【Epirogue】罪と罰
破壊者サンクテッド・アリゲスとの死闘を制した討伐者達はこの戦いの起源点へと還る。
落雷と豪雨に見舞われる高台の上で。石碑に捧げた雷光石の紫玉を通して、精霊の声に耳を傾ける。
「精霊とやら、豪い難題ふっかけてくれたもんだな。だが、約束は果たしたぜ」
「これで終着に向えるのね。あなたの真意はどこにあるのか、聞かせて」
降り注ぐ稲妻が湿地帯に四散する。
ジャックが言葉として表わしたのは一種の形容し難い達成感。そしてアイネが求めるは、この先に待ち受ける運命。
ラ・サンディラを巡る一連の流れは今その終着点に辿り着こうとしている。
その全てが精霊の言葉によって紡がれる。脳裏に直接的に響く不可思議な旋律は何を囁くというのか。
古ノ時代 我ラハ平穏ニ暮ラセリ
純粋ナル 我ガ子ト共ニ 此処ラ・サンディラノ地ニテ
我ハ ラ・スールノ民ト暮ラセリ
シカレド 雷ノ地トナリテ
我ガ命ヲ 神ニ捧ゲテ 精霊トナル
以後 我ガ子ハ ラ・スールノ民と共ニ
我ガ 眠ル 石碑ヲ 守リ続ク
シカシ 人間 現ル
人間ハ ラ・サンディラノ平和ヲ乱ス
ラ・スールノ民ハ人間トノ 和平ヲ望ム
ソレガ 此ノ地ヲ守ル手段デアルト
我ガ子はソレヲ許スマジ
来ル人間滅ボス 自ラノ手デ ラ・サンディラノ地ヲ守ル
怒レル 我ガ子ハ ラ・スールノ民ト対立
イツシカ 孤独ガ 理性ヲ奪ウ
ラ・スールノ民ヲ滅ボス
我ガ石碑ヲ破壊スル
我ガ子ハ 荒ブル 獣ト成リ果テタ
私ハ 我ガ子ヲ 救イタイ
苦シミカラ 解キ放ツ ソレガ 我ノ望ミ
「まさかその我が子を救う為に、人間である僕達の手を借りたの」
そう尋ねるタピオの身体は震えていた。
精霊の聖言に託された我が子、その言葉が意図するところを読み取るならば……
「そんなの理不尽過ぎるよ。サンクテッド・アリゲスが……あなたの子供だったんでしょ」
逆流した感情の奔流が叩きつける雨水と入り混じる。
悲しみに交えたアイネの憤り。純粋なる怒りを携えたのは彼女だけではない。
「性質の悪い殺しさせやがって。胸糞悪いぜ。それで目的が叶った今、お前はどこに向うんだ。さっさと落雷止めてくれよ、今度はお前が俺達の願いを叶えてくれる番だろ」
ジャックの呼び掛けに精霊はまた静かに言葉を紡ぎ始める。
悠久ノ時ヲ経テ 我ハ 我ガ子ト一ツに為レタ
我ハ 此レカラ 我ガ子ト共ニ 深イ 眠リニツク
落雷 止マラナイ
湿原ノ 平和ヲ 乱シタノハ 人間ノ罪
人間 知ルベキ 犯シタ罪ノ 重サ
此レハ罰 人間ハ 自ラノ罪ヲ 償ウ
我々ハ眠ル
ラ・サンディラニ 残サレタ 神々ノ怒リガ 人間ノ罪ノ証
「ちょっと待って下さい。人間の罪って何ですか。あなたの息子に殺されたラ・スール族の信仰はどうなるんですか。これじゃ報われないでしょう。責任を果たして下さい」
「ナディア、止めろ」
懸命な呼び掛けで精霊に意志を伝えようとするナディアを制止するマイキー。
彼は今、プラム・ド・モックが語る言葉の全てを受け止めていた。
「これがあんたが出した結論なんだな……分かった」
亡き母と安らかに眠っていた頃の記憶、そこには純朴なサンクテッド・アリゲスの過去の姿が映し出されていた。そしてその母こそがプラム・ド・モックに他ならない。かつてより落雷の激しかったこの地で、彼の母は偉大にも自らの命を大地に捧げ精霊となる事で、雷湿原の落雷を治めた。平和になった雷湿原において、母の亡骸と共にサンクテッド・アリゲスは長閑な時を過ごしていたのだ。だがその平穏な時を乱したのが、人間だった。人間の割拠によりサンクテッド・アリゲスのその魂は野生化し、次第に理性を失い結果、人間との和平策を望んだラ・スールの民を滅ぼし、湿原の秩序である精霊碑を破壊した。皮肉にも母なるプラム・ド・モックはその制裁を禍の源である人間に託したのだ。石碑が破壊された今、もはやこの大地を鎮める守護者も消える。それこそが、人間の齎した罪の結果で有る。残された雷湿原に添えられたプラム・ド・モックの言葉は何よりも重い。
マイキー達は帰りのクラフトローラーの車内でラ・サンディラの積乱雲を見つめていた。
人間が犯した罪は重い。そして残された罰の形もまた重い。その罪と罰は人が背負うべきであると告げたプラム・ド・モックの言葉が心を締め付ける。
「何だかやりきれないよ僕……本当にこれで良かったのかな」
窓辺に沈むタピオにアイネが言葉を重ねる。
「ラ・スール族とサンクテッド・アリゲスの争いの根源は人間に有った。その人間に我が子の討伐を命じたプラム・ド・モックの気持ちを考えると、何だか苦しいね」
だが悲しみに伏せる者に対して厳格な反論者も存在した。
「サンクテッド・アリゲスはラ・スール族を滅亡にまで追い込んだんです。たとえ、争いの根源が人間に有っても、彼の罪は裁かれるべきだったとあたしは思います」
「その罪を裁く権利が、人間に有ると。そう思うのか?」
マイキーの問い返しにナディアもまた口を噤む。
「煮え切らないのは確かさ。ただ結果としてプラム・ド・モックは目的を果たしたんだ。彼女が言い残した人間の罪とやらもラ・サンディラの地にはっきりと刻まれた。あとはこの事実を僕らがどう受け止めるかだろ」
マイキー達の中で世界の在り方が曖昧にぼやけるような、その輪郭を取り戻す為にも彼等は当ての無い旅を続けるのだろう。
プラム・ド・モックに与えられた命題を思い悩み、保ち続ける事が人間に与えられた一つの使命であるとするならば、いつかその解に辿り着ける日はやってくるのだろうか?
■第八章を終えて
大分書き連ねてきましたが、早いもので本作も、もう八章となりました。
ここまでご覧頂けた事は本当に作者としては光栄の極みです。
ARCADIAという作品はいわゆるVRMMORPGというオンラインゲームの世界を描いた作品なのですが、執筆当初からよく頂いていた疑問の中にこの作品に終りはあるのか、というご質問があります。
一般的に通常ゲームにはクリアという概念があります。これを物語にする時は、ゲームをクリアする事で物語の終結を描く事ができるのですが、オンラインゲームの多くにはこれがありません。本作にしても明確にクリアという概念は存在しません。
ARCADIA ver.openβの執筆時においては、ある終焉を予測できる期間が存在しました。タイトルの通り、オープンβという期間です。
オープンβの終了を以て、物語を終結させる。実際にはエルツというユーザーのプレイングを以て終結させる形となりましたが、あれは正式稼動前の世界という期間が存在した為、終点は明確でした。
ですが、ARCADIA ver2.00においては正式稼動の世界を描いている為、期間が存在しません。この場合の期間はというと、勿論サービス終了という選択肢はある訳ですが、そんな興醒めな事は控えたいと考えています。
では、どうやってこの物語は終わるのか。
大分、遠回りはしましたが次章となります第九章が本作の問題提起、またこれはARCADIAという作品の根本的なテーマでもあります。
引き続き、本世界のプレイングを楽しんで頂ければ幸いです。
今後も宜しくお願い致します!