S16 VS Pigmitz
■創世暦ニ年
四天の月 火刻 17■
海岸線に日が昇る頃、星砂の海岸線を渡っていた三人は欠伸交じりに緑園の孤島を目指して歩いていた。
この数日の生活からマイキーはこのエリア周辺での潮汐時間を大まかに算出していた。この島における潮汐は酷く特徴的で、明け方から急激に水位が下がり始める。下がり始めた水位は大体午前十時頃をピークに、その後水位が次第に上昇し始め夕方六時半頃が水位上昇値として最高値を取る。
今出発すれば、丁度水位が最も下がった時刻に目的地へと到着するだろうと、そんな目論見だった。
西に輝く太陽を見つめながら、ふとした疑問を浮かべるマイキー。
普段は何気無く当たり前だと考えていた事でも一度疑問として思い浮かべた瞬間から気掛かりな内容へと変わる。それはあの太陽だ。
何気なく受け入れていた陽光だが、それを放つあの熱球はあれは太陽では無いのではなかろうか。そう思い浮かべた決定的な根拠はここが地球とは異なる異惑星であるという事だ。
オープニングの際、光の球体の中でこの惑星の姿を確認したマイキーにとって、ここが地球で無い事は少なくとも容易に理解できた。だが、もしここが地球で無いとするならば他に太陽系で人間が存在出来る惑星など存在しない。ならばこの惑星ARCADIAとは一体何なのか。
そもそも太陽とは一つの恒星に過ぎない。この広い宇宙の中の一つの銀河内に存在する数千億×数千億と云われる恒星の中の一つだ。これらの中で太陽と似た質感を持つ恒星でさえ数千億あると言われている。それはつまり太陽系に似た惑星構造がこの一つの銀河の中に存在する可能性にも繋がる。
これはあくまで一つの可能性としての話だが、この広い銀河、いや宇宙の中で地球と全く同環境を揃えた惑星が存在してもおかしくは無い。
そう考える事でマイキーは初めて自分の中でこの惑星の存在を理解する事が出来た。
あれは太陽に似た恒星であって太陽では無い。そしてこの星も地球と似た質感を持った異惑星に過ぎない。そして自分達はその異惑星の開拓のために送り込まれた調査隊なのだ。そう考える事でたとえゲームの世界とはいえ、自らの使命感をはっきりと認識する事が出来た。
緑園の孤島に辿り着いた三人はふと浜辺で、山頂に聳えるGrande Rock Piasを見つめる。
その光景を前にふと首を傾げるアイネの様子を見てマイキーは言葉を掛ける。
「どうした。また違和感か?」
「うん。何でだろう。何かが違う気がするんだけど」
アイネが見つめる先にマイキーもまた目を凝らし、天を突く岩盤のその様子を隅々まで確認する。だがGrande Rock Piasには変化は見られなかった。近くで見るか、遠くで見るか。昨日との差異と云えばその程度のように感じられた。
それから、一同は当初の予定通り島の緑地帯を通って北部の海岸線を目指し始める。
内陸にはアクティブなモンスターは少ないが、逆に海岸線付近にはシーフロッガーの生息域と為っている事が多い。三人が敵の気配に注意を凝らしながら、ゆっくりと歩を進めていると藪の中から現れた巨大な玉葱が視界の中を横切っていった。
「何だよオニオンポックルか。驚かせるなよ」
オニオンポックルは三人の姿を見つけると丁寧にお辞儀をして警戒態勢を整えたままその場に固まる。その姿を見て苦笑を漏らす一同。
「何もしねぇよ。なんかこいつら憎めないよな。なんか戦う気削がれるっていうか。実際一度も狩った事ねぇし」
ジャックの言葉にオニオンポックルはお辞儀をしたままその言葉に耳を傾けているようだった。そんな彼を刺激しないように三人がそっと進路を変え、近くの藪の向こうへと歩を向けたその時だった。
突然、耳奥に流れてくる話し声に一同は咄嗟に警戒態勢を整える。
話し声の主が他の冒険者であるならば警戒態勢を取る必要は無い。だが、今三人の耳に響くその言葉は何かが少し異質だった。
甲高い非人間的なその声に導かれるように藪の奥へと慎重に歩き進める三人。
藪から覗くように顔を出した三人はそこで思わず声を上げそうになって慌てて顔を引っ込めた。
藪の向こうに存在したものは、オニオンポックルに似た巨大な玉葱だった。だが何かが決定的に違う。その違いは三人が見た瞬間に同時に認識する事が出来た。
そう、黄金色に輝いていたのである。黄金色に輝く巨大な玉葱。それが声の主の正体だった。
「Yaiyaiaya! 360℃タマネギダラケ!」
謎の単語を喚き散らしながらくるくるとその場を徘徊する奇怪な生物。
マイキー達はただじっと息を殺してその様子を見守っていた。PBを開きそっとそのモンスターネームを確認する三人はそこで驚くべき内容を目にする。
――Pigmitz<ピグミッツ>――
モンスター情報『unknown<解析不可>』。その表示に三人は思わずまた漏らしそうになる声を堪えながら顔を見合わせた。
「ベルトコンベア・デ・ミトコンドリア」
――こいつレアモンスターだ――
「Pooh ポケキョ」
唖然とするマイキーの傍らで次第にモンスターのその言動がツボに嵌ったのか、ジャックが口元を抑えながら必死に笑いを押し殺していた。
よちよちと歩きながら何をするというわけでも無く、ただ意味不明な言動を繰り返すピグミッツ。
「生麦、生米、生ラジオ」
そのピグミッツの言葉を聞いてついに吹き出すジャック。
笑い悶えながら手で謝罪するジャックを前に、今ピグミッツはくるりと振り返り三人の方を見つめていた。
――やばい、見つかった――
敵の戦闘能力は未知数。少なくともレアモンスターである以上、通常のオニオンポックルよりは高い能力設定が施されている事は間違いない。
「皆こいつ殺るぞ」
マイキーの言葉に一斉に銅剣を引き抜く三人。
初撃で斬りかかったのは意外にもジャックだった。臆する事無くあっという間に獲物との距離を詰めた彼はピグミッツ目掛けて鋭い剣撃を浴びせる。
斬られたピグミッツは衝撃でその場をコロコロと転がると、転がった先でピョンと飛び跳ねて起き上がった。
「Yaiyaiyaiya!」
機械音声に似た甲高い声でそう叫んだピグミッツは短い足を懸命に動かしてジャックを追い始める。
「なんか、こいつ向ってきたぜ」
笑いながらジャックは巧みな足捌きでピグミッツの追撃を軽やかにかわしながら的確に反撃を行う。
健闘するジャックに今加勢して、隙間を縫って剣閃を差し込むマイキーとアイネ。
まるで袋叩きのような居た堪れない光景となったが、いくら剣撃を浴びせて転がせても何度も起き上がるピグミッツを前に一同は次第に不安を感じ始める。
「ダメージ通ってないのか。もしかして」
ピグミッツは起き上がる度に「Yaiyaiyaiya」と喚き散らし三人の姿を追って駆け込んでくる。そしてここで三人は周囲に起こった異変に気付き始めた。茂みから現れた一体のオニオンポックル。
「なに。あの子こっち見てるよ」とアイネが身を流しながら呟く。
また反対側の茂みからもオニオンポックルが二体姿を現した。
「こいつ、周辺のオニオンポックルを片っ端からリンクさせてる」
マイキーのその推測通り、戦闘態勢に入ったオニオンポックル達が次々と三人の姿を追い掛け回し始める。
「ちょっと待て。数が四体って、これはキツイだろ」
身を翻しながら一体のオニオンポックル目掛けて鋭い致命的一撃を浴びせるジャック。
「放っておけばどんどん集まってくる。まずは司令塔のPigmitzから殺るしかない」
「奴は俺が殺る」
ジャックの言葉を受けて、マイキーとアイネは即座に周辺のオニオンポックルの誘導対処へと回る。ジャックは二人のサポートを受けて必死に鳴き喚くピグミッツへと対峙する。
「舐めた真似してくれたな。お前の事は嫌いじゃないんだけどな。悪いけど潰すぜ」
ピグミッツの攻撃モーションと言えば近寄って頭突きの一辺倒だった。ただし近寄ってから頭突きに到るまでのそのモーションタイムは非常に短く、避ける事は難しい。実際に受けたその衝撃からダメージは相当なものだった。呼び寄せられリンクしたオニオンポックルとは別にランダムに三人に振り回されるPigmitzのターゲット。そこで、三人はいつしかターゲットになった者はピグミッツ、及び周辺のオニオンポックルの注意を引きながら逃げ回るという動きを確立しつつあった。
「アイネ、ターゲットが向いたぞ」
マイキーの指示の下、三人は協力し合いながら十数匹というオニオンポックルの処理を行いながら最後の一撃をピグミッツに浴びせ、そして遂にその時がやってきた。
ジャックの渾身の一撃によちよちと歩いていた足取りが止まり、その場にペタンと前のめりに倒れ込むピグミッツ。
その愛らしい幕引きに、マイキー達は若干罪の意識に囚われていたが立ち昇るLEの粒子と引き換えにその場に一枚のカードが残されると彼らは苦渋の表情でそれを拾い上げる。
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〆カード名
金色玉葱の球根
〆分類
アイテム-素材
〆説明
緑園の孤島に存在するオニオンポックルの変異体Pigmitzから入手する事が出来る貴重な球根。黄金色に輝くその球根の希少価値は非常に高い。
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カードの内容を読んだ三人が微笑を漏らす。
「金色玉葱の球根か。これ、レアアイテムじゃないか。多分」
マイキーがカードを二人に向かって差し出すと彼らは受け取りを拒否した。
「俺らが持っても使い道分からないからな。そういうアイテムの扱いは基本的にお前に任せる」と、ジャックの言葉に笑顔で頷くアイネ。
そんな二人の様子にマイキーは苦笑すると、彼らの意向を汲みカードをPBの中へと収めた。
苦しい戦いだった。だが結果として北部の海岸を間近にして、どうやら思わぬ幸運が舞い込んだようだ。
▼次回更新日:6/3