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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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 S2 クラフト・ローラー

 デトリックの駅前は人影で溢れている。交通の中心となるこの区域が雑踏と呼べるほどの密度を持った事は過去の光景を探っても見当たらない。日々に発展する街の姿、それはまさに開拓の体現である。今映す光景が明日もまた眺められるとは限らない。発展とは一瞬にして今を過去にする。それは、喜ばしくもあり、時に悲しい。

 今瞳に宿すその光景の一つ一つが明日には懐旧に沈むかもしれない。

 郊外広場の女神像に向って南下する多くの冒険者の足並みに逆らって、駅前通りを歩むマイキー一行はふとそんな感慨に耽っていた。


「ついこの前までは廃墟みたいにやつれた街だったのに、随分と活気づいてきたもんだよな」


 吐き出された煙を視線で追いながら、増築されたギルド二階の窓辺を見上げるジャック。

 飾り気の無い窓辺では、足場を求めて舞い降りた白鳩が縁で窮屈そうに腰を下ろしていた。白鳩は平和の象徴だ。この街の僅かな歴史を紐解けば、彼らの存在は心象に深い。


「街に生かされるのは冒険者。その街を生かす礎も冒険者だからな。お互い持ちつ持たれつで、喜ばしい限りじゃないか」


 この世界は不可思議な力の均衡で成り立っている。マイキーにとってそんな事を思わされる時期が少なからず在った。

 冒険者はこの世界で見えざる力によって生かされている。だが、この世界で生活する上での確かな実感がその考えを否定する。

 僕達は自らの意志で生きている。この街の発展は与えられたものでは無く、自分達自身によって築き上げた確かなモノであると、いつしかそう思うようになった。


「湿原まではクラフト・ローラーっていう移動車がここから出てるみたいだけど、どんな乗り物なんだろうね」と、タピオの何気ない一言が心層で浮遊した皆の意識を現実へと引き戻す。


 街の発展に伴い、セント・クロフォード号の路線を駅前通りに沿って北上した未開拓区域に新たに建設された簡易ターミナル。そこに雷刻の一日から導入された移動機関がクラフト・ローラーである。

 今回の目的地となるラ・サンディラの湿原に向けては、本機関を利用する事になる。期間限定イベントが導入された時期から考えて、クエストに纏わる移動手段として検討されたと考えられるが、当然乗るは勿論の事、見る事も初めてと為った。


「荒野を走るっていう用途を考えれば、期待は薄くしとけよ。鉄格子の囚人運送車みたいのが来る可能性だってあるんだ」

「鉄格子なんて嫌よ。罪を犯した訳でも無いのに」


 膨らむ一同の期待を切り伏せるマイキーの発言を、懸命に否定するアイネ。


「あくまで例えさ。何となくいかついイメージを具現化したら鉄格子って言葉が打って出ただけだ」


 言葉は形を司る。ただその時までは冗談として微笑みに流されていた。


 雄大な荒野を背景に地上から大量の砂埃を巻き上げて浮び発進する大型の移動車両の数々。五角形の駒を象った車体の前方には大型の車輪が一つ、中程には小型の車輪が二つ。そして後部には中型の車輪が二つ。計五つとなるそれらの車輪は何れも縦では無く、横に倒されて車体に取り付けられている。そんな摩訶不思議な光景に車輪としての機能を疑問に浮かべたその時、冒険者達はそれが滑る事を目的とした部位では無い事実を知る。車輪だと思われた円盤の中央は大きく刳り貫かれている。その穴から放出されるエネルギーこそが、本移動機関の動力であり、砂煙の正体でも在る。


「この乗り物、風の力で動いてるんだね。すごいや」


 窓際で感激したように強化ガラスと鉄棒で仕切られた外に映る砂埃に見惚れるタピオ。

 だが、窓辺の景色に不満を漏らす者も存在した。


「まさか本当に窓枠に鉄格子が付いてるなんて……最低」と窓側の向かい席で俯くアイネ。

「そう悲観するなよ。囚人の気持ちなんて滅多に味わえないぜ」嘲笑するジャックは満更でも無い様子だった。煙草を吹かす煙を嫌う仲間によって通路側の端に追いやられた彼を笑顔で見つめるはキティとナディア。そんな彼とタピオに挟まれたマイキーはPBを広げて黙々と機関情報を探っているようだった。


 車両が動き始めてからの旅路は快適だった。

 クラフトローラーの時速は凡そ六十キロメートル。計算上は二時間ほどで目的の湿原に到着する事になる。目的のラ・サンディラの停留施設まで、今暫くの長閑な時間を過ごす事ができる。

 相変わらず窓の外の景色に見惚れるタピオの瞳には荒涼とした地平線の彼方に張り詰めた黒雲が映っていた。明滅する輝きは稲光。空に走る不規則な亀裂は、静寂を置いて轟音を伝わらせる。


「あの黒雲の下がラ・サンディラ。落雷の多発地帯って聞いてるけど、まさか落ちたりしないよね」

「お前、落雷の意味分かってるのか?」


 ジャックの突っ込みに思わず場に笑いが零れる。


「そんな意地悪な突っ込みは止めなよ。それより本当に嫌な空模様。レインコートとか必要だったかな」

「湿地帯にはアクティブなモンスターも多いって聞くからな。まさか、レインコートで戦闘する訳にもいかないだろ」


 そんな会話を交すアイネとマイキーの視線は、通路側の座席でナディアの手に添えられた、照明を受けて紫色の細光を零す宝玉へと向けられる。

 今回のクエストに当り、惑星開拓本部より支給された雷光石の紫玉。精霊の供物として引き渡された品であるが、その真意は掴めていない。


「不思議な色した石ですよね。精霊への供物という事ですけど、精霊プラム・ド・モックは私達を受け入れてくれるでしょうか」

「さあ……僕に言わせれば精霊とやらの存在よりも、このアイテムの物質的価値に興味がある。けどゲーム的観点からすれば、きっとこいつが今回の何らかのトリガーアイテムに為ってるんだろ。ありがちな展開では実は精霊が邪悪な存在で、召還と同時に襲われるとか? そんなところじゃないか」


 身も蓋もないマイキーの回答に微笑を返すナディア。


「正直、僕はその展開は怖いな。邪悪な精霊となんて会いたくないよ」


 無邪気に素直な感想を漏らすタピオに通路側から悪意を含んだ嘲笑が放たれる。


「すんげぇの出てくるかもな。オシメ巻いとけ」

「誰がおしめだよ! 子供扱いも酷いよジャック!」


 賑やかさを帯び始めた一角で、二人の喧騒人に挟まれて無表情で心境を語るマイキーに向けてナディアが話を継いだ。


「石碑の調査にラ・スール族との協力が挙げられてましたけど、人類に友好的な部族なんでしょうか」

「どうだかな。クエストの文面を見る限りは敵対的って事は無さそうだけど、まずはそのラ・スール族とやらとコンタクト取るのを優先するべきか」


 意外にも今後の方針を決める会話を締め括ったのは、騒ぎの果てにアイネに制止されて座席についたタピオだった。


「それじゃまずはビジャ遺跡だね。ヘブライ族の人達みたいに優しい人達だといいね。クロップスさん達、元気かな」


 追憶が宙を舞った時、耳の奥では雷の遠鳴りが遮った。

 窓を一粒、二粒と濡らせるのは大粒の雨。

 ラ・サンディラの空から贈られた無言の挨拶に、いつしか言葉は止んでいた。

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