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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
166/169

 S5 解錠

 Marshe nes Abelが迎える日常。

 テーブルで寛ぐアイネと子供達はいつものように紅茶を囲んでいた。

 ただ一つの変化は話題には挙がらない。ここ数日子供達はずっと耐えてきたのだ。

 だが、それもとうとう我慢の限界だった。


 マイキーの様子がおかしい。それは仲間の目には明らかだった。

 天使の門を潜ってから、彼はどこか怯えたように。瞳に現れた負の感情は、いつも理性で覆い隠されている筈だった。

 いつも強く、いつも孤高に。無愛想に仲間を引っ張ってくれた筈の人間像がそこには見当たらない。

 まるで塞ぎ込んだかのように、自分自身の不甲斐なさを呪うかのような面持ちで塔に踏み込んで行く彼の姿はどこか病的で、子供達にとってはこの上無く悲しかった。


「マイキーさん今日も一人で塔に向ったみたい」


 呟くタピオの表情は暗い。彼が抱く感情を語りかけられるアイネは誰よりも深く理解していた。


「店番もほったらかして、しょうがない人だね。帰ったらお説教してあげないとね」


 笑顔で答えるアイネは心苦しかった。


「僕達、本当の事が知りたいんだ。アイネさん、知ってるんでしょ。教えてよ」


 タピオの切実な願いにアイネの笑顔が曇る。


「知らないよ……私は」

「ボク達も力に為りたいんです。少しでも役に立てるなら」


 飲み終わったテーブルのグラスを片付けていたテトラの手が止まる。


「本当に……私は」


 そして、傍らでは小さな手が袖を引く。

 悲しげな表情でアイネを見上げるキティ。

 子供達に問い詰められた頃、店の扉が開く。街に買出しに出掛けたジャックとナディアが戻ってきたのだ。


「何だ、辛気臭ぇな。何かあったのか?」


 ジャックの問いかけの答えを背後から窺がうナディア。

 黙りこくる子供達を前にジャックは一つ溜息を吐く。


「あいつの事か。まぁ、そりゃそうか。こんな様子が続いちまったら子供ガキでも気になるよな」


 考え込むように暫し押し黙ったジャックの瞳が覚悟を語る。


「分かった。俺が話してやるよ」

「ジャック……!」と立ち上がるアイネを視線で諌める。

「大丈夫、肝心なところは伏せる。それにこいつらには多分理解はできないだろうしな」


 言葉を溜めたジャックはこう切り出した。


――あいつはな……心の病気なんだよ――



 マイキーが塔から戻った時、Marshe nes Abelは看板を閉じていた。

 明りの点いた室内で仲間達は皆テーブルに付いていた。

 その様子がただ為らぬ雰囲気に包まれている事は一目で分かった。

 静寂が包む室内で切り出しの一言を上げたのはタピオだった。


「マイキーさん、僕力に為りたいんだ」


 その言葉で全てを悟ったのか、マイキーは親友の二人へと視線を投げる。


「話したのか?」

「ああ、けど全部じゃない。俺にも上手くは説明はできなかった」


 ジャックの答えに「そうか」と俯くマイキー。

 そして、マイキーはただ一言。こう告げた。


――ごめんな――


 その一言がどれほどの衝撃を与えたか。

 マイキーは気づいていたのだろうか。


「何で……謝るの?」


 わなわなと震えるタピオは真っ直ぐにマイキーを見つめていた。

 それは聞きたくない言葉だった。


「嫌だよ……どうして。強かったマイキーさんに戻ってよ。こんなの嫌だよ」


 涙ぐむタピオの張り声に傍らでキティがポロポロと涙を零し始める。

 誰もが辛い瞬間だった。けれどもどうする事もできない。


「これは僕の問題なんだ。僕にしか解決できない。だからちょっとだけ待ってくれ」

「あの塔にその解決法があるっていうのか」


 ジャックの強い問いかけにマイキーは「わからない」とただ呟いた。

 彼自身、子供を泣かせるのは辛い。大切な仲間ならなおさらだ。


「もう少し……あと少しだけ待って欲しい。必ず元の自分を取り戻すから。信じて欲しい」


 根拠は無かった。ただ込み上げた思いが言葉として出ただけかもしれない。

 ただ一瞬、浮かべられたマイキーの微笑みに、子供達は昔の面影を感じ取る事ができた。


 日常を離れたマイキーは再び塔を昇っていた。

 光に塗れた時、再び感覚は飽和する。

 どうしようもない心の浮遊感は拭えない。まるで世界が反転したかのように、心も身体もただ天上を目指して立ち昇って行く。

 煌くレンズと光の階段はマイキーの姿を四方八方に散りばめる。

 どれが僕だ? ふとそんな問いかけにマイキーは戸惑う。全てはまやかしだ。この異常なまでに創られた空間も、呼び起こされる心理状態も。しかし、だとするならばまやかしの先に答えを求める彼の精神状態は酷く危うい。

 蜃気楼の塔の最上階には、その答えがある。

 信じる事が唯一の希望。だが彼は気づいていない。

 この世界が幻であれば、得られる答えもまた幻である事に。


 昇っても、昇っても光は無限に続いている。

 砕けるな。弾けるな。開けろ。

 掛け声が心に虚しく響く。


 自身でも理解が困難な心理状態は幻聴を引き起こす。


――疲れたなら、休んでもいいじゃない。休んだらまた歩けばいいんだよ――


 アイネ。だけど僕は休む事はできない。


――お前らしくもない。何をそんなに焦ってるんだ――


 ジャック。焦ってる? 僕がか。


――夢を見ているんですよ、きっと――


 ナディア。僕もそう信じたい。けど僕は生まれた時からずっとまどろみの中に居る。


――自分を信じて下さい。ボクにとってマイキーさんは光なんです――


 テトラ、僕は光でもなんでもない。


――マイキーさん、負けないで――


 その声はキティか。大丈夫。戦う為に僕はここに居るんだ。


――嫌だよ、こんなの嫌だよ。強かったマイキーさんに戻ってよ――


 タピオ、ごめんな。


 マイキーの心は硝子のように脆い。認めれば崩れてしまうほどに。

 だからこそ彼は気丈に振舞う。自分自身の弱さを隠す為に。

 だが一度綻べば、いとも簡単に崩れ去ってしまう。


 キラキラ舞う輝きが好きなんだ。

 それは心の破片なのか。

 僕の心を崩そうと云うのならばお前も道連れだ。

 

 けれども逃避からは何も生まれない。

 僕には待っている仲間が居る。

 僕はお前達の玩具じゃない。


 ホワイトアウトする世界。

 感情の高まりが世界を次なる次元へと導いたのか。世界が瞬いた。


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