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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
146/169

 S1 束の間の休息

挿絵(By みてみん)


 真白な霊光に包まれた紫玉が導くのは見えざる意志。追求の先に求めた存在者は果たして本当に存在するのだろうか。静まり返った高台には、僅かに。だが聴覚を超えて直接脳裏に響くその不可思議な音声を、その場に居合わせた誰もが感じ取っていた。

(ヘーゲン・ディール 『雷湿原紀行記』より)


 ■創世暦ニ年

   四天の月 雷刻 1■


 雨空の多くなった季節、風刻の荒々しい暴風はいつしか、雷刻の移ろ気な気候に変わりつつ在る。

 乾いた天候は晴れか雷雨か、まるで破天荒な恋人に振り回されるように、気まぐれなダイスはその日は快晴を示していた。

 デトリック周辺の開拓は急速な開拓風景を広げるものの、Marshe Nes Abelの店舗は依然孤独な佇まいを見せている。それでも、遠くに街のざわめきが聴こえるように為ったのは大した進歩だった。


「ようこそ、Marche nes Abelへ。ほら、ナディア。入って。あなたも今日からお店の一員なんだから」と、強引なアイネに当惑するはナディア。

「え、お店って? あ、ちょっと……!?」


 背中を押されたナディアは後ろを振り返りながら事情を呑み込めないまま店の中へと押し込まれて行く。


「遣い走りが増えるのは悪くない傾向だな。お前は中入らないのか?」

「中で煙草吸ったらアイネの野郎がうるさいだろ」


 店先で苦笑を漏らすはマイキーとジャック。

 そんな二人の傍らをタピオとキティが笑顔で店の中へ駆け込んで行く。


「わぁ……素敵なお店。これ本当にアイネさん達のお店なんです?」


 店の内観に歓声を上げるナディア。その反応の初々しさが店員にとっては新鮮でこそばゆい。


「キティが抽選会で当てたのよ。本当に偶然だったの」

「僕達にとってキティは幸運の女神だから」


 脇本をくすぐられたような妙な優越感を楽しみながら、新たな仲間にその感情の共有を迫る店員達。ただ迎えられる者としては、正直実感が湧かずただただ感嘆の吐息ばかりが漏れてしまう。

 

「幸運の女神なんて素敵。凄いねキティちゃん」


 ナディアの呼びかけに幼い女神は満面の笑顔で恥ずかしそうに赤面する。


「喉乾いたな。悪い、キティ。いつものコーヒー淹れてくれるか?」


 店先から戻ったマイキーはいつものように女神へ注文を付ける。

 幼子は注文を受けるや否やその小さな身体を懸命に働かせて準備に取り掛かり始める。


「そのキティをパシリに遣うマイキーさんて凄いなって、いつもつくづく思うよ」


 タピオの皮肉にアイネとナディアが微笑を零すと、店のレイアウトを流し見たマイキーが背後からキティの頭を柔らかく撫ぜる。


「パシリなんて聞き逃せないな。僕とキティの間に信頼関係があるからこそ成立してるんだ」

「信頼関係って、マイキーさんがキティと会話してる光景ってほとんど見た事ないけど」


 何気無い会話の中からナディアは、新たな絆の日常を探る。


「信頼築くのに言葉なんていらないんだよ。なぁ、キティ」


 マイキーの言葉にキティは屈託の無い笑顔で頷くと、生産メニューに取り掛かり始める。


「そんなもんなのかな。ねぇ、キティ。僕は? 僕の事は信頼してくれてる?」


 作業に集中しながらも、キティはタピオの心にも優しく笑顔を返した。


「そっか、そうだよね。良かった」


 そんな他愛も無い会話がナディアにとっては胸の支えを解すようで、温かかった。


「なんだか微笑ましいですね。いいな、こういうの」

「何言ってるの、ナディアだってもう私達の仲間なんだよ。あ、そうだ。歓迎会やろうよ。郊外でバーベキューなんてどうかな。Sword Castleのハウルさんに招かれたあの時と比べちゃうとこじんまりとしちゃうだろうけど」


 アイネの思わぬ提案に驚きを隠さないマイキー。彼女から積極的な提案をする事は珍しい。


「アイネにしては悪くない案だな。それなら夕方までに食材集めにでも行って来るか」

「狩りに行くのマイキーさん。僕もついて行っていい?」


 腰元に備え付けた漂流者の剣を握り締めながら立ち上がるタピオ。


「じゃあ、バーベキュー用の肉は僕らが狩るから、アイネ達は必要な器具と野菜買い揃えとけよ。必要とあればスティアルーフまでキティとさ、夕方までなら充分行って戻って来れるだろ? その間、ナディアには悪いけど暇潰して貰ってさ」


 マイキーの提言に即座に立ち上がるナディア。


「あたしもお手伝いします」


 そんなナディアの様子に嬉しそうにアイネは微笑みかける。

 同年代では無いとは云え、この世界でガールズトークを広げる相手が出来た事が彼女にとっては新鮮な刺激と働いたのだろうか。


「ほんと、じゃ一緒に行こ。ナディア」 



 夕暮れの荒野は美しい。晴れ渡った赤焼けの空に炭火の黒煙が立ち昇ると、そこには冒険者達の団欒模様が浮ぶ。

 温かな食事を囲んで、新たな絆の形を互いに確かめ合う。それも極自然な日常の中で。

 何気無い日常の中に中に見出す喜びこそが、至上の喜びなのかもしれない。彼等はその喜びを確かな実感の元に感じ取っていた。

 盛況なバーベキューで飾った歓迎会の帰り際、今後の方針の為にマイキー達はギルドへと足を運んでいた。


「ごちそうさまでした。あんな素敵な歓迎会を開いて頂けるなんて夢みたいです」


 心からの感謝を浮かべてカウンターに付くナディアに、照れ隠しの皮肉を返したのはマイキーだった。


「今日はゲストだからな。これから扱き使ってやるから覚悟しとけよ」

「マイキーさんが言うと冗談に聞こえないから怖いよね」


 タピオもまたマイキーの隣の端末ケーブルにPBを接続しギルドの情報を検索し始める。


「何か新しい情報入ってるかな」と、既に検索画面に入っていたアイネが情報を流し読んでいると、膨れた腹を押えながら欠伸をかますジャックが灰皿を片手にタピオの傍らのケーブルに手を伸ばす。

「平和に浸かると身体がボケるからな。この前みたいのは勘弁だが、ある程度のクエストで緊張感保つのがベストだな」


 ジャックの呟きに誘われたかのように、漏らすはタピオの失言があった。


「ウォールズの財宝クエストなんて、サーチクエストの癖にバトルあったもんね。僕なんて死にかけたし」

「ごめんなさい」


 ナディアの謝罪に一瞬の静寂が会話を拒絶すると、アイネがすかさず彼女をフォローする。


「ナディアが謝る事なんて無いよ。元から私達その為に向ったんだもの」


 何気無く生まれた刹那的な不協和音などには気にも留めず、そんな会話の流れを切り裂いたのはマイキーだった。


「何か期間限定クエストが入ってるな。ラ・サンディラの落雷調査って奴だ」


◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 ▼期間限定クエスト

◆―――――――――――――――――――――――――――◆

 ○ラ・サンディラの落雷調査(推奨Lv10~:難易度☆☆☆☆)


 バスティア荒原北西部にアプトレイクを水源と引くラ・サンディラと呼ばれる湿地帯が存在する。以前から落雷の多発地帯で危険区域と指定されてきたが、古の先住民ラ・スール族によってこの問題は解決されていた。その真偽は不確かであるが精霊プラム・ド・モックと呼ばれる存在を石碑に祀る事で、その不可思議な恩恵、精霊力により、落雷現象には終止符が打たれたのだ。科学的な検証は難しいが精霊力とは魔法力と酷似したエネルギーであると云われている。だが、近日再発した落雷現象から、どうやらそのエネルギーの存在自体に疑問の声が上げられている。君達には現地ビジャ遺跡のラ・スール族と協力し、精霊を祭った石碑の調査を行って欲しい。どんな些細な点でも構わない。落雷現象の原因に結び付きうる事象を捉えたのならば報告書として上げるように。精霊を祀る地に赴くのに、手ぶらで差し向けるのもなんだろう。手土産として雷光石の紫玉を持たせる。石碑への供物としては丁度良いだろう。以上、成果を祈る。

◆―――――――――――――――――――――――――――◆


 店舗の経営を考慮に入れると地理的には、やはりデトリックからの射程圏が望ましい。幸いにも条件は満たしているようだった。


「難易度は四ッ星か。いいんじゃねぇのこれで。肩慣らしには丁度良さそうだ」

「じゃあ、決まりだね。受諾するよ?」


 成り行き任せのジャックの発言を皆に確認するタピオ。答えとして否定は無い。

 事の経緯を仕切るのは所詮フィーリング。結果に対して理屈で後悔するよりは、感情の示す先に流れた方が後悔もし易い。


「それじゃ、今回はこのクエストをやるか。波風立たないといいんだけど。どうだかな」


 通信を終えたマイキー達が消えたギルドの一角は物寂しげに新たな来客を待ち望む。

 新たな仲間と過ごす夜も、変わり無く時は流れて行く。それが日常の唯一無二の形なのだ。

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