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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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 S3 雷湿原ラ・サンディラ

 クラフト・ローラーから眺めた景色はただの警鐘。思えば引き返す事もできたのだ。

 人は回避可能な現象に遭遇して初めて避けなかった事を後悔する。不条理な生き物なのである。

 頭上に敷き詰められた一面の黒雲は、まるで巨大な大河のように。けたたましいまでに叩きつける雨の一粒一々が柔からな湿地の表面を抉り掘り起こす。絶え間無く光る稲妻は暗黒を照らし、身体の心まで痺れ通すような轟音と共にラ・サンディラの地へと降り注ぐ。


「凄い雨……滝に打たれてるみたい」水を吸って膨れ上がったサフェリの花綿の袖で顔を覆うアイネ。

「頭上を覆う黒一色の雲は全て積乱雲ですね」とナディアが視界を遮断する雨粒に手を翳しながら黒雲を見上げる。


 暗黒の曇天が稲光によって一閃した刹那、轟く落雷音が鼓膜を貫くが如く、脳裏を揺さぶる。


「落ちた……雷落ちたよ!?」と足元の水溜りも忘れて踏み込み、動揺するタピオ。

「落雷の多発地帯とは聞いてたが……こりゃヤバイな。轟音でまともに自分の声すら聴こえないぜ」


 ジャックの呼びかけに片耳を押えながら聴力を取り戻す事に努めていたマイキーが、手を上に掲げて皆に合図を送る。 

 無言の振り手が示す先には、漆黒の闇中に浮ぶ淡い光。一行は雨水でぬかるんだ湿地に足を取られながら、希望とも錯綜させられる光源を辿って導かれた先に凍えた身体を寄せ、光の中で身を崩し安堵の一息を吐く。

 其処は灰褐色のコンクリートに似た建材で固められたドーム型の建物だった。クラフト・ローラーの降車した冒険者の為に建造された停留施設である。


「今日の探索は控えた方が無難か。此処で一夜明かすのが賢明だな」

「ビショビショだよ。信じられない雨だね。バケツの水かぶったみたいだ」


 マイキーの指針に頷きながら、濡れた旅人服に徐に手を掛けるタピオ。

 引き絞られた生地からは、たっぷりと吸い込んだ大量の雨水が滴り落ちる。


「皆、このままじゃ風邪引いちゃうよ。着替え売ってないかな」と辺りを見回すアイネ。丁度そこには施設の入口側から歩み寄る湿った人影が在った。僅かな合間に施設を巡り、ナディアが戻ってきたのだ。

「フロントの購買で防寒着を売ってるみたいです。撥水性の合成服のようですが、今の装備よりは暖を取れると思います」


 ナディアの言葉を受けて、身体を摩りながら施設へと傾れ込む冒険者達。

 ラ・サンディラの洗礼を受けた多くの冒険者が起こす行動は一律とされている。 


「何だか不思議なデザインの洋服だけど。濡れた装備よりは遥かにマシね。ナディア教えてくれてありがとう」と力無く微笑むアイネ。


 豪雨に冷やされた外気と比べて、施設内は幾分か暖かい。


「幸い、周りを見渡すと皆同じ状況のようですから。恥ずかしさも多少は凌げますね」


 皆が揃って、施設で販売されている防寒着を着込んでいるのは全く以て滑稽な眺めと云えたが、状況に直面した多くの冒険者の羞恥心は掻き消されていた。

 それとは別に単純に、もはや状況を楽しみ始める者さえ居た。


「僕は好きだなこのデザイン。なんか野生的な感じがする」と鼻を啜りながら笑顔を振りまくタピオ。


 そんな彼の笑顔に心を緩めながら、他愛も無い会話を楽しみ時の経過を待つ。

 休憩所の個室は宿屋と同様、位相によって分室とされ個人で自由に使用する事ができる。

 冷え切った体温をシャワーの熱気で温めて、その日は休憩室に備え付けられた毛布にくるまり簡易ベッドの上で一夜を明かすのだった。


 夜通し続いた落雷音は翌日の朝には止んでいた。曇天は小雨を散らせるものの若干の晴れ間が覗き、湿原には光が差していた。

 湿地帯には停留施設から多くの冒険者達が防寒着を纏って、背丈の高いアシガマの茂みへと消えていく。

 ラ・サンディラは湿性遷移の中でも低層湿原に属する。湿原とは常に植生の枯死と堆積を繰り返している。気候や環境によって最終的には緑が溢れる土壌、森林地帯へと変わり行くと考えられている。湖沼から湿原、行く果ては森林地帯へ。低層湿原とはその過渡期である湿原の区分でも初期の推移状態を示す。


「昨夜は凄い雨だったね。雷も鳴りっ放しだったし。こんなに大きな水溜りがあちこちにあるよ」


 防寒着と合わせて購入した長靴で水溜りに飛沫を上げるタピオ。


「停留施設で防寒着買ったのは正解ね。こんなところ、とてもじゃないけど法衣でなんて歩けないもの」

「確かにこんな湿地帯、鎧で歩いたら沈んじまう。モンスターにでも襲われたら一殺だな」


 珍しく意見を同調させたアイネとジャック。だがそれもその筈。

 通常装備でこの湿地帯に踏み入る事は愚策にも程がある。極寒の地に全裸で歩み行って何故寒いのか、首を傾げているようなものなのだ。

 だが、その点を踏まえた上でもマイキーは状況を冷静に捉えていた。


「正直、防寒着にしたって湿地帯を歩むに大差は無いさ。ぬかるんだ足場での戦闘は、通常の地上戦に比べて遥かに困難だろうな。戦闘は慎重に、ある程度対策は練っておいた方がいい」

「ちなみに具体的にどんな対策が立つんだ?」


 珍しく建設的なジャックの切り返しに、仲間達が視線を集める。


「基本は当たり前の事さ。進行上、止むを得ない場合を除いて、水溜りとかぬかるんだ足場はなるべく避ける。腰まで浸かるようなぬかるみは出来れば遠慮したいところだな。加えて、葦や蒲みたいな植物で視界を遮られる地形も避けたい。対策ってよりは、そうした状況に出遭いたくないっていう希望論だ」

「二人が半身浸かるような状況になったら僕なんて首元まで埋まっちゃうよね。キティなんて頭まで沈んじゃうじゃないかな」


 タピオの言葉に緊張した面持ちで瞬きを繰り返すキティ。


「その時はお前が沈んでキティを担げばいい」

「ひどい! もっと僕に優しくしてよ!」


 幸運の女神に向けられたジャックの優しさは、タピオを泥濘の底に沈めるのだった。

 ■作者の呟き


 今年ラストの更新です。

 年末、本年を振り返っていかがでしたでしょうか?


 昨年、今年と苦節の年となりましたが、来年からは益々先の不透明な混沌とした社会を迎えそうですね。

 現実に生きる、事がますます難しくなるような。笑とか付けて誤魔化せればいいんですけどね。


 とりあえずは生きる為に、まずは身近な事を一つずつ片付けていく事が現実的でしょうか。今年は年末の大掃除を早めに始めたので、レイアウトまで手が回りました。物が溢れててピアノも洋服棚と化してたのですが、整理したら幾分かマシに。機材が多いので配線もこんがらがってて本当に酷い有様でした。今年の膿を全て払って、気持ち良く来年を迎えたいと思います。


 来年ARCADIAで描きたい構想は色々あるんですけど。

 色々やるのは、来年の二、三月辺りからでしょうか。今暫くは今年のストックで過ごします。

 そろそろ、バトルシステムも練り込んでコンボとか魅せ技も織り交ぜて行きたいですね。格闘ゲームではモーションとフレームがが固定されているから成立する芸当ですけど、VRMMORPGの世界でどう織り込むのか、公式ホームページの方では少しずつですが、魔法やWAを更新していますが、これらの設定がどう反映されるのか、来年に期待して頂ければと思います。


 マイキーをシーフにしたのは失敗だったかとも思っています。シーフってあまり連携に参加できないクラスなんですよね。いわゆる単独の削りに位置する特殊なポジションです。ソルジャーは一人連携もあるくらいでガンガン繋いでいけるんですけど。個人的にはコンボ至上主義なので、ダメージ効率無視してでも繋ぐ事考えたいのですが、マイキーはきっと真逆を。


 余談が過ぎたのでこのくらいで。

 新年の更新は1/4(月)となります。

 来年もARCADIAをよろしくお願い致します。


 それでは皆様、良い年末を 〆Wiz Craft 

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