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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
22/169

 S20 暗号解読

■創世暦ニ年

  四天の月 火刻 18■

 豊かな自然の恵みを満喫した昨夜、使い捨てテントを広げた三人は歩き疲れていたせいか、朝まで一度も目を覚ます事なく寝入っていた。

 テントの中には寝袋が付属している。使い捨てとは言えその寝心地は快適だった。

 朝の砂浜で海風を身体一杯に浴びて今伸びをするマイキー。

 昨夜、島を蹂躙したあの夜子羊の群れはいつの間にか姿を消していた。恐らくは三人が寝ている間に夜が明ける前に再び海へと帰ったのだろう。


「さて、あいつら起こすか」


 場所が変わっても変わらないものも存在する。いつものように二人を起こしたマイキーはブルーシートを広げ遅めの朝食として、乾パンと椰子の実の果汁を用意するのだった。

 朝食を摂った三人はAM10:00。西の海岸であの冒険者達が洞窟を見たという岩場に足を掛けていた。


「やっぱりここにも無いな」


 だが、またしても洞窟は存在しなかった。あの冒険者が嘘を付いていたのだろうか。

 だが、だとするならば彼のメリットは一体何処にある。有りもしない洞窟の存在をでっち上げて仲間から嘘吐き呼ばわりされる事のどこに彼にとってメリットがあるのか。

 この事実をそのまま受け止めるならば、ここには洞窟は存在しなかった。だが彼が嘘を付いているとは思えない。ここには確かに洞窟が存在した可能性もある。

 もし、ここに洞窟が本当に存在したのならば、今の状況は何故か。存在した洞窟が消えたその謎を解かない限り、残る可能性を秘めた南海岸へ赴いても同じ結果になるだろうとマイキーは分析していた。

 そもそも信憑性が薄くその内容を疑問視していたあの攻略BBSの情報。南北西と神出鬼没に発見報告が為されたあの全ての情報が真実を告げていたとしたら。

 与えられた情報の中でその答えを出す事は限りなく現状では限りなく困難である。苦しい状況にマイキーが頭を悩ませてその時だった。

 ふと中央部の山頂付近を見つめながらアイネが呟いた。


「あれ……なんか」


 首を傾げるアイネの様子にジャックが苦笑する。


「また違和感か。原因はまだ分かんねぇのか?」


 ジャックの言葉にアイネは静かに首を横に振る。


「なんか、分かったかも。Grande Rock Piasの形……昨日と違う」


 アイネの言葉に顔を上げるマイキー。だが彼には彼女が感じたその違和感を感じ取る事は出来ない。天を指すGrande Rock Piasの形など気にも留めていなかった。


「アイネ、具体的にどこが違うんだ」

「形が違うっていうよりは、傾いてるのかな。ここ西から見て右にちょっと傾いてるんだけど。昨日東から見ても右に傾いてたの。でも、これって今よく考えるとおかしいよね。昨日東から見て右に傾いてたって事は西から見たら左に傾いてないとおかしいもの」


 その言葉にマイキーの瞳が強い輝きに満ちる。


――Els Blande<遠ざかる潮音>――

――Sea Poam<海辺の洞窟>――

――Grande Rock Pias<巨人の岩槍>――


「そうか……そういう事か」


 マイキーの呟きに彼に視線を投げるジャックとアイネ。


「時間が無い、皆準備しろ。すぐ出発する」


 その強い語調に導かれるように西海岸を飛び出した三人は、島の北海岸へと向かって走り始める。

 マイキーが一体何に気付いたのか。だが、昨日調査した北海岸には洞窟など存在しなかった。その事実を体験している以上、ジャックとアイネにとってマイキーの現在の行動は到底理解の外だった。

 理由も語らず一直線に北海岸目掛けて走るマイキーの後姿を懸命に追いながら走り始めて一時間後、彼らは疲労困憊で目的の北海岸へと到着した。

 砂浜へ座り込む二人を置いて岩場へと脇目も振らず歩み寄るマイキーの姿にジャックがここで声を上げる。


「どうしたんだよ急に。一体何に気付いたんだお前。ここ昨日調べただろ」


 二人の言葉に息を切らせながら振り向くマイキー。その表情は恍惚に包まれていた。


「……開拓言語だ」

「開拓言語?」


 尋ね返すジャックに瞳孔の開いたマイキーの表情に微笑が浮ぶ。


「あの言葉はこの洞窟の在り処を示してたんだ。Els Blandeは引き潮を。Sea Poamはその言葉の通り海岸線に洞窟が存在する事を示してる。そして三つ目のGrande Rock Pias。これは洞窟の存在する方向を示してたんだ」

「洞窟の存在する方向?」


 マイキーは静かに頷きそしてその核心に迫り始める。


「何故Grande Rock Piasの示す方向が変わるのか。同じ時刻にも関わらず海岸線が伸びたり縮んだりするその理由。全てはこの島のある特徴的な性質に隠されてたんだ」


 そして一呼吸置いて、遂にマイキーの口からその衝撃的な事実が告げられた。


「この島が傾いてるんだよ」


 そのマイキーの言葉に動揺を隠さないジャックとアイネ。


「島が傾いてるって……そんな事有り得るのか。でもそれなら洞窟が消えたり現れたりするのはどう説明するんだよ」

「傾くって事はさ、これは『水没』と同時に『隆起』を意味するんだ。平面が傾いた時に片方が下がれば片方は上がる。この島でその現象が発生する原理は分からないけどな。恐らくはこの周辺の潮流の流れで傾く方向が変化するんだ。だから同じ引き潮の時刻にも関わらず洞窟が現れたり消えたりしてたんだ」


 マイキーの言葉にここで漸く香煙草を取り出し精神的動揺を紛らわすジャック。


「成る程……今はGrande Rock Piasが南を向いてるって事はつまり島が南に傾いてる。という事は北側が隆起してるから、そこに洞窟が現れる。そういう理屈か」

「御名答」


 今三人の視界には海岸沿いの水の浸食によって削られた岩場に、まるで人を呑み込まんばかりに反り口を開けた小さな洞窟が存在した。

 引き潮と島の傾き。この二つの条件が揃って初めて洞窟が現れる海辺の洞窟。

 だが開拓言語が示す三つの暗号を解読した今、ここで新たな疑問が浮上する。確かに暗号の解読によって洞窟の存在という一つの答えが出た今、ならばこの答えの真意は何処にあるのか。

 向うべき洞窟の先には暗い闇が待ち構えている。だがその答えを知る事こそ、この暗号の真意を辿る事になる。

 真実とは到達する事で初めてその意味を知る事が出来る。逆に言えば到達する事の出来ない真実などに意味は無い。

 この先に進むのか否か。それはマイキーにとって意志確認にすら為らない。


「真実とやらを拝んでみるか」


 反り立つ暗い洞窟の口には今飲み込まれてゆく三人の姿が在った。 

 暗い洞窟の足場は地下へと急な勾配を見せていた。洞窟に足を踏み入れた三人はまずそこに広がる景色に目を奪われ足を止める事になる。

 海水で湿った洞窟内部は淡い光を放つ青や白の珊瑚で彩られ、その幻想的な光の芸術は外の世界とはまるで別世界だった。


「珊瑚が……光ってる」


 壁際の珊瑚に手を伸ばし、そっとその欠片を手に取るマイキー。


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

〆カード名

 光珊瑚の欠片


〆分類

 アイテム-素材


〆説明

 ティムネイル諸島に分布する珊瑚の亜種。一般的な珊瑚と異なり、この光珊瑚は発光バクテリアと共生関係を持つ。

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 海水が浸水した所々の窪みは大きな水溜りと為っていた。その深さは足首程のものから窪みによっては底の見えない身体が完全に水没してしまう深さまで。それ故に三人は水溜りのその隙間を縫うように避ける所作を余儀なくされた

 洞窟内部は肌寒いと感じる程のひんやりとした冷気に包まれ、自然と三人の言葉数を少なくさせる。洞窟の奥へと下る勾配を慎重に確かめながら、三人は次第に遠のいていく外界への洞窟入口の光を背後に感じていた。

 視界の多くは今黒ずんだ壁面に覆われ暗闇に呑まれつつあったが、それは完全な闇では無い。まるで冒険者を導くように洞窟内に点在する光珊瑚のお陰で、三人は洞窟の奥へと進む事が出来た。

 淡い光を頼りに約三百メートル程の勾配を下った所で、傾斜はそこで上向きへと変わる。先の見えない深い闇。洞窟は奥深くまで続いているようだった。

 どのくらいの距離を歩いただろうか。向う先も闇。引き返すも闇。

 正直、三人の心には少なからずの不安感が生まれていた。もしも、このまま地底に閉じ込められたら。深い闇の中にただ取り残される。

 ふと目を閉じて完全なる闇の姿を確認する。そして再び瞼を上げ、視界に飛び込んでくるその光景を前に僅かながらに安堵する。闇の中に漂う光珊瑚の微かな光。その微かな光こそがこの闇の中では三人にとっての希望だった。


「なんか小さい頃お母さんに物置に閉じ込められた事思い出しちゃった。あの時は凄く怖かったけど。今はちょっと楽しいかも」


 アイネの言葉に暗闇の中で微笑するマイキー。


「年取れば感性は変化するんだ。物の見方だって変わるさ。お前も成長したって事じゃないか?」


 マイキーの言葉にジャックが苦笑するとアイネが頬を膨らませる。


「ちょっと何それ。馬鹿にしてるの」


 そんな他愛も無い会話も時が経過する毎に消えて行く。

 一体この闇はどこまで続くのか。少なくとも洞窟に入ってから既に二時間という時間が経過している。まさか、いつの間にか果ての無い異次元空間に紛れ込んでしまったのでは。

 そんな想いから自然とその足取りを三人が速めたその時だった。

 突然視界が開け、目の前に巨大な円洞が姿を現す。


「あれは……」


 マイキーが呟く傍らでジャックは口に含んだ湿気た香煙草に火が付かずその場に投げ捨てた。アイネは目の前に突然広がった空間を前にただ呆然と立ち尽くしていた。

 円洞の外壁は見渡す限りの光珊瑚に包まれていた。マイキー達が立つ足場の目の前には巨大な窪みが存在し、そこには青い水面が広がっていた。幻想的にライトアップされた空間はそれだけでも三人から言葉を失うに充分な魅力を秘めている。

 だが、三人が沈黙した理由には他に確固たる理由が存在した。それは邂逅ではない。必然的な出会い。

 <解析不可>と表示されたPB上に記されたネームを今静かになぞるマイキー。

 推測が確信へと変わる瞬間。開拓言語から導き出した一つの結果が今結論へと帰結しようとしていた。

 淡い光が零れる薄暗闇の中で、今ゆっくりと蠢く白影。

 それは三人の視線が一点で交錯した瞬間。


――Simuluu<シムルー>だ――


▼次回更新日:6/7

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