S19 ディナータイム
食事の用意に取り掛かる頃には既にPM9:00を大きく回っていた。かなり遅めの食事となった今三人の腹具合は限界に近付いていた。
海岸に立ち昇る真白な一筋の煙。砂浜の打ち立てた七輪の上では今赤椎茸が炭火によって焼き上げられていた。
調味料はエルムの村で入手した羊乳のバターと海塩のみ。網焼きにした椎茸を焦がさないように転がしながら海塩を振り掛けるマイキー。
「この羊乳のバターは癖あるかもしんないから、まず一個焼き上げて様子見た方がいい。つうかバター焼きにしないで後から塗ってもいいと思うけど」
「俺多分、大丈夫だからバター焼きにしてくれ」
ジャックの言葉に頷いたマイキーはアイネへと視線を振る。
「私は脱脂粉乳ダメだから。山羊のチーズも苦手だし多分無理だと思う。塩焼きがいいな」
二人の言葉を聞いてそれぞれの要求に応えるかのように塩焼きとバター焼きで分けるマイキー。七輪前で網焼きを受け持つ彼の隣ではアイネが入手したMoomooの肉を切り分けていた。肉はカード一枚につき500gの容量がある。成人男性でも500gなどとてもじゃないが食べ切れる量では無い。
アイネは二枚の夜子羊の肉をリアライズし、凡そ1kgのその肉をそれぞれの大きさに切り分けていたのだった。
「私200gくらいでいいから。二人が400gでいいよね」とアイネの言葉にマイキーが顔を上げた。
「僕の方は300gでもいい。流石にジャックでも500gはキツイだろうから、自分の方少し肉少なくしてその分ジャックにやって」
マイキーの言葉にアイネは「うん、分かった」と笑顔で頷くと手馴れた手付きで肉を切り分け始める。
ジャックはと言うと、海辺に座り込み一人香煙草を吸って寛いでいた。食べ物に煙草の臭いが移ると嫌だからとアイネの言葉を受けて彼は敢えて孤立していたのだった。
そんな彼を見つめていたマイキーは、ふとPBを開くと一枚のカードを取り出した。
「ジャック」
呼び掛けられたマイキーの言葉にジャックが振り向くと、そこにはマイキーから投げられた一枚のカードが砂浜に落ちていた。
「暇だろ。焼き上がるまで」
マイキーの言葉にカードを拾い上げたジャックの顔が輝く。
彼は「Realize」と呟くとガラス瓶に込められた淡い黄金色の液体を具現化する。
「お前最高だな。悪いなお先に」
ビールを喉で鳴らし始めるジャックの様子にアイネが声を上げる。
「え、皆で乾杯しないの。ずるいよ」
「焼き上がったらすぐ食ってかないと冷めちまうだろ。そういう意味でビールももう飲める奴から飲めばいいさ」
マイキーはそう語ると切り分けの終わったアイネに向かってカードを投げ渡す。
「後は焼くだけだから。アイネも、もう休めよ。自分も後は焼きながらビールでも飲んで寛ぐさ」
その言葉を受けて、手にしたカードを胸にアイネは今静かにリアライズを宣言する。
マイキーもまた片手で器用にビール瓶をリアライズして見せると、三人はそれぞれビールを片手に掲げて遅れて乾杯する。
「そろそろ焼き上がったか。このバターあんまり癖ないかもな。アイネ、悪いちょっとこっち来て」
マイキーの呼び掛けに炭火の煙に手を翳しながら、歩み寄るアイネ。
焼き上がった香り豊かな赤椎茸を一串に三つ刺して、そこでマイキーはアイネにニ本の串を手渡す。
「これジャックに持ってってやって。これバター焼きだからさ。お前の塩焼きはこっちに別にあるから」
「ありがとう。じゃ、これ持ってくね」
ここ緑園の孤島での初めての夕食。それは三人にとってこの世界での初めてのキャンプでもあった。赤椎茸の風味豊かなその香りと味わいを楽しみながら、この世界の奥深さをまた堪能する。
この世界は既にゲームなどという枠では括れない。既存のゲームでは味わう事の出来ない『衣食住』がこの世界では明確に定義されている。ただ作業的にレベルを上げてモンスターを狩るだけがゲームの形では無い。獲物を狩り、食糧を調達し、そして食す。ゲームではボタン操作一つで済む料理というその行程もここでは厳密に、そしてリアルに要求される。そこから学ぶ事は現実世界ではもはや体感する事の出来ない失われた経験だ。
――自然の中で生きる――
かつて人間の始祖達が行っていた生活の軌跡を垣間見る事でマイキー達は不思議と何故か懐かしいような、勿論過去にこんな体験をした事は無い。それでも生活の原点に立ち戻ったかのようなこの錯覚は酷く心地良いものだった。
勿論、この世界はデフォルメされた世界だ。全てが全て、自然から採集した食材では無い。
例えば村で買ったこの羊乳のバター一つとってもその加工過程は不明だ。昨夜レミングスの酒場で食べた黒斑鳥の唐揚げ。あの衣に使った小麦粉や油はどこから入手したものなのか。もしかしたら完全にこの島でそうした食材の自給のシステムが成立しているのかもしれないが、マイキー自身そこまで綿密な再現性をこの世界に求めてなどいない。
アイネによって切り分けられた肉に手を伸ばし、網で焼き上げようと手を伸ばしたその時だった。ふと背後に頭上から何か重い物が落ちる音に振り向くマイキー。
「何だ、これ。椰子の実か」
それは確かに椰子の実だった。だがその形状は昼間飲料にしたあのココヤシの実とは異なっていた。オレンジ色の何十、何百という小さな実がついた大きな一塊の実を前にマイキーはいったん網を上げ、実に手を伸ばす。
確かな重量感を感じながら、情報収拾のためにマテリアライズを行う。もしかしたら、これも食材になる可能性がある。
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
〆カード名
アエログノの実
〆分類
アイテム-素材
〆説明
Aelogno<ティムネイル諸島に分布するアブラヤシの一種>の実。固形油であるパーム油の原料となるアブラヤシとは異なり、その果実は非常に高度の水性油分を含む。食用油アエロオイルの原料。
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
その情報を見て思わずマイキーは固まった。
「……食用油」
自らが呟いたその言葉に先程の思考を振り切るように顔を振る。
それはこの世界の奥の深さを味わったそんな一瞬だった。今アエログノの実を片手に微笑するマイキー。
「油があるなら。鉄板に切り替えるか。メインディッシュ<夜子羊のステーキ>はこれからだ」
緑園の孤島での初めてのキャンプは今豊かな食材によって彩られていた。
▼次回更新日:6/6
次話S20『暗号解読』にて開拓言語の謎が明らかにされます。謎解きに参加して下さった方々ありがとうございました。お気軽に読んで頂ければ幸いです。