S4 思途迷走
世界がループしている。
その事実に気付いたのはずっと後になってからの事だった。
夕暮れと共に何の前触れも無く蜃気楼の塔は消えた。
空から降り注ぐ冒険者達はシャボンの光膜に包まれて緩やかに地表へと降り立つ。
まるで生気を抜かれたように、虚空を見つめるその表情は生ける屍のよう。
「消えた……僕の姿が?」
塔の外で仲間達と落ち合ったマイキーはそこで奇怪な話を聞かされる。
「お前だけじゃない。全員が消えた」と語るジャックの眼差しは珍しく深い。
彼らは一体塔の中で何を見てきたのか。
仲間達は決まって一律の答えを返した。
何も見ていない。何も――
ただ頭上高くに輝く光を求めて、階段を彷徨い歩いていた。
けれども、ふいに怖くなった。
その瞬間に、光の階段が崩れたという。
気がついたら天使の門の前に居た。
探索を始めて数日が経過した。不可思議な蜃気楼の塔の攻略は以前進まない。
乱立される攻略掲示板には不可解な情報が乱れ飛ぶ。
塔に入るとやがて恐怖に駆られる。おそらくは塔に入った瞬間から冒険者はフィアー≪恐心状態≫になるのではないか。その恐怖に押し潰された時に、階段は崩れるのではないか。塔に終着点は無い。何か途中で達成条件があるのではないか。そもそも塔は全ては幻、あの空間は存在しない。
何れもその真偽は分からない。
これまでの体験からマイキーもまた自己分析を始めていた。
不思議と探索中は自分自身に問い掛ける事が多い。それは彼にとっては良くない傾向だ。自分との会話を始めた事は今に始まった事ではない。いつだって否定が返って来る。
自分は自身の存在を認めない。そんな事は分かりきった事なのだ。
だが、それと今回のこの一件が関係しているとは思えない。彼の葛藤は根深い。それはずっと昔から続いている事だ。
聞いているんだろう?
その存在感は常に感じる事ができる。食事をしている時も、トイレに入っている時も、寝ている時も。
奴等は日常の隙間に入り込んでくる。奴等と表現したが、それが一人なのか複数なのか。
感じるのは漠然とした存在感のみ。だが一つはっきり言える事がある。
僕はお前等の存在なんて認めない。
それが答えだ。
「マイキー、お前何考えてる」
「また聴こえるの?」
心配そうに覗き込む仲間の表情を前にマイキーは我へと返る。
奴等の存在を知っているのはアイネとジャックだけだ。
「聴こえるって、何が?」
大きな瞳を瞬きさせて問い掛けるタピオ。
だが説明は返されない。当然の事だ。世の中には知らなくても良い事は幾らでもある。
恐れるべき事は声。その存在を知る事で声が聞こえる事もあるかもしれない。
始めはただの自問自答。今日は何食べようかな? ハンバーグ。それだけの事だった。
だが次第に認識は狂い始める。誰が考えた。誰が言った。誰が見てる。
僕が考えていない事を喋るな。認めない。認めない。
僕は脆弱だ。叫びたい。誰かに伝えたい。誰か僕を守って欲しい。
それは誰にも伝える事のできないマイキーのコンプレックスだった。




