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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
152/169

 S7 VS Sancted Alligeth

 湿原の空は酷く移ろい易い。殊、ラ・サンディラの地に於いてその天候は魔性とも云える。

 澄んだ空も一刻を置いた後には、落雷をその身に降り注がせる可能性がある。気まぐれな神々の感情に対して冒険者は常に神経質である必要が有るのだ。


「雲行きが怪しくなってきたな。一雨来るか」空を見上げるジャックの瞳は曇天を映していた。

「雷雨が来たら、松明は消える可能性が在る。撤退の準備は怠るな。もし、僕とジャックが殺られて、絶対的な窮地に追い込まれたらセルフ・ディストラクションの可能性も念頭に入れておくんだ」


 マイキーの慎重策は仲間に緊張感を与える。緊急回避が必要となる事態を想定した時に、状況に臨機応変に対応して果たして無事に離脱する事ができるのかどうか、些か疑問は残る。

 空から舞い降りた雫が、松明の灯火を確認していたアイネの白肌を濡らす。不安を象徴するかのような曇天からの持て成しを受けて、彼女はふと傍らでPBを広げるナディアへと言葉を掛ける。


「雨ね。松明の火は大丈夫かしら。どうしたの、ナディア?」


 言葉を掛けたのは気まぐれからでは無い。PBを見つめるナディアの表情に差した影に一抹の不穏な気配を感じ取ったからだ。 


「広域スキャン上で生物反応が消えました。同時に大きな敵反応が……ネーム・ステータス。何れも測定不可。こちらへ向って来ています。距離百二十メートル」


 報告に過敏に反応したのはタピオだった。葦の茂みの前に屈みながら酷く動揺した様子で辺りに警戒を凝らし始める。


「距離百メートルを切りました。スピードが速いです。この湿原に生息するどのモンスターのデータとも当て嵌まりません」


 声色に秘められた緊張感が高まる。


「奴の可能性が高い。皆、戦闘態勢を整えろ」


 マイキーが重ねた言葉に事の深刻性が増し、皆の眼色から光が消える。


「距離八十メートル、真っ直ぐにこちらを目指しています」


 瞬く間に詰められて行く距離感にタピオの心情は激しく揺さぶられていた。


「僕達……ここに居て大丈夫かな?」

「沼地に飛び込む訳にも行かねぇだろ。ナディア距離は?」


 自らのPBを開く間も惜しみ、ナディアに問い掛けるジャック。


「敵のスピードが加速……距離五十メートルを切りました。遭遇まで後十秒ほどです」

「ねぇ、なんかまずくないかな。僕さっきから嫌な予感で手が震えて」


 極度の緊張感に置かれたタピオの瞳に薄っすらと涙が浮かび上がると、ジャックがその感情を牽制する。


「タピオ、落ち着け。敵の姿を想像するな」


 だが状況に追い討ちを掛けるように、定められた重要方針を冷静に告げるのはマイキーだった。


「繰り返す、もし仮に僕とジャックの両方が殺された場合、セルフ・ディストラクションの使用は躊躇うな。敵のスピードから考えて、ここから湿原を走って逃げ切れる可能性は極めて低い」


 松明の傍らで互いにしっかりと抱き合い、来る恐怖に備えるアイネとキティ。 


「距離十五メートルを切りました。遭遇まであと三秒です」


 ここでナディアがPBを閉じる。

 同時に得体の知れない気配が増長し膨れ上がったその瞬間。

 葦の茂みから突如として現れた巨大な茶塊が、戦闘態勢として構えていた二人の冒険者の姿を弾き飛ばす。空を彷徨った人影はまるで紙屑かみくずのように沼地へと落とされ、その姿を一瞬消す事になる。


「マイキー! ジャック!」


 アイネの悲鳴に、沼地ではもがき苦しむ二人の犠牲者の姿が在った。


「糞が! 足が泥濘に嵌って動けねぇ」沼の表面で苦しそうに溺れるジャック。

「ジャック、蓮の葉を掴め。急いで岸に上がるんだ」


 マイキーの掛け声に慌てて近場の蓮の葉に凭れ掛ったジャックは、一瞬の間で呼吸を整え蓮の葉を伝って足場を目指し始める。

 泥濘で足掻いた二人が湿地に歩み立った頃には、恐怖の全貌がその姿を現していた。

 打ち下ろされた重厚な長尾が舞い上げる水飛沫の中で、十メートルを超えた暗褐色の肢体が鈍く輝く。禍々しいまでの鋭い凶牙を備えたその口吻はやや長く、吻端は幅広かつ扁平で丸みを帯びている。

 口元では今まさに噛み砕かれようとしている生きたフラデスがその朱翼を懸命に羽ばたかせ、生への執着を見せていた。


「こいつが破壊者の正体……サンクテッド・アリゲスか」


 湿原の真の支配者。その正体はラ・サンディラ・アリゲーターの突然変異体。それがサンクテッド・アリゲスの正体である。

 絶対的な搾取により今噛み砕かれ光と消えるフラデスを前に目を伏せる幾人かの者達。 

 耳を劈くような甲高い咆哮が上がると同時に、破壊者の凶牙の矛先が変化する。

 泥濘のように濁りくすんだ眼光が捉えるは松明の元で震えて手を取り合う柔らかい肉。


 食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。

  

 破壊者が肢体に生ゆる水掻きの張られた四足で詰め寄り、口吻を開き上げる。

 だが、獲物と定められたアイネとキティは恐怖から立ち竦んでいた。

 克服すべきは恐怖。だが並大抵の精神力では乗り越えられまい。禍々しい殺気の向こう側には自らの遺骸が透けて見える。想像から生まれる死のイメージが死兆が示す恐怖の本質と重なった時、想像は具現化する。来る悲劇的な終着点だけは避けねばならない。その事実は当事者である彼女達自身が誰よりも理解していた。

 だが臨機応変な対応など生まれる筈も無い。念頭に生まれるのはセルフ・ディスラクションという自虐的な最終手段だけだった。

 アイネとキティが互いを抱きしめるその力を強めたその時。


「破壊欲に身を埋めた、今のあなたに捧げる命なんて無いの。それを今教えてあげる」


 彼女達の前に盾と立ち阻むは流麗なる銀髪の少女。ナディアだった。

 ゆっくりと今、葦の生え渡った水地に舞い上がる飛沫。身振り手振りは勿論の事、地形的不利をモノとも感じさせない軽やかな足運び。

 命を救う為に自身の身体を投げ打って、破壊者の前で舞うその姿は不謹慎ながらも美しい。

 いつしか破壊者の咆哮は止み、代わりに辺りは叩きつけるような豪雨に包まれ始めていた。

 完全にその動きを止めた破壊者の背後では、巡ってきたこの絶好の機会を捉えんと戦いの意志を持つ者達が抗っていた。素早く挟み込むように両側面に回りこんだ二つの影。肢体、脇腹目掛けて突き付けられるは戦闘用に軽量とダメージの効率化を図られた短剣アーミーナイフと、機能性に対して一撃の威力を重視された両手剣フォルクスブレード。その両刃は脆弱ながらも破壊者の生命力を僅かに削る。

 アナライズゴーグルを装着したマイキーの解析画面では数値上『3』と表示された与ダメージと共に緑色のライフゲージが微細に減少を見せた。間髪入れずに突き付けた患部には再び『2』の数値がポップアップする。だが、その辿り着く先を見据えた時にその作業は途轍もなく長く険しい。

 ジャックに向って与ダメージを叫び問い掛けたその答えは『8』だった。二人合わせて削ったダメージは『13』。だが結果としてそれは敵のライフゲージの五パーセントにも満たない。

 困窮した状況は絶えずその深刻性を増して行く。衝撃に身を翻した破壊者の重尾が地表を薙ぎ払うと、その場に居合わせたマイキーの身体が又も紙屑のように吹き飛ぶ。

 沼に消えたマイキーは暫し水中を漂うと、再びその身を蓮の葉の上へと浮かび上がらせる。


「マイキー……お前。一旦引け!」


 ジャックの呼び掛けに固まるマイキーの身体は既に赤点滅を始めていた。


「状況的不利なんざ最初はなから理解してるんだ。これで僕に牽制でも掛けたつもりか? 舐めるな」


 怒りに身を任せたマイキーの身体が破壊者の背鰭を駆け上り、サンクテッド・アリゲスの頭部を捉える。


「ここならうざったいお前の自慢の武器も届かないだろ?」


 両手で突き刺したアーミーナイフが弾き出す数値になどもはや興味は無い。

 今望む事は破壊者の絶命の咆哮のみ。


「お前の断末魔の叫びは五月蝿そうだ」 


 再び短剣を振り翳した瞬間、大きくのた打ち回ったサンクテッド・アリゲスが一瞬にしてマイキーの身体を大きく空中へと跳ね飛ばす。

 地表へと落下するマイキーの向けて破壊者がその大口を開いた刹那。

 突如として飛び出した小さな影が破壊者の目前で止まる。両手で目一杯に振り上げたワンドから放たれた光球が破壊者の眼前で弾ける。

 それは浮遊するただの光であった、その光源は弾けると同時に眩いばかりの閃光となって辺りを照らし上げる。

 咄嗟に目を覆った冒険者に対して、四肢の自由の利かない破壊者は現象に対して無防備だった。弾けた光のその全てを視界で捉えて、咆哮を上げ悶え苦しむ。

 地表に倒れたマイキーの元には恐怖を克服した小さな救世主、キティの姿が在った。

 キティに誘導されて葦の茂みへと身を隠したマイキーは、そこで彼女から回復の光を受け始める。


「キティ、ありがとうな」


 礼を受けた幼子はただにっこりと優しい微笑みを返す。

 一方で悶絶する破壊者の周囲ではまた一つの悲劇が起こっていた。

 キティの浮動発光球フローライトボールの光を正面から受けたサンクテッド・アリゲスは理性の全てを金繰り捨てて本能のままに暴れ回る。

 その巨大な肢体の直撃を受け弾き飛ばされたジャックの身体が赤点滅を始めたのだ。

 暴れ怒り狂う破壊者にもはやナディアの魅惑の舞アトラクティブ・ステップも通用しない。取れ得る防御策の全ては完全に封じられていた。

 敵の目が眩んでいる今のうちに逃げる事も一つの手段として考えられる。だが、その策はダメージに沈んでいるマイキーとジャックという二人の仲間を見捨てる事になる。

 武器をサンダーロッドに切り替えて遠距離から頻りに牽制球を放つアイネの懸命な姿にナディアとタピオはただその場で状況を見守る事しか出来ない。

 ジャックの身体にぴったりと寄り添いながらタピオは自らの不甲斐なさを心から呪っていた。


「どうして……いつだって僕は……皆の役には立たないんだ」

「馬鹿かお前は……自分の価値をお前自身が信じなくてどうすんだ。お前はお前に出来る事をやればいいんだ」


 横たわるジャックに掛けられた言葉に、敵の姿を見据えるタピオ。

 駆け寄ってきたナディアに対して少年は精悍せいかんな面持ちで願いを口にする。


「ナディアさん……ジャックをお願い」


 言葉を受けてナディアがその意図を悟った時には既にタピオは破壊者へ向けて走り出していた。


「僕だって……僕だって。マイキーさん達の一員なんだ。いつまでもお荷物じゃない。僕は僕にしかできない事をやってやる」


 静止し視力を取り戻しつつある元凶の背鰭を勢い良く駆け上がり、破壊者の頭部へと駆け上がるタピオ。


「あの馬鹿……何する気だ」


 ジャックが身を起こしたその時、決意と覚悟に満ちた少年は両手に構えた漂流者の長剣を、破壊者の額に向けて渾身の力で突き刺す。

 光芒が立ち昇ると同時に、翻った巨体の動作によってタピオの身体が地面へと崩れ落ちる。不運にも怒り任せに払われた重尾が少年の身体を捉え、無慈悲にも数メートルの距離を滑空させる。

 悲鳴と共に駆け寄ったナディアが湿地に投げ出されたタピオの身体を掬い上げる。


「タピオくん……タピオくん……しっかりして!」


 抱き起こされたタピオは力無く微笑すると、ナディアの手を握り返す。


「僕だって……いつまでもお荷物なんていたくない。僕だって役に立ちたいんだ」


 遠巻きで崩れ落ちていたジャックはそんなタピオの言葉に「馬鹿野郎」と地面を叩き付ける。

 刻々と状況は悪化している。空には稲妻が走り、雷鳴が轟き始める。

 孤軍奮闘するアイネは一人サンダーボルトの帯電球を敵の進行軌道上に配置し、自らの身を守る事に専念していた。もはや勝機は捨て、少しでも仲間が逃げる為の時間稼ぎに徹したのだ。

 効果時間を過ぎ、放電されたエネルギーが消滅すると、再びアイネは帯電球を創造する。放たれた帯電球が空の一閃と重なったその瞬間、光と雷鳴が点として重なり合う。

 轟音と共に降り注いだ落雷が、牽制球を貫くと同時、アイネの膝が湿地へと崩れる。冠水していた地表に僅かながら電流が迸ったのだ。

 轟音で完全に機能を失った鼓膜と、麻痺した手足の感覚。アイネが沈む姿を見て、葦の中でその様子を苦痛の内で眺めていたマイキーはキティに残された最後の策を伝える。


「アイネに伝えてくれ。僕らが生き残る道はもうこれしか無い」


 マイキーの意志をしっかりと受け継いだキティは、持ち場を離れて懸命に湿地の中を駆け始める。

 全てが無に還る前に。いつも自分に身を添えてくれた優しき保護者が芯から崩れ去る前に。落雷で掘り起こされた陥没部分を避け、心から信頼を寄せるアイネの元へ。

 だが、その一部始終を易々と見逃すほど破壊者は道徳的では無い。その大口を開き、傍らを駆け抜ける幼子に向けてその巨体を上げるサンクテッド・アリゲス。

 だが、キティは振り向かない。振り向けばそこで全てが終わってしまう。最後の希望を託されていた今、ここで後ろを振り返る事だけは絶対にしてはいけないと、幼子は悟っていた。

 豪雨に流される瞳には一杯の涙を浮かべて、ただ信頼するアイネの元へ懸命に走る事しかできなかった。そんな彼女に破壊者の大口が迫る間際、そこには最後の希望に懸けたもう一人の人物の存在が在った。

 キティと破壊者との間に身体を滑り込ませた、救い手はただその全ての想いを込めて舞い始める。

 魅惑の舞に救われて、残る最後の未来へ一筋と続く軌跡が輝き始める。

 アイネの元に辿り着いたキティは、彼女の耳元で希望を囁く。その言葉に光を取り戻す実行者アイネ


「ありがとう、キティ。絶対に成功させるから。見ててね」


 確かな決意と覚悟を固めたアイネの一言に涙を拭き取りながらしっかりと頷くキティ。 

 破壊者の前で、未来へと希望を繋いでいたナディアの精神力も、破壊者の重圧に押し潰されそうに為っていた。

 そんな彼女の元でサンダーロッドを構えるアイネ。残された魔法力ももはや僅か。

 全てはこの一投に懸かっている。


「もう終りにしましょう……あなたの憎しみも……これで」


 舞い上がる帯電球が一直線に、破壊者の額へと放たれる。

 狙うべきは一点。タピオが突き刺した錆び付いた長剣。

 仲間達の想いの全てがここで一つとして繋がった瞬間。


 世界が瞬いた。


 世界を揺るがす轟音と共に空から降り注いだ稲妻が破壊者の脳天を貫く。

 再び、水面上を電撃が迸ると地上に居た冒険者達の身体が次々と崩れる。

 残された最後の賭け。それが最後の希望。もはや戦う力は一塵も残されていない。

 光に閉じた瞼を恐る恐る開いて行く。広がる景色が告げるのは生か死か。


 広がった景色の中でサンクテッド・アリゲスは立ち尽くしていた。

 落雷の電熱によって気化した蒸気と大量の光芒を立ち昇らせる身体はもはや微動だにしない。

 光と共に消えて行く破壊者のその姿は、残された者達の揺ぎ無き勝利を告げていた。


◆―――――――――――――――――――――――――◆

 ▼シークレット・ボーナス

◆―――――――――――――――――――――――――◆

 ▼ボーナス条件

  Sancted Alligeth を

  ラ・サンディラの落雷による討伐に成功 >>900EXP


 ▼内訳

 ・人数分散 900/6=150EXP (取得上限:200EXP)


 □Nadia

 ・Lvボーナス(基準値Lv10) 20%×1Lv=20Bonus%

 ・取得経験値 150EXP×(100+20Bonus%)/100=180EXP


 □Jack,Mikey

 ・Lvボーナス(基準値Lv10) 20%×2Lv=40Bonus%

 ・取得経験値 150EXP×(100+40Bonus%)/100≒200EXP(取得上限)


 □Aine,Kitty,Tapio

 ・Lvボーナス(基準値Lv10) 20%×3Lv=60Bonus%

 ・取得経験値 150EXP×(100+60Bonus%)/100≒200EXP(取得上限)


 ▼レベルアップ

 ・Aine Lv7⇒Lv9

 ・Jack Lv8⇒Lv10

 ・Kitty Lv7⇒Lv9

 ・Mikey Lv8⇒Lv10

 ・Nadia Lv9⇒Lv10

 ・Tapio Lv7⇒Lv9

◆―――――――――――――――――――――――――◆


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