが、マイキーの言う通りだった。この世界におけるこの開拓言語の存在意義とは一体何か。
その疑問に対する答えはいくら考えたところで三人の間では出なかった。
疑問から後から後から湧いてキリが無い。そして、決まってその疑問に対する答えを出す事は困難だった。
いつしか西の海岸に辿り着いた三人は海岸に現れた洞窟の前で立ち止まる。突き出た岩礁に囲まれた洞窟の入り口には海水が浸水していた。
「濡れちまうな」とジャック。
「今更戸惑う事じゃないだろ」
三人は今再び薄暗い洞窟の中へと足を踏み入れる。
薄暗い洞窟内に入ると、洞窟特有の冷たい空気に一同は包まれ、ふと足を止める。外気との空気の変化に戸惑ったわけではない。事実、今この場でその変化に気づけた者は誰一人として存在しなかった。
洞窟の中に広がった光景。それは三人の予想を裏切るものだった。そこに存在するのはあの光珊瑚の淡い光では無かった。一同は眼前に広がるその光景にただただ瞳を奪われ立ち尽くす事しか出来なかった。
一面に広がる青の世界。浸水した海水は紺碧の輝きを放ち、その輝きは洞窟全体を青く照らし上げていた。その純正な青色は、今まで彼らが目にしたどんな色よりも美しく、そして神聖だった。そのあまりに美しく神秘的な光景に彼らは言葉を失ったのだ。
「ここが……神秘の洞窟」
腰元まで浸かった水面を這うマイキーの隣でアイネが「綺麗」と水面を掬う。
手から零れる青色の雫が舞い、落下し水面に溶け込んでゆくその様子を彼女はただ声も無く見つめていた。
石灰質の洞窟の壁には、人為的に設置されたランプが取り付けられており、ここが少なからず人の目の行き届いた土地である事を示していた。青い色彩の中に浮かび上がる淡いランプの白光の中では永久燐が燃えている。その輝きに導かれてただ洞窟の奥へと歩き進めてゆく三人。
人の手が施された土地である。またその事実がマイキーの中ではこの上ない一つの疑問として湧き起こっていた。
この青の洞窟において先発調査隊が後発プレイヤーのためにランプを取り付けたのだろうか。だが、目の前に広がる光景にマイキーの疑問はさらに膨れ上がる事になる。
洞窟の奥に進んだその先に存在する光景。その余りに謎めいた光景に三人は今完全に立ち尽くす他無かった。
三人の前に突然開けたその光景。そこは聖堂ならぬ聖洞だった。
壁面には無数の蝋燭が並べられ、辺り一面をその輝きで包み込んでいた。そして空間の中央の壁面に刻まれるは巨大な聖獣の姿。それは間違いなくあの聖獣シムルーを指し示していた。
「何なんだよ……ここ」
完全にマイキーは頭を抱えていた。彼の中で抱いていた先発調査隊による所作という案は完全にここで消えていた。何故ならばこの空間は間違いなくサーバー側で造られたものに違い無かった。とてもプレーヤーが造り維持出来る環境では無い。
ならば、ここには一体何の意味が有るというのか。先程からマイキーの頭の中には一つの案が浮んでいたが必死にそれを殺していた。何故ならばその事実を認める事自体が彼の中では到底理解出来なかったからだ。
「もしも……」
静かな空間の中に響き渡るマイキーの一つの答え。マイキーはその推測を押し込めるように一度言葉を呑んだ。
「この空間がサーバー側に用意されたものだとして、この空間は見ての通り先発調査隊によって用意されたものでも、プレーヤーのために用意されたものでも無い。だとするならば、この聖洞で祈りを捧げていたのは……」
マイキーの言葉は核心を捉えつつあった。
一面が青に染まったこの神秘の洞窟が三人齎したものは、まさしく謎の上乗せだった。この世界を楽しむ多くのプレーヤーならばこれは気にも掛けないような内容だろう。だが、その内容の深みに一度嵌ればそこから抜け出す事は至難。
「もしかしたらこれは……ただの開拓ゲームなんかじゃないかもしれない」
神秘の洞窟に今静かに木霊するマイキーの言葉。
その言葉を一同はただ無言で噛み締めていた。




