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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
156/169

 S2 描かれた憧憬

 Restaurante 『Back Bared』にて――


 枯れ果てた観葉植物に、止まったプロペラ式の空調。

 雑然と並べられたテーブルに敷かれた鼠色のクロスは清潔であると信じたい。

 殺風景な店内は相変わらず、木樽が積み上げられた部屋の片隅にあるテーブル(定位置)に着くとマイキー達は料理のオーダーを始める。 


「そうか、テトラはまだウォールズには行った事ないんだね。すっごい綺麗なところだよ」


 PBを広げたタピオは隣に座るテトラに向けて、スクリーンショットをスライド表示で見せる。


「街中が白に染まってて、ギルドの教会も幻想的よね」


 台座に現れた料理を並べながら想い出を振り返るアイネ。

 テーブルの上には今、瑞々しいヴェラネイユの紫葉や甘いチェリートマトなどのバスティア特有の紫野菜を和えたサラダと、香ばしく香り豊かなコカトリスの唐揚げ、鉄板の上で湯気を立てるメルボルの肉厚なステーキと地方の特産料理が視界を埋めていた。


「でも、あの教会はちょっと怖いよ。懺悔室あったし」

「飾り物だろ、あんなもん」


 ジャックの切り返しにタピオは不審な顔つきを見せた。


「それが違うんだ、僕興味本位で懺悔室の方近付いてみたんだ。そしたらさ、黒幕のブラインドの向こうに本当に物々と語りかけてる人が居て。法衣を頭から深く被ってて、近寄るの怖かったから内容までは分からなかったけど、あれって本当に懺悔してたんじゃないかな」

「理想世界で懺悔か。余程、後ろめたい事でもやらかしたんだろうな」


 嘲笑を浮かべるジャックにシリアスな表情で言葉を続けたのはマイキーだった。


「罪の意識があるだけまだマシさ。世の中の悪人と呼ばれる連中は罪悪感とは無縁だからな。中には歪んだ正義を持ってる奴も居る」

「そんな方々とはなるべく関わりたくないですね。あのブルドーもその一人でしょうか」


 ナディアの発言に苦笑するジャック。


「爆弾に敢えて自分から触れる事もねぇだろ。あいつに限った事じゃない。あの手の連中は既にこの世界で俺達も何人か見てきたからな」

「もっと楽しい話しようよ。折角テトラ君に来てもらってるんだから」


 キティが小皿によそって配るサラダを受け取りながら、アイネが会話の流れを誘導する。

 スクリーンショットをテトラと共に眺めていたタピオはここで彼に向ってこんな言葉を掛けた。


「ねぇ、テトラの話を聞かせてよ」


 その言葉に当惑するテトラ。戸惑いから言葉を失う彼には一同の優しい眼差しが向けられていた。

 そんな視線に当てられて、必至に自らの想い出を探るテトラ。だが焦れば焦れる程、上手く言葉にならない。


――ボクの……話――


 自分の事を話す機会など無かった。何故ならばテトラはこの世界へ来てからずっと一人だった。

 世界はこんなにもたくさんの人で溢れているのに、彼はただ一人。こんなにも優しい眼差しを向けてくれる人達に自身の孤独を打ち明けていいものだろうか。

 大勢の中で感じる孤独、現実でも理想世界でもテトラは人と交わる事ができない。その孤独を和らげてくれるのはいつだって美しい景色……いや真の意味で心の拠り所と為ったのはあの赤焼けの夕陽だけだった。


「どうしたの? ごめんね、変な事聞いちゃったかな」


 アイネの問いかけに首を振ってナイフとフォークを置くテトラ。


「違うんです。ボクが悪いんです。ごめんなさい、話せる事……何も無くて」


 そんな様子を眺めていたタピオが続いて今度は差し障りの無い質問を投げ掛ける。


「ねぇ、テトラって歳いくつ?」

「え……十一歳ですけど」


 テトラの回答を受けてにこやかに微笑むタピオ。


「そっか、僕の二つ下なんだ。ねぇ、良かったらさ。僕と友達になってよ。この世界で僕同年代の友達少なくて。テトラが友達になってくれたら嬉しいんだけど。ダメかな?」


 その言葉はテトラにとっては余りにも唐突で意外な言葉だった。


「ボクが……友達?」


 完全に食の止まったテトラを気遣ってここでフォローの言葉が掛けられる。だが、同時に元の流れを引き繋ごうとする者も居た。


「引退するって言ってる奴を何引き止めてるんだ。相手にも事情があるんだぜ」

「私はタピオに賛成。まだ少しでも時間があるならば、友達になって欲しいな。ダメかな?」


 ジャックの気遣いに被せたアイネの願い。

 どちらもテトラという少年を思っての事だったが、テトラ自身の本心は一体何処に在るのか。

 テトラは込み上げる想いを抑えながら、自らの感情を隠す事に努めていた。隠す必要性があったのかは分からない。ただ素直に感情を吐露してしまったら、自分自身が壊れてしまいそうだった。

 だが曖昧な判断の中でも、零れた気持ちが自然と答えを選んでいた。


「……まだ少しなら」

「本当? 良かった。それじゃ皆で計画立てようよ」


 アイネの言葉にメルボルのステーキを飲み込んだジャックが珍しく真面目な表情で忠告する。


「計画ってお前旅行でも行く気か? 馬鹿言えよ。流石にそりゃ干渉し過ぎだろ」


 事の成り行きを見守っていたマイキーがここで初めて口を開く。


「概ねはタピオとアイネに同意だけどな。計画についてはジャックの言うとおりだ。ウォールズの財宝クエストの受け売りじゃないけどな、心には心の遣い方がある。過剰な心配りは相手にとっても心労になる。何気無い日常の中で、この世界の楽しみ方を知ってもらう。もし、テトラが構わないのであれば。これから数日間、僕らと一緒に過ごしてみないか。日常の生活の中で他人と触れ合うだけでも、僕は随分と世界の見え方が変わるんじゃないかと思うんだけどな。といっても、さっきも言ったとおり過剰なもてなしは期待しないでくれよ」


 マイキーの言葉に対する返答が待ち望まれる。

 他テーブルの冒険者達の語らいに交えて、静かに呟かれる言葉。

 その言葉に一同は優しい笑顔でテトラを迎え入れた。

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