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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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 S6 巨鬼蓮の沼

 雷の降る夜はどこか心許ない。荒れ狂う暗天の遥か高みで今宵も神々はその憤りを隠さない。

 頭の中では精霊碑を破壊した存在者を討てと、プラム・ド・モックから告げられたその言葉が巡っていた。停留施設のロビーに据え置かれたソファに腰掛けたマイキー達は、湿地色の防寒着に身を包み熱いコーヒーを啜り、ただただ心の平静を保つ。


「サンクテッド・アリゲスを討て……か」

「どうしたタピオ? お前が物思いに耽るなんて珍しいな」


 少年が思索に耽る様子を物珍しそうに眺めるジャックはソファーから身を起こすと、飾り気の無いガラス張りの平テーブルに備え付けられた青銅の灰皿に香煙草を擦り付ける。酸素に触れて赤味を帯びていた小筒の尖端が、冷たい銅板に触れて火の粉を僅かに散らして灰と消える。

 タピオはその始終をただ志向性の存在しない無意識の中で眺めていた。


「うん、いや……精霊様は。プラム・ド・モックは一体聖言で何を伝えたかったんだろうと思って」

「お前が自分自身で今さっき答え口にしてただろ。サンクテッド・アリゲスを討てって」


 そんなジャックの早々とした結論付けにタピオをフォローしたのは意外な人物だった。


「いや、タピオにしては確かに深読みだな。サンクテッド・アリゲスを討つ事によって得られる精霊のメリットを聞いてるんだろ?」


 マイキーから発せられた言葉の意図を汲み取って、その疑問に答えを返したのはアイネだった。


「やっぱり湿原の平和を守りたいから、なんじゃないかな」


 彼女が導き漏らした解答は極自然な流れだった。

 ラ・スールの民も信仰の対象である精霊プラム・ド・モックも、そして聖言の中に現れたサンクテッド・アリゲスという破壊者の存在も。確かに、その目的は湿原の平和を守る為、と捉える事はできる。

 だが、ここで同時に疑問も浮かび上がる。


「それって誰にとっての平和なんだ? ラ・スール族か、精霊か、破壊者か。あるいはその全てか。採る立場が違う以上は求められる平和の形も変わるだろ。何にせよ主体がはっきりとしない。漠然と湿原の平和と言ってもただ雷からこの地を守れれば精霊は満足なのか。だとするならば、精霊碑が破壊された今、サンクテッド・アリゲスを討伐する事は直接的な解決法には為らないだろ」


 その疑問に同調したのはナディアだった。


「確かにそれはそうですね。破壊者を討ち倒せば、落雷が止むのであれば大儀は示せますけど、実際に落雷を治めていたのは精霊碑ですよね。でもだとするならば、精霊は一体私達に何を求めてるんでしょう?」


 だが、現実的な意見を携える者も存在した。


「お前等の今の会話、俺から見たら深入りし過ぎだぜ。たかが一イベントに精霊にしろ俺達にしろ、大義名分も糞もないだろ。今回はどう見たってただのバトルイベントだ」


 テーブルの上にはいつしか空けられたコーヒーカップが六つ並んでいた。

 深入り、確かにそうかもしれない。だが、疑問が残る事も確かだった。



 広大な湿地帯の捜索に三日が過ぎた。ラ・サンディラの天候に恵まれず、内一日は停留施設に篭る事を余儀無くされた。依然サンクテッド・アリゲスの足取りは掴めない。破壊者の姿を想像する事は恐怖から始まったが、自然見えざる敵の姿に気持ちも薄れ、爪の垢でさえもと願う追究心が勝り始める。追求では無く追究。真理を明らかにすべく湧き出た、聖言を受けての責任感、だがそれはあくまで建前。正確には怖いもの見たさにも似た好奇心に基づくものだった。

 当ての無い捜索にマイキー達が不満を漏らす事は無い。猜疑心を抱かぬ澄み渡った心のように、その日のラ・サンディラの空はよく晴れていた。

 青空の下に近づくは転機。いつも転機とは思いも掛けないタイミングで訪れるものだ。

 北西部の湿地帯を歩いていたマイキー達は唐突に開かれたその光景に常のように閉口する。


「大きな沼地ね。ここから先は足場が無いみたい」


 互いに支え合いながら慎重に割れた灌木の欠片で、湖沼の深度を確かめるアイネとキティ。細長く伸びた二メートル近い灌木は泥濘の中へと沈み消えた。


「浮いてる蓮の葉、僕図鑑で見た事あるよ。確か大鬼蓮オオオニバスって云うんだよね」


 沼地の縁に浮んだ蓮の葉に足を掛けながら、恐る恐る体重比を移動させて行く。退路を塞いだジャックの姿に動揺したタピオが全体重を預けると、蓮の葉は一瞬大きく揺らいだものの水面下に沈む事は無かった。

 転々と繋がれた蓮の葉は沼地の奥に浮ぶ巨大な一枚葉へと続いていた。


「聞いた事はあるが、それにしてもこれは巨大過ぎないか。化物みたいなでかさだぜ」

「オブジェクト名によると巨鬼蓮タイタンオニバス大鬼蓮オオオニバスの亜種で直径二十メートルに及ぶそうです」


 大自然に生まれた驚異。だがその自然の姿をありありと受け止める事は難しい。


「その巨鬼蓮の中央に柔らかい枝葉が乱雑に置かれてるのは何故だろうな。ここへ来て核心に迫りつつあるんじゃないか」


 自然の中に交じった不自然。その発見は暗中に見出した光明。

 生物的な意図が読み取れるその不自然さに疑問を浮かべたのはマイキーだけでは無い。


「ラ・スール族の人達かな」

「先住民達が遺跡を捨てて、わざわざ雨除けも無い巨大な蓮の葉の上に巣を作るって言うのか? 前も言った通り、聖言で聞いた限りでは彼らは絶滅に追い込まれた可能性が高い。ここでは、もっとこの場に相応しい存在が居るだろ」


 タピオを諌めるマイキーの声には隠し切れない感情の抑揚が表れていた。


「ラ・スール族を絶滅に追い込んだ存在、サンクテッド・アリゲスね」

「見えざる敵の姿を想像するな、か。だけど、この巣のでかさからして相当な大物だな」


 核心を突いたアイネの言葉を追って、敵の姿を想像するジャック。


「焦るなよ。ここが奴の巣だとするならば、これは大きな進展さ。ここに張ってれば直にその破壊者とやらの姿を拝めるんじゃないか」


 敵の姿を想像する必要は無い。

 破壊者の足取りを掴んだ今、後は時の経過が遭遇を綺麗に飾ってくれるだろう。

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