S17 消え行く洞窟
ピグミッツ討伐から十数分後、緑園の孤島北部の海岸に辿り着いた三人は岩場に沿って、引き潮の際に現れたというその洞窟の探索に乗り出していた。
だが手分けをしていくら探したところでそんな洞窟の入り口さえ見つからない。
PBの時刻はAM10:07を示していた。時刻としては丁度潮が最も引いている頃合だ。故に今この時点で見つからないという事は、ここにはそんな洞窟は存在しないという結論に結び付く。
「どうもガセネタ掴んだみたいだな。明日のために西海岸に向かおう。周辺調査もしておきたいし、キャンプを張る場所も探さないとな」
マイキー達は森へと戻ると今度は島の西海岸へと向かって南下を始める。
厄介な事に森には次第にシーフロッガーの姿も散見され始めた。彼らの警戒網に引っ掛からないように、用心深く森の中を突き進む三人は途中、島の北西部に存在するというココヤシの巨木を求めて迂回進路を取った。
北西部の巨木は切り株ではなく、自然のまま生え渡った高さ三十メートル近い原木だったため、発見は非常に容易かった。原木には白剥げの文字で『Els Blande』と刻まれており、それが示す言葉は『遠ざかる潮音』である事は既に理解の内だ。
「Els Blande……」
だが、実際にその文字を目にしたところで、そこから連想される閃きは一向に生まれない。
もどかしい感覚に苛やまされながら一同はそこからさらに南下し、明日の朝に調査予定である西海岸を目指すのだった。
歩く事、約一時間半。視界の中に西海岸の砂浜が見えてくると、三人は走り込むように砂浜へと転がり崩れる。
「暫く休憩しよう」とマイキーが語る前にジャックは香煙草を取り出していた。
緑園の孤島の探索を行う際は基本的に緊張感からか食欲が湧かず三人は現地での昼食を避けてきた。だが今日からはこの島でキャンプを行う仕度を整えている。その安心感のせいか、今日は酷く三人の腹具合が空いていた。
「なんかお腹空いちゃった」
アイネの言葉にマイキーは辺りを見渡して、森林際の砂浜に向かってブルーシートを広げる。
「昼食にするか。確かに今日は歩き過ぎた。午後の周辺探索に備えて何か食べておいた方がいい」
そうして、ブルーシートの上にエルムの村で予め購入しておいた乾パンと水を取り出すマイキーの姿にすかさずジャックが声を上げる。
「まさか昼食うってこのスカスカの乾パン食わせる気か」
「仕方無いだろ。保存が効きそうな食べ物が他に無かったんだ」
マイキーの言葉に海原の方へ一旦溜息交じりに煙を吐き出したジャックは、慌てた様子で乾パンに視線を戻す。
「なあ、もしかして。まさか夕食もこれ食わせる気じゃないだろうな」
「嫌なら村戻るしかないな」と乾パンを齧るマイキーを前に「マジかよ」と項垂れるジャック。
アイネは海水で手を洗って戻ってくるとシートの上に座り、素直に乾パンに手を伸ばした。
「私は乾パンってそんなに嫌いじゃないから。ただ甘い飲み物が欲しいな」
そんな仲間達の不満にマイキーは溜息を漏らすと微笑して呟く。
「お前達はきっとそう言うと思ってさ。そのために午後の調査時間取ったんだよ」
「どういう意味だ?」
希望を込めたジャックの問いに苦笑するマイキー。
「この島には野生の野菜とかキノコが生えてるらしいんだよ。後は真水が嫌なら、海辺に生えてる椰子を利用すりゃいい」
そう語ったマイキーはPBを開き装備を銅の短剣へと変更すると、海辺の椰子に向かって歩み進む。
ジャックとアイネがその様子を見守る中、椰子の幹に手を掛けたマイキーは装備から皮靴を剥ぎ取ると器用に木を登り始めた。高さ七メートル程の椰子をあっという間に登り終えたマイキーは腰元に備えた短剣で、頭頂部に生っていた椰子の実を切り取ると砂浜に向かって三つ投げ落とした。
幹を手際よく降り、途中で砂浜へ向って飛び降りたマイキーは椰子の実を拾い上げると、器用に実の皮を刳り貫いてアイネへと手渡した。
「水が嫌ならこれで我慢しろよ」
マイキーの言葉に顔を輝かせたアイネは椰子の実を受け取ると、両手で切り口に唇を当てて乾いていた喉を潤し始める。
「甘くて凄く美味しい。ありがとうマイキー。でも太っちゃったらどうしよう」
「知るか。お前の体調管理まで出来るかよ」
マイキーの言葉にジャックが苦笑しながら、手渡された二つ目の椰子の実を受け取り「サンキュ」と呟いた。
最後にマイキーは自分の分の椰子の実を手に取ると、その甘い果汁を一口含んで安堵の溜息を吐く。
「後は肉が食いたければ、この島に夜のみ出没するっていう夜子羊を狩れば食用肉をドロップするらしい。ただLv4〜5で討伐報告は今のところ少ないからかなり辛いだろうな」
「肉無きゃ話にならねぇよ。夜そいつ狩ろうぜ」
ジャックの言葉にもはやマイキーの苦笑は呆れ笑いへと転じていた。
「お前なら絶対そう言うと思ったよ。まぁ、確かに肉は欲しいし。情報収集のために何匹か狩っておこう。ただあまりに厳しかったら撤退するからな」
そうして質素な昼食を済ませた三人がブルーシートの上に横たわり、波音に耳を傾けて暫しの眠りへ誘われていたその時だった。
ふと森から海岸へとやってきた旅人服の冒険者四人組が寝ているマイキー達を横目に近くの岩場の方へと足を向ける。
岩場付近では一人の若男が歩み出て、岩場の一角に向けて何やら指差していた。
「あれ……おかしいな。確かにここに洞窟があったんだ。本当だよ。嘘はついてない。確かにこの時刻にこの場所で洞窟が在ったんだ」と若男の冒険者が弁明をする。
「お前、場所勘違いしてるんじゃないか。海岸線なんてどこも似てるからな」と大柄の男。
「いや、違うんだ。確かにここなんだ。この岩の形はっきりと覚えてる。でも、おかしいんだよ。昨日と地形が変わってるんだ。昨日はもっと海岸線が伸びてたんだ」
必死の弁明も虚しく仲間達から咎められる青年。
そんな彼らの会話を朧気な意識の中でマイキーはその内容を片隅に留めていた。
――消え行く洞窟……か――
▼次回更新日:6/4