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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
157/169

 S3 迷い子は夜明けを彷徨う

 翌早朝、テトラを誘い出したマイキーはタピオを連れて残りの者を店番にさせ、バスティアの荒野へと再び足を運んでいた。


 探し物があるんだ――とマイキーは告げた。


 もし、求める物の在処が分かっていたとしたら人はそれを探し物と呼ぶだろうか。

 荒野に浮ぶ朝陽を眺めながら、ふとテトラはそんな事を考えていた。


「マイキーさん、それって何集めてるの?」


 サボテンの生え際に咲いた一輪の花を摘み取るマイキーの作業を覗き込むタピオ。


「バーダックの花弁さ」

「それって……もしかして」


 マイキーの返答にタピオの顔色が青味を帯びる。

 誰にでも思い出したくない過去はある。その経験が苦ければ苦い程に。


「こいつの毒には僕もお前も痛い目に遭ってるからな。忘れもしないだろ」

「触って大丈夫なの。そんな毒を集めてどうする気?」


 徐にPBを開いたマイキーは何やら生産画面を映すと、手馴れた指捌きでキーボードを弾き始める。

 後ろからその作業を覗き込んでいた少年二人は、マイキーの真意をここで掴む事になる。

 まずはバーダックの花弁から毒薬を抽出する。生成された粉末には吸い込むだけでステータス異常を引き起こす程の強い作用が有る。

 ブルドーはこの毒薬を水竜喉の洞窟で、湿度の高い霧の中にばら撒いたのだ。

 あの事件を教訓にするならば対モンスター戦において、毒薬として所持しているだけでも充分に有効な使い道が考えられる。だが、マイキーの思惑は別に在った。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 ▼生産メニュー


  ○錬金術  S.Lv17.23

   ・化合 >>>>> 【生産素材選択】

   ・抽出

   ・分解


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 生産区分:化合

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 ▼生産素材1 アーミーナイフ×1

 ▼生産素材2 バーダックの毒薬×1

 

 【生産素材の追加】


 ●生産する(生産確率:75% 生産時間:13分)

 ●キャンセル


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「バーダック製品はLv10から装備できる装備なんだ。こいつは一定確率で毒を付与する追加効果がある。この先の強敵との遭遇に備えて、少しでも装備は強化しておいて損は無いだろ。お前にも作ってやろうか?」


 マイキーの厚意にタピオは少し戸惑った様子で首を振った。


「僕はいいよ。まだ装備できないし。それに……毒が塗られた刃ってちょっと怖いから」

「備えあれば憂いなしって、云うんだけどな」


 午前中はマイキーの採集の手伝いに付き人は従事させられる事と為った。

 だが、少年二人にとって雑談を交しながら荒野のサボテンを回る作業はそう苦痛でも無かったようだ。 バーダックの花はこの広い荒野の中でも希少性が高い。幾多と在るサボテンの生え際に真紅の花弁を見つけた瞬間は自然と心が躍る。

 目的を一折遂行した三人は、朝陽が生むサボテンの長影に隠れて座り込んでいた。


「悪いな、テトラ。今日も付き合って貰って」

「マイキーさん、もしかしてテトラに生産を見せる為に今日誘ってくれたの?」


 微笑みと共にマイキーの真意を探るタピオに返される返事。


「いや、単純に空いた手使いたかっただけだ。ジャックの奴は協力的じゃないし、女どもは何かと五月蝿いからな」


 まるで見渡す限りの赤土の荒野のように酷く乾いた返事に、マイキーに真っ直ぐな視線を向ける少年達。


「マイキーさん……僕は信じてるよ。ごめん、テトラ。悪気は無いんだ。たぶん」

「いえ、楽しかったです。こんな風に一緒に他のプレイヤーの方と過ごしたの初めてだから」


 嬉しそうに語るテトラに対してタピオの心情は複雑だった。


「本当にずっと一人だったんだね。気安い同情の言葉になったらごめん。だけど、やっぱり一人って寂しいから。MMOって人と触れ合える事が何よりの楽しみだと僕は思うから」

「その人と触れ合う事が、MMOの最大の欠点でもあるんだけどな。人間の欲望が生み出す泥々した人間関係なんて醜悪の極みさ。まぁ、所詮ネット上での付き合いって考える奴も居る。正直、切ろうと思えばいつでも切れるしな」


 オンラインに懸ける想いは人それぞれ。ただの気休めで遊ぶプレイヤーにとってはそこに深い人間関係などは一切求められない事も多い。ゲームの世界では、現実とは異なる自分を表現する事ができる。VRMMOという仮想現実の中で、さらには自己投影が規範とされているARCADIAの世界においても、自己同一性は完璧では無い。ここが現実でも無ければ本当の自分でも無いのならば、何をしたって構わない。事実として、そうした考え方から暴挙に及ぶプレイヤーも少なくない。

 だが、それが全てとも限らない。非を見ればキリが無いが、それは一面性に過ぎない。このARCADIAという世界に懸ける想いが人それぞれであるならば、自分と同じ気持ちで世界に臨んでいる者もまた少なくない。


「希薄な関係さ。だけど、それが全てじゃない。人の温もりを感じた瞬間、それが宝物に変わったりもする」

「僕もそう思う。所詮はネット上の付き合いかもしれないけど、僕にとっては今は皆大切なんだ。そんな関係をマイキーさん達と築けた事は幸せだと思う」


 二人の言葉が綺麗事かどうかを判断するのは、人の感性。

 そこに善悪を結び付けようとした時に、話は迷宮入りする。

 大切な事は自分がどう思うか。 


「羨ましいです。そんな事が言い合える人達が居るなんて」


 それはテトラの素直な本心だった。


「だったら、僕達と為ろうよ」

「……え?」


 唐突なタピオの言葉に戸惑うテトラ。 

 昨夜、バック・ベアードでの談笑に続いて、彼が齎す言葉はテトラにとってはまるで天高く昇り行く朝陽のような不思議な煌きを秘めていた。


「って、ごめん。勿論テトラが良かったらの話。まだ僕達お互いの事何にも知らないし。これからそんな関係に為れたらいいなって思ったんだ」

「ボクが……そんな関係になれるかな」


 自信無く俯くテトラを見つめるタピオの眼差しはどこまでも真っ直ぐだった。

 その純粋な瞳の輝きに思わずテトラは目を背ける。


「対人関係にそこまでビクビクする必要ないさ。相手も同じ人間なんだ。自分と同じように喜怒哀楽で物を考える、人は機械と違って生きてるからな。素直な言葉で話せば通じ合える。中には例外も居るけどな」


 立ち上がり泥を払うマイキーに続いて、腰を上げる少年達。 


「さて、用事は済んだがどうする?」

「店に戻ろうよ。皆が待ってる。テトラも一緒にね」


 サボテンの長影から解放された三人は街へと向う。

 気のせいだろうか。今、テトラは温かみの中に包まれていた。

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