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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
15/169

 S13 夜海の奏

 夕方のクロットミット狩りは順調に進み、この日の狩りで入手した経験値は『30EXP』を越えていた。Lv3への道は既に開けている。このまま順調に進めば二日後には目標に到達する計算だった。

 三つ目の開拓言語を入手したマイキー達はその夜、レミングスの酒場の柔らかな熱気の中で夕食を摂ると身体を冷やしに村の外へと夜の海辺を歩いていた。


「Grande Rock Piasか……そこに何が隠されてるっていうんだろうな」


 呟くマイキーの頭の中では他の二つの開拓言語も巡っていた。一体これらの単語が何を意味するのか。現時点では完全にお手上げだった。

 月明かりに浮ぶ夜海は不思議な魅力を秘めている。

 暗い海原の彼方から海辺に押し寄せる波音。耳奥に響いてくるその音に聴き入りながら三人はただただ黙って暗闇に染まった海岸を歩き続けていた。

 波の音以外に彼らの感覚を妨害する音は何も存在しない。自然が奏でるその音は彼らにこの上無い安らぎを与えてくれる。

 そんな静寂を崩さない程度の小さな声で静かにマイキーは言葉を漏らす。


「この音聞くと……なんか昔を思い出すんだ」


 マイキーの言葉に香煙草を咥えていたジャックが夜風にその煙を吹き流す。

 夜風に髪をそよがせながらアイネはただ黙ってマイキーの言葉の続きを待っていた。


「よく一人で海辺来てさ。日が沈むまでこの音聴いてたよ。この音聴いてる時だけは何も考えずに自然に帰れるからさ」


 夜海の彼方を見つめるマイキーの言葉に頷くアイネ。


「私も夜の波音って好き。静かで、どこか冷たい響きだけど。心を落ち着かせてくれるから」


 月光に浮ぶブロンドの髪を手櫛で梳かしながらアイネは波打ち際へと歩み寄って行く。

 砂浜の上で弾ける真白な水泡と戯れ始める彼女の姿を前にマイキーはふと曇った顔で俯いていた。

 そんなマイキーの表情の変化に気付いたアイネが水際から声を掛ける。


「今も何か聞こえるの?」


 その言葉に苦笑して俯いていた顔を上げるマイキー。


「別に。取るに足らない内容さ」


 アイネが尋ねた真意は何処にあるのか。聞こえるの、と問掛けたその対象は波音などでは無い。それを証明するかのようにマイキーの口から語られる言葉。


「自己陶酔するな。お前の感性なんざ、この広い世界じゃ高が知れてるんだからな、だとさ。笑えるだろ」


 そうしてマイキーは無言で差し出された香煙草をジャックから受け取ると口元へと当てた。


「こんなのは四六時中さ。飯食ってる時も、風呂入ってる時も。糞してる時だってそうさ。想像してみろよ。自分が用を足してるその最中にその一部始終が監視されてリアクションが返ってくるんだ。初めは気が狂うかと思ったけど」


 一呼吸置いて煙を吐いたマイキーは「もう慣れた」と言葉を締め括った。

 彼の背後ではジャックが何も言わずにただその会話に耳を傾けていた。

 マイキーが自分の口から自らの事を語り出す事は珍しい。それはこの世界が彼に齎した変化なのか。

 夜海の不可思議な魅力が感傷的にさせたのだろうか。どちらにせよ口を挟むつもりは無い、とジャックはそう考えていた。

 そんな心配りを感じたのか、語り掛けていた言葉を取り下げたマイキーは再び口を閉ざし浜辺にその足跡を繋げて行く。

 気付けば三人はいつしか村から大分離れ、この世界へ初めてやってきたあの浜辺へと辿り着いていた。


「旅立ちの浜辺……か」


 空に輝く満天の星々を見上げながら、等星が繋げる見慣れない星座の軌跡を追う三人。

 夜空を両断するような星河の周りでは美しい流星が滑り落ちて行く。

 三人がここを訪れたのはちょっとした気晴らしを兼ねての散歩。そして兼ねてと表現したからには別にもう一つの意図が存在する。

 PBを開いたマイキーの瞳にモニターに表示された記述が浮ぶ。


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 ▼探索クエスト

◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 ○旅立ちの浜辺(推奨Lv1~:難易度☆)


 エルム村から南東に位置する砂浜に降り立つ無数の光が確認されている。光の正体は他でもない君達が良く知る所だろう。今回調査の目的となるのは、この浜辺の地質調査である。この星を開拓するにあたって、コンピューターがこの海岸を選んだ点に於いて幾つかの疑問点が残る。生物学的に比較的強力な生命体反応が認められ無かった事が指定の理由となったのか、それとも重力と引力数値のバランスに認められる若干の振れから生まれる不自然な磁場が起因しているのか。表面的な調査ではあるが、まずは指定されたポイントに向かい、小瓶の中に収めた測定液を砂浜に撒く事が任務内容となる。

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 内容を確認した一同はPBから取り出した一枚のカードを「Realize」という掛け声と共に具現化する。

 小瓶に収められた透き通る青色の測定液を手に持った三人は、大きく星空を仰ぐと小瓶を砂浜で大きく投げ上げる。


「ちょっと何すんの二人共。私の方に投げないでよ。冷たいでしょ」


 口元を結び、優しい笑顔で抗議するアイネ。場が愉快な笑い声で満たされる中、飛び散った青い雫の一滴一々が月光を浴びて煌き、砂浜へと舞い落ちる。

 落ちた雫は瞬く間に砂地へ吸収され、その輝きを消して行く。そんな光景を前にただ我を忘れてはしゃぐ三人の姿。


「これでクエスト終了か。楽な作業だな」とジャック。

「報酬のエルム周辺地図はギルドで貰えるらしい。村へ戻ったら受け取っておこう」


 この世界へ訪れた原点。

 それは時間にしてまだ数日の出来事だが三人にとってはとても長い時の流れを感じさせた。場を満たしていた笑い声はいつしか遠ざかり波音に掻き消されて行く。

 月明かりの下で、白波が押し寄せる浜辺には今三人の足跡だけが残されていた。

▼次回更新日:5/31

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