S4 魔彩なる恐怖帯域
ラ・サンディラの湿原表層部は全域に渡ってほぼ冠水している。地下水で涵養された富栄養性な水域には僅かに隆起した苔生が見られるものの、辿れば途切れる土壌は凡そ陸路とは呼び難い。着水を避けられない湿地において、マイキー達が選択した足場は僅かでも多く土壌が堆積された水路であった。
「湿地帯は生物の宝庫だって聞いてたけど。本当に色んなモンスターが棲息してるんだね」
「あの朱色の足長の鳥は何かしら。フラミンゴ……じゃないよね?」
長靴が泥濘を歩く度に飛沫を上げる。タピオの後方に三歩離れた位置取りでアイネはキティの手を引き、ナディアと会話を交わしていた。
「Fladesという種みたいですね。形は凄く似てますけど、大きさが私達と同じくらいあるでしょうか。群れで行動してるので、リンクの危険性も有りますね」
フラデスの外貌を瞳に映したタピオがここで素朴な疑問を浮かべる。
「よく見るとあの鳥……足一本しかないよ。あれで動けるのかな」
「ちょっと確かめて来いよ」
意地の悪いジャックに背中を押されて、興味本位に一本足で水地に立つ朱鳥の群れと歩み寄ろうとするタピオ。背丈の低い草木越しに十数メートル離れた水鳥達の注意が僅かに接近者の姿を捉え始める。
「止めとけ。羽の中にもう一本の足隠してるんだよ。Lv7のモンスターみたいだし、群れで来られたら全滅するぞ」
フラミンゴや鶴といった湿地に生息する鳥類が片足で立つ理由には諸説ある。主だった理由として身体の体温を逃がさない為という説が有力だが、成り行きに閉口していたマイキーの突然の制止にビクッと身体を震わせて、慌てて駆け戻るタピオ。
湿地に舞い上がる泥水の軌跡に皆が気を取られている中、一方ではアイネがまた何かを発見したようだった。
「見て、あっちには大きなトカゲ。茶色に緑に黄色。面白いね、三色トカゲだよ」
湿地の浅瀬を這い泳ぐは泥濘に似た暗茶色の蜥蜴と、その後に続く檸檬色と並ぶ若草色の色鮮やかなニ体の蜥蜴。何れも同等の大きさを誇るその全長は一メートル半ほど。
「あれは食えそうにないな」と呟くジャックに溜息を吐くタピオ。
「ジャックにとってモンスターってただのエサなんだね。いつか逆に食われるよ、きっと」
彼らが向う視線の先ではフラデスの群れが立ち並ぶところを見ると、早くもラ・サンディラの食物連鎖の事情を拝めるかもしれない。
PBのスキャン画面を眺めていたナディアは皆にその情報を伝え始める。
「Ston Igment・Air Igment・Thunder Igmnent……全部別種みたいですね。名前からおそらく属性別に分かれてるんだと思いますけどレベル帯もバラバラですね。茶色がLv8、緑色がLv6、黄色がLv7。何か法則性があるんでしょうか?」そんな彼女の疑問に首を傾げる仲間内でマイキーが私見を述べる。
「属性対応してるんじゃないか? 例えば、奴等のレベルが地Lv8・風Lv6・雷Lv7と並んでると仮定するとこれは属性の相関図に対応させる事が出来る。多分は今の時期である雷刻と、この雷湿原特有の気候もステータスにプラスアルファされてる可能性もあるな。それを踏まえると茶色と黄色は要注意だ」
水鳥達は、来る捕食者に対して敏感に警戒態勢を採り始めていた。
「手を出さない方がいいって意味じゃあいつにも手を出さない方が良さそうだぜ」
いつの間にか煙草を咥えたジャックが吐き出す煙の流れる遠方には体長三メートルはあるかと思われる巨大な鰐の姿が在った。この湿原のヒエラルキーで最も上位に属する支配者、ラ・サンディラ・アリゲーターである。
「大きな鰐……私のスキャニングだと表示できないわ」
「あたしのPBでも測定不可です。La Sandila Alligatoridae 恐らくLv10以上のモンスターですね」
現在のステータス事情を考えるとアイネはともかく、最もレベルの高いナディアがスキャニングができないというこの事実は、敵レベルの高さを如実に示している。
PBのマップ・スキャンではプレーヤーレベルを超えたモンスターのステータス表示を行う事はできない。つまり、ナディアのレベルがLv9である事を考えると、敵はLv10以上のステータスを有しているという事を窺い知る事ができる。
「あんなのに襲われたら一溜まりもないよ」と声を震わせるタピオ。
「Lvが推定できない敵と戦うのは確かに得策じゃないな。けど、場合によっては戦闘が避けられない場合もある。ある程度、戦闘のシミュレーションはしておけよ」
葦や蒲に囲まれた視界の悪い湿原では、いつ敵と遭遇する事になるかは分からない。
獰猛な敵の性質を推し量れば、アクティブなモンスターと対峙した際に、いかに迅速に戦闘態勢を整えられるか、ただでさえぬかるんだ足元は状況的不利と云える。
不意の強襲に動揺を誘われれば、パーティーは致命的に崩壊する。恐れるべき事は敵の姿ではない。パーティーの全滅にあるのだ。
「ビジャ遺跡はどの辺りにあるのかな」とここで当面の目的に還るアイネ。
「地理的には停留施設から三時間弱。方角的には北北東へ五キロメートル程だそうです」
事前入手されていたナディアの情報に頷きながら、蒲の生え渡った陸地に駆け上がるタピオ。
水辺の草木を掻き分けた彼は北北東の方向をマップで確認しながら、皆に向って大きく振り返る。
「僅かにだけど、なんかピラミッド型の建造物が見えるよ。あそこかな」
水平線の彼方には確かにタピオが示す通り、灰褐色にくすんだピラミッド型の建造物の尖頭が覗いていた。
距離からその全貌は定かではないが、自然の中に置かれたその人工的建築美は一種の宗教的背景を匂わせる。ラ・スール族の精霊信仰を背景に広げられた今回のクエストの名目を考えるならば、舞台としては相応しい。
目指すはビシャ遺跡。向う先でプラム・ド・モックに纏わる情報入手の可能性もある。当初の目的に変更は無い。
■新年のご挨拶
新年明けましておめでとうございます。
何やら年末の挨拶からあっという間でしたが、楽しい時間というのはあっという間に過ぎますね。
予定通り、本日より連載再開です。
今年もARCADIAを宜しくお願いします。




