S12 巨木に刻まれし言葉
■創世暦ニ年
四天の月 火刻 15■
翌朝から暫くの間は、マイキー達は金策も兼ねてクロットミット狩りに専念するつもりだった。だが、狩る事を目的に村付近の絶壁の狩場に向った彼等はそこで立ち往生する事になる。
何故ならば、そこに獲物の姿が見られなかったのである。昨夕方の驚異的な効率を生んだ狩場においてクロットミットの姿が見られない。その理由を考えた時に、昼間海上を群れで飛び回る彼らの姿を思い出したマイキーは一つの結論に到達した。
この理由はおそらく彼らの生態にある。どうも日中は食糧である小魚を獲るために、海上を旋廻しているのではないだろうか。先日検証した彼らの聴覚の精密な再現度を考えると、彼らの生活習慣に到っても細かな設定が施されている可能性が高い。
決定的な根拠は無いものの、この島にはオープンβ時から夜にしか出没しないムームーと呼ばれる子羊に似たモンスターが出現したと云う。それが正式サービス稼動に到るまでの布石となっていた可能性も充分に考えられる。
今更ながらにマイキーはこの世界での情報の重要性を感じ取っていた。
午前中のクロットミット狩りを断念した三人は、日が昇り切る前に再びあの緑園の孤島を訪れていた。目的は他でもない『探索』である。
レベル上げはイルカ島でのクロットミット狩りに専念した方が効率が良い。ならば、午後の狩りを開始するその時刻まではこの緑園の孤島の探索に当てるのが一番だと判断したのだった。
昨晩、深夜までマイキーはLocal Networkの情報に読み耽っていた。主な入手情報として興味を引いたものは幾つか。
まず一つめが、シーフロッガー対策である。シーフロッガーの戦闘報告としては、Lv2の四人パーティーでの撃破報告が挙がっていた。使用武器や銅槍や銅斧。敵のレベルはLv3。レベルアップによるパラメーターの振り分けPは全て攻撃力に費やした特化型での瞬殺という話だった。それでもLv4のシーフロッガーはその攻撃力の高さから危険過ぎて近寄れないという彼らのコメントが残されていた。
要するに、戦うには今のところはメリットが考えにくい。敬遠すべきモンスターという事だろう。
二つ目が期間限定クエストで話題のシムルーの居場所についてである。これについての情報は現在のところ実に情報が曖昧だった。緑園の孤島の北部海岸でそれらしき洞窟を見たという報告もあれば、南部海岸でもまた洞窟の発見報告が挙がっていた。ただし、それらの発見報告には決まって『指定された時間にその場所に向ったがそんな洞窟は無かった』と激しい非難のレスが付き、またある報告では『確かに在った』と賛否両論激しく分かれていたのである。今一情報に信憑性が無い。発見報告から洞窟は潮汐上、引き潮の際のみ現れるのだろうという事は予測が付くが、その洞窟の入り口がどうもBBSの情報を見る限り神出鬼没なようだった。情報の中には洞窟の奥に進みシムルーを発見したという今一信用ならない情報も存在したが、何れも撃破には到っていないようだった。
三つ目が、マイキーにとっては一番心を魅かれた内容だった。それは緑園の孤島に存在すると云うココヤシの巨木に刻まれた言葉だった。冒険者達の発見報告に挙がっているのは現在ニ本で、刻まれた言葉はそれぞれ開拓言語で『Els Blande<遠ざかる潮音>』『Sea Poam<海辺の洞窟>』。PBにはそれぞれこの世界における開拓言語の翻訳装置が付いており、開拓辞書に登録されている単語や単文であれば自動的に翻訳される。
ここで報告で挙げられているニ単語は何れも辞書に登録されている内容であった。このニ単語が何を示すのか、現在では全く意味が掴めない。だが、少なくともマイキーの思考回路ではゲーム上何らかの意味を持つ重要なヒントであると認識されていた。
今日ここへ来た目的はその巨木に刻まれたメッセージを自らの眼で確かめるため。巨木が発見されたという南東のポイントで、ニ本のうちのその一つの巨木の元へ赴く事が目的だった。
そんな意図は何も語らず淡々と歩き進めるマイキーの後ろ背中を追うジャックとアイネ。だが二人が不満を漏らす事は無い。全てはいつも通りの事だった。そして、マイキーが進む先には必ず何かしらの答えがある。それが三人の信頼関係の証だった。
シーフロッガーの生息域に入り慎重に歩を進める三人。森の中を歩く事には昨日の逃走劇の中で些か馴れていた。敵の感知能力は、それ程広範囲に渡るものではない。距離にすれば二メートル程のものだろう。肉眼で敵を捉えられる範囲内では充分に避ける事が出来る。後は不用意には視界を遮断する藪や茂みに近づかない事だ。
歩く事、一時間半。約3km程の森道を歩いた処でマイキーはふと木々の間から差し込む強い陽射しに手を翳して呟いた。
「この辺りの筈なんだけどな」
マイキーの呟きに首を傾げるアイネ。
「何探してるの。私も手伝うよ」
「この辺りに大きなココヤシの巨木が在る筈なんだ」
その言葉を耳にしたジャックは香煙草を吹かしながら無言で頷き、辺りを徘徊し始める。
アイネもまた笑顔で別の方向へ足を向け、三人はそれぞれポイントを探索し始めた。
マイキーは歩きながら辺りを見渡し一抹の不安を抱えていた。
「おかしいな。巨木なら目立つ筈なんだけど。もしかして、ガセネタ掴んだか」
PBを開きマイキーは予め写していた攻略BBSの情報に改めて目を向ける。
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Local Network
Access Point:Elm
▼攻略BBS
□投稿者 Cloton 巨木に刻まれた言葉
緑園の孤島の北西部にて巨大なココヤシを発見しました。
その巨木に『Els Blande』と刻まれていたんですが、一体これはどんな意味を持つのでしょうか。どなたか分かりますか?
□返信 Mephist
結論から言いますとその文字は開拓言語です。≪Els Blande≫は【遠ざかる潮音】を意味します。
北西部にも原木が在ったんですね。実は私も島の南西部で巨大なココヤシの原木を発見しました。こちらにも同様に白剥げの文字で≪Sea Poam≫と刻まれていました。この言葉が示す内容は【海辺の洞窟】です。
Clotonさんの話を聞く限り確かにこれらの刻字には何か意味が隠れているようですね。遠ざかる潮音、海辺の洞窟。この二つの語句に共通する要素は今のところ『海辺』でしょうか。まだ現時点では特定出来ませんが、ゲーム上何らかのクエストの鍵と為っている可能性が強いですね。
ちなみに、開拓言語について。これらの単語はPBの翻訳機能に登録されている単語は解析する事が出来ます。
□返信 Rafeal
横槍すみません。自分も北西部でこの文字を発見して気になっていました。Mephistさんの言う通り、確かにクエストと連動してる線が強そうですね。とすれば考えられるのは現状ではサーチクエストの神秘の洞窟か聖獣クエストのヒント? 個人的には何となくシムルーが匂っているんですが。上で挙げられた『海辺』というキーワードにも反しませんしね。つまりシムルーはこの緑園の孤島の海岸線の何処かに出没するとか。そんな意味では無いでしょうか? 真偽が非常に気になります。
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
内容を再確認したマイキーの口元が歪み、苦笑へと変わる。それは単純な読み違い。指定されたポイントは島の『南東』では無く『南西』だった。
こんな初歩的なミスを犯した自分に苛立ちを覚えると同時に呆れ笑いを浮かべるマイキー。
遠方へと散った二人に今合図を送り、マイキーが謝罪をしようとしたその時だった。ポイントから東へと向っていたジャックが腕を振り何やら合図を出していた。
その姿に導かれ彼の元へと集まる一同。
「どうした、ジャック。ごめん、自分の読み違いでさ。南東じゃなくて南西だった」
そんなマイキーの言葉にアイネが呆れた様子で笑みを漏らす。
ジャックは香煙草を吹かしながら、そんなマイキーの言葉を聞き流しふと視線でその対象を示唆して見せた。
「じゃあ、巨木ってあれの事じゃねぇのか」
その言葉に身を翻しふと視線を投げるマイキー。
森の木々の中に現れた巨大な切り株。長き歳月を感じさせるその巨大なココヤシの原木はまるで周囲から身を潜めるようにその年輪を潜めていた。
言葉を失った一同は静かにその視界に現れた自然物の元へと歩を向ける。
実際にその間近へ近づいてみると、その大きさに改めて三人は閉口した。切り株と言っても外周は十メートル以上にも及び、その高さはマイキー達を裕に越えている。恐らくは三メートルは下らないだろう。
「こんな巨大なココヤシの原木見た事ない」と驚きを隠さないマイキーの言葉にジャックは心の動揺を抑えるかのように香煙草を新たに一本取り出し口に咥えた。
「何十年、何百年たったらこんなに大きくなるんだろう。もしかしたら何千年?」
見惚れるアイネの純粋な呟きに、野暮な突っ込みを入れる者は存在しなかった。
ここはゲームの世界。だが、それを今ここで口で告げる事はあまりにも愚かな行為だ。今目の前に存在するこの光景は決して造られたものでは無い。そう信じたかった。
圧倒的なその自然美に見惚れる三人は、切り株の周りを歩きながらふと一角で歩みを止めた。
「ん、なんだろう。あそこ。何か書いてあるよ」
アイネの言葉に切り株の上を見上げる三人。
高さ二メートル半程の位置に刻み込まれた明らかに人為的なその文字に視線を凝らす一同。
巨木に刻み込まれたその白剥げた角文字にはこう記されていた。
――Grande Rock Pias――
その文字を今静かに読み上げるアイネ。
「グランデ……ロック……ピアスでいいのかな。ローマ字読みだけど」
その言葉を聴き、すぐにPBを開いたのはマイキーだった。
素早くキーボードを弾き何やらモニターに表示された翻訳結果に真剣な眼差しを向ける。
「開拓言語だ。間違いない。Grande Rock Pias。『巨人の岩槍』っていう意味だ」
「巨人の岩槍?」と、マイキーの言葉に目を細めて尋ね返すジャック。
マイキーはふと森の中から島の中央部に向かって視線を投げた。
高く聳えた山々の頂きで、奇妙な程に突き出た特徴的な巨大な岩盤。まるで天を貫くようなその姿は巨大な槍に形状が似ている事から、この辺りではその岩盤の事を『巨人の岩槍』と伝えていると、ギルドの周辺情報に記されていた。
ここ緑園の孤島のシンボルとも言われるその雄雄しき姿はこの島へ辿り着いた者であれば誰もが目にする自然美だ。
――Els Blande<遠ざかる潮音>――
――Sea Poam<海辺の洞窟>――
マイキーはふと攻略BBSに記されていた巨木に刻まれた単語をそれぞれ頭に思い浮かべていた。そして、切り株に記された三つ目の開拓言語。
――Grande Rock Pias<巨人の岩槍>――
これらの単語が何を指し示すのか。明らかにこの自然遺産の中で、これらの刻まれた言葉は不自然な存在だった。
不自然であるという事は、そこに何かしらの意味が隠されている。これらの言葉が造られた文字である以上、そこには刻んだ者の意図が存在するに違いない。
「皆、村へ戻ろう。戻ってクロットミット狩りだ」
マイキーの言葉に古の遺産に背を向ける一同。
焦る事は無い。これが先人達が残した謎だと言うならば、ゆっくり解いてやるさ。
背中で語るマイキーの後姿に島の木々が風に囁き始める。ココヤシの巨木に刻まれた文字は変わらずその姿を自然の中に晒していた。
▼次回更新日:5/29