S23 Jazz Session
緑園の孤島での目的を果たした今、三人はレミングスの酒場でそれぞれの健闘を称え合い酒を酌み交わす。
「お疲れ!」
夕闇の中に無数のランプが灯るその一角で、たくさんの冒険者の中に混じって三人は一つのテーブル席で至福の時を感じていた。
ギルドから報酬を得た三人はいよいよレクシア大陸への渡航が可能になる。三人の話題は自然と新大陸についての話題に触れていた。
「いよいよ、新大陸か。そういや魔法とかクラスシステムが向こうでは解禁されるんだよな」
マイキーの言葉に酒を煽り満足そうにジョッキを飲み干すジャック。
「俺は最強の格闘家になるんだ」
「いつも厨ニ厨ニうるさい奴が何だその発言。酔っ払ってるのか。大体ジャック、お前双剣も使いたいって言ってなかったか。双剣ならDancer<ダンサー>だぞ」
マイキーの指摘にジャックは新たなビールを注文すると、現れたジョッキを片手に首を振った。
「ダンサーって柄じゃないだろ俺。俺が踊ってる姿想像してみろよ。気味悪いだろうが」
「確かに、ジャックにはダンスって似合わないね」と微笑むアイネ。
そんなアイネにマイキーはムームーの香草焼きに手を伸ばしながら語り掛ける。
「そういうアイネは何に為りたいんだよ」
「私? 私はMonster Tamer<モンスターテイマー>になりたいの」
動物好きなアイネにとって確かに選択肢としては妥当だとマイキーは感じていた。
クラスに関する詳しい仕様についてはそのほとんどが謎に包まれているが、中でも獣との共存が名目として打ち立てられたMonster Tamer<モンスターテイマー>という職業は謎が多い職業だった。
「マイキーは何になりたいの?」と微笑するアイネ。
会話の流れから当然発生する質問の筈だったが、マイキーにしては珍しく希望クラスについてその答えは明確に定まっていなかった。
「クラスか。色々悩んでは居るんだけど。一番やりたいのはThief<シーフ>かな。ただこの三人でパーティを組む事考えると、将来的にはMonk<格闘家>、Monster Tamer<獣使い>、Thief<義賊>になる訳だろ。構成としてどうなのかなと思ってさ」
マイキーの言葉に蜂蜜のサワーを口にしながら微笑するアイネはそっと髪を撫で上げた。
「私はマイキーにはやりたいクラスをやって欲しいな」
会話は希望クラスの話題からいつしかこの島での今後の予定についての話へと移り変わり始める。ジャックはいつしか背凭れに寄り掛かりながら微睡みに落ちていた。
「何かこの島で遣り残した事ってあるのかな」とアイネが紅い瞳の輝きをマイキーに向ける。
「探せば色々あるだろうな。俺達ギルドランクもGR1のままだし、敵からの素材集めとかほとんどやってないだろ。あれ、そういやクロットミットって卵素材の納品以外にも戦闘クエストの項目に載ってなかったか」
マイキーの言う通り確かに三人は戦闘クエストの報酬を受け取っていない。二人の記憶が正しければ報酬はモンスターの素材に因んだ防具の筈だった。
旅人服ではない新たな装備があれば、シムルー戦に於いてももう少し余裕を持って戦えたかもしれない。そう考えると自らの節穴が不甲斐なかった。
「結局、神秘の洞窟についても謎のままよね。私はてっきりあのシムルーの洞窟がそうだと思ってたんだけど」
アイネのその言葉に微笑するマイキー。
「私何かおかしい事言った?」と眉を曇らせてマイキーの顔を覗きこむアイネにマイキーはゆるやかに首を振って答えた。
「いや、実は自分も同じ読みだったんだ。あの光珊瑚の青や白の輝きに包まれたあの洞窟が神秘の洞窟だと思ってた。でも実際はシムルーが存在するあの洞窟は神秘の洞窟では無かった」
マイキーの言葉にアイネは静かに頷く。
「だけど、僕らの読みは恐らくはそう正解から遠くはない。僕らは一つ見落としてるんだよ。あのシムルーの洞窟には島の北と南からの通路しか存在しなかった。この意味分かるか?」
「北と南? う〜ん、分からない。謎掛けは私には無理だよ。答えを教えて」
その言葉にマイキーは静かに首を振ると「時機に分かる」とただ一言そう呟いた。
レミングスの酒場では、今日は何やら冒険者達の騒ぎ声に乗せて陽気な音色が響いていた。見ると酒場の片隅の小さなスペースで古びたグランドピアノを掻き鳴らす冒険者の姿。その隣では、手入れの行き届いたドラムセットが一台並んで置いて在った。
ドラムセットではスティックを両手に不器用に持った二十歳前後の男が暴れ回っていた。
「俺のハートビートを聴け。てゆうか、俺の必殺技見るか? 俺片足で十六分踏めるんだ。すげぇだろ。てゆうか、その前にドラムってのはチューニングが意外と大事な楽器なんだぜ。最高の音で聴かせてやるよ」
ドラムキッドの前に陣取っていた二十代の男はいかにも素人臭い発言を自慢気に仲間に語っていた。スネアの表面の皮をべたべたと手で撫でながら、慣れない手付きでチューニングを行う。
次の瞬間、全身を震わせながら一心不乱に右足でバスドラを踏み、スネアを乱打する男の姿に思わずビールを吹くマイキー。
「馬鹿かあいつは。今時中学生でもあんな事やんねぇよ」
シンバルが無造作に乱打され、周辺に金属音が響き渡るとその音にジャックが「五月蝿ぇな」と目を覚ます。マイキーが苦笑しながら指を差して見せるとジャックは徐に立ち上がった。
「楽器舐めてんのかアイツ」
そんな事を呟きながらジャックはドラムを叩き周囲から怪訝な視線を集めている年上の男の元へ向うと、臆せずに正面から言葉を掛ける。
「悪い、ちょっと代わってくれ」
余りに堂々としたジャックのその言葉に気圧されしたのか、男は「おお、やるか。見せて貰おうじゃねぇか」と言ってその場を退く。
椅子に座るなりスネアを指先で弾きながら間の抜けた音を出すスネアをあっという間にチューニングするジャック。同時にスティックを持った彼の左手にそれを見ていた冒険者達の中から声が上がる。
「レギュラーグリップだ。すげぇ」
ジャックは首を振りながら一息溜息を吐くと、スネア以外の調律を確かめながら叩き回して行く。彼にとってはただの音程バランスの確認。だがその叩き回しは周囲の冒険者から言葉を奪う。
こんな出過ぎた真似は本来ならジャックの意志に反するが、そんな彼でも耐えられない事はある。何より楽器がただの自己顕示の材料にされるのは許せなかった。ならば今の彼が行っている行為は自己顕示欲で無ければ何なのか。その問い掛けは否定するつもりは毛頭無かった。音楽を自己表現の道具にする事は否定しないが、それはあくまで音を楽しむという前提に基づいての行為。
ジャックの華麗なソロ回しを聴きながら今立ち上がるマイキー。
「あいつの考え方はプロでは通用しない。音を楽しむなんて行為はアマチュアの特権さ。だけど、僕はあいつの考え方好きだけどな」
ピアノ椅子でジャックの姿を呆然と見守っていた青年の肩を叩いたマイキーは彼から席を譲り受けると、軽く指鳴らしに鍵盤を駆け上る。
ジャックとそこで軽いアイコンタクトを取ったマイキーはドラムのソロ回しが終わった次のフレーズからバッキングに入り辺りに柔らかなピアノのコード音が響き渡る。
ライドと呼ばれるシンバルから滑らかなレガートが刻まれ始めると、マイキーの左手がウォーキングベースを担い二人の呼吸がそこで絡み合い始める。ジャックの見掛けからは想像も出来ないほど繊細で美しいその刻みにマイキーの旋律が乗ると、そこに美しいブロンドの髪を流したアイネがステージのマイクに向かって静かにその声を通し始める。
その透き通るような優雅な歌声に周囲の冒険者達の視線が集まる。彼女が歌うは言葉には為らないただの母音や子音の発音の連続に過ぎない。だが、それでも聴覚とは不思議なもので、人は言葉ではなくてもその旋律を歌と認識するのである。
アイネの歌声の魅力に観客もまたいつしか取り込まれ始める。
音楽とは基本的に自己満足な行為に他ならない。だが、それとは矛盾して音楽のその本当の楽しさを心から感じる時というのは他人とその喜びを共有した時なのだ。
マイキーが目指す音楽の形というのは、今の状況とは意味合いが少し違う。ただそれは今この瞬間に考えるべき事では無い。
いつしか湧き上がる歓声と拍手。月夜のレミングスの酒場ではいつしか音楽家達の小さなステージが展開されていた。
その瞳に新たな大陸への憧憬を浮かべながら、緑園の孤島での、旅立ちの試練を受けた三人の冒険者達の心は今、次の大陸へと既に旅立っていた。一同を待ち構えているであろう様々な秘境とそこに蔓延るモンスター達。新たな装備に身を包むのもいい。
マイキーのサインと共に今収束して行くフレーズと共に鳴り響く拍手。
観客とのその温かい一体感の中で、新大陸への餞にその旅立ちを彼らは自ら彩るのだった。
■序章を終えて
本作をご覧頂きありがとうございます。前作から引き続きご覧頂いている方には本当に感謝の念に絶えません。ARCADIAとしては第二部と呼ぶべきでしょうか。始めてから、そこそこのペースで序章を終える事が出来ましたが、前作に加えて大分変更点がある事はお気づき頂けたかと思います。
第二章からはいよいよレクシア編と行きたいところなのですが、レクシア大陸に赴く前に今回はマリーンフラワー号での船旅も少し描きたいと思っています。その後、いよいよクラスシステムが本格始動するわけですが、以前アンケートで取らせて頂いた内容のそのほとんどは構想上に組み込んであります。当然、人気の高かったオートマティシャン<人形遣い>や複合上級職、その他諸々のクラスも含まれます。が、展開上描けるのは先々になるクラスも多いです。特に複合上級職についてはその描写は大分先になってしまうと思います。
今後の展開については今想像を膨らませている最中ですが、序章についてこれより三話ほどエピソードを公開させて頂きたいと思います。
現在、緑園の孤島においてその全ての謎が解かれた訳では無く、ただ一つマイキー達にとって気掛かりな謎が残りました。エピソードの始めではその点について触れたいと思います。後はレクシアに向けてのおまけエピソードが二話です。
お気軽にご覧頂ければ幸いです。また章末として前作からの流れ・及び第一章に纏わるQ&Aを制作しました。公開はエピソードの後になります。
拙作ではありますが、今後もより具現化された世界を描けるように頑張ります。今後も引き続きARCADIA ver2.00を宜しくお願い致します。