S6 ミュラーの鏡
堕ちて行く、崩落した世界の奈落へ。
目覚めた時にはまた荒野から塔を見上げているのだろう。
ふわふわと漂う浮遊感にはもう慣れた。マイキーにとっては奈落とは通過点に過ぎない。這い出す覚悟と意志を秘めた者にとって底が在る限りは前へ進む事ができる。どちらかというならば、向う先の蓋が閉じられている事の方が恐ろしい。
収縮した光が点と消えた暗黒の底へ辿り着いたのか、完全な闇に包まれた今、止まっているのか、落ちているのか、定かではない。
「精神世界が表出してるのか? 僕が暗闇でも恐れるとでも思ったのか、笑わせるな」
呟きは虚空を漂いながらも闇へ溶け込む事は無い。
彼の言葉は、心の中にずっと留まったままだった。
「僕が求めてるのは光だ。前に進む力だ」
叫べば叫ぶほど闇は深まる。心の臨界はまもなく終焉を迎えようとしていた。
「ふざけるな、ふざけるなよ。出て来い! 直接、勝負しろ! お前達は卑怯だ。いつも僕の身体を隠れ蓑にする。外界がそんなに怖いか。だろうな臆病者!」
逃げない。その強い意志が闇に強く表出したのだろうか。
闇に迸る光の亀裂。四方八方へ伸びた罅割れはやがて鮮やかな光を零し始める。
砕け散った世界の泡沫が新たな景色を形作る。闇は光へと。
再結成されたクリスタルの破片は再び塔の中を映し出していた。
だが、そこに光の階段は見えない。荘厳な神殿宮のように立ち並んだ大理石の支柱の合間を見渡す限りの鏡が埋め尽くしている。
「ミラーハウス? ここは塔の中なのか」
多重に映し出され散った自らの姿に戸惑いながら、マイキーは本物の自分を追っていた。
だが、その行為は余りにも馬鹿げている。全てが本物に違いない。それとも全てが偽者か。
マイキーの精神は狂気を孕んでいる。
彼と通じる者でも無ければ、ただの狂人と映すところだろう。
だけども、関係ない。
そう、関係ない。お前が狂ってるか狂ってないかなんて他人とってはどうでもいい事だ。そして、何よりお前自身がそう思っている。馬鹿げた発想だよ。
「お前の考えを押し付けるな」
そして、同時にお前は恐れている。他人と比較される事を。
特異な自分に酔いたいナルシストが今更か?
「いつもの奴じゃないな。誰だお前」
同じさ。皆同じ。皆同じお前だよ。それとも?
ミュラーの鏡は真実を映し出す。さぁ、偽者が誰なのか、はっきりさせようじゃないか。
鏡の中のマイキーが微笑む。
突き出される指先は、現実の世界へと飛び出していた。




