S7 自己投射戦
鏡の中から現れた人物は紛れも無い、その指先から表わされた姿形は誰よりも彼が熟知している。
だが映し出された微笑は絶えず皮肉を吐いていた。
「誰よりも知っているなんて。本当にお前は自分の姿を見た事があるのか。お前が見た事があるのは鏡に映った自分の姿だろ」
人間は皆生まれてから死に絶えるまで、自分自身の本当の姿を知る事なく死んでいく。
自分の本当の姿を瞳に映し出せるのは他人だけだ。
「もし鏡が真実を歪曲させていたら、他人が見る自分が鏡とずれていたら? そんな事は杞憂さ。何なら鏡に映った自分を他人に比較して貰うかい? お前が抱えている問題なんてその程度、微々たる事なんだよ」
「お前は誰だ?」
「僕はお前さ。今更だな」
刹那、突き出したバーダックナイフの刃先が互いの額の薄皮を捉えて静止する。
「言っただろ。僕はお前だ。考える事も為す事も、全ては同じなんだよ」
「認めないね。お前は僕じゃない」
破壊の衝動がガラス破片を舞い散らせる。振り回された毒刃が周辺の鏡を砕き、キラキラとした輝きを宙に漂わせる。
「よく言ってたな。キラキラ舞う輝きが好きなんだって」
「違うね。それはお前も分かってるだろ。それは心の問題さ」
刃の交錯と共に、二人のマイキーは大きく間合いを取り構える。
胸元から立ち昇る輝きがスティンガーバイトのダメージを物語っている。
「お前は自己否定そのものを否定したがる、だからお前はまだ何も分かってない」
「僕が否定したいのはお前の存在そのものだ」
突きつけられる刃のように研ぎ澄まされた言葉の数々。
「自己否定を含めて、全てがお前そのものなんだよ。毒を吐くお前も、慈愛に感化されたお前も、自己を否定するお前も。全てが全部ひっくるめてお前自身なんだ」
「当たり前の事を語って楽しいか? 自分が何を内包しているかくらい薄々は気付いてるさ。だけどな、僕の理性が一つだけ確かな事を訴えてる」
「そうか、この機会に一つだけ僕からも伝えておこう」
視線で謎かけの答えを促し合うマイキー。
「お前だけは僕じゃない」
言葉が重なった時、衝突と同時、再び破砕された硝子片が宙を舞い始める。
狙った攻撃は全てが鏡映しに跳ね返ってくる。笑える。
本当にお前は僕の何から何までを真似した模倣者だ。だからこそ、お前とは相容れない。
微笑する二人のマイキーは互いの感情をぶつけ硝子片へと変える。
「不毛な争いだとは思わないか」
「思わないね、それともお前にはこの戦いの終焉でも見えてるのか?」
「さぁ」
ふわりと舞う言葉が酷く虚しい。
「終焉があるならば、僕達の存在は無意味だとは思わないのか」
「何が言いたい?」
「哀れなお前に真実を教えてやろうと思ってさ」
一人のマイキーが刃を止める。
だが片方のマイキーに容赦は無い。迷う事無く飛び込んだ自身の胸元目掛けて刃を突き立てる。
模倣者の表情に滲む苦悶。
「攻めきったな。確かにお前にはその力がある。だが無意味だ。刃を止めようが半身を生かそうが殺そうが全ては描かれている。お前も薄々気付いているんだろう」
落ちた膝。吹き出る大量の光芒を抑えながら、模倣者は高笑いを始める。
「誰に描かれてるって?」
当たり前の事を聞くな、模倣者の瞳がそう語っている。
「お前自身だよ」
砕け散った模倣者の破片が頬を掠める。
風も埃も舞い上げず、もう一人のマイキーはこの世界から姿を消していた。