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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
136/169

 S3 青眼の少女

 ウォールズの街にはシティ・ネットワークが存在する。貿易により発展した湖上都市に張巡らされた情報網には、大陸内土の風説を含めた冒険者達のあらゆる伝聞が寄せられる。そのシティ・ネットワークで情報を集める限り、途方もなく洪大こうだいなアプトレイクに纏わる財宝の捜索は難航している。現時点においてはオンライン上に発見報告は未だ浮上せず、財宝の存在は幻とまで謳われ、クエストをキャンセルする冒険者が続出していると云う。だが反面、クエスト制覇が暗幕に包まれている以上、その報酬に期待が募るのも至極当然の事だ。

 今後の方針を語るにマイキー達が選んだ場所はウォールズでも有数の酒場『Crapperクラッパー Crapperクラッパー』である。

 夜の街に眩いばかりの輝きを漏らす窓辺には、美しい朱色を彩るゼラニュームの花が道行く人々の為に飾られている。ささやかな心配りを振り撒く店の内では、入口を潜った瞬間から優しくも食欲を誘う香りを漂わせる風土料理の数々がお客を迎え入れる。壁からテーブル、椅子、寄っては料理を装う食器類まで白を基調に統一された清潔感漂う内装は、財宝探しに疲れ病んだ冒険者達の心の膿を払い和らげる。美味い料理に美味い酒を囲んで笑い声に絶えない休息人達は、食材豊かなアプトレイクの恩恵に感謝しつつ、また明くる日も巨大湖に秘められた財宝へと挑むのである。だがその中には財宝の噂を聞きつけてこの地を初めて訪れた新参者の姿も少なくはない。

 大陸でも屈指の栄えた街というだけ在って、酒場は冒険者で溢れている。空席を求めた先にマイキー達が腰を落ち着けたのは風通しの良いベランダの隅だった。立ち込める薄霧は星天までには及ばない。夜空には瞬く小さな光の粒子達と、空を両断する美しい星河を眺める事が出来る。目を凝らせば流星が……だが通風が料理を冷めさせないようにと、自然一同は眺望はおろか会話さえも控えて食事に集中し始める。


「ジャックが頼んだこの唐揚げ美味しいね。歯応えがあって肉汁が溢れてくる」


 白銀のフォークに突き立てた唐揚げを頬張るタピオの表情は自然綻ぶ。さくさくと揚げられた小麦粉の衣の下で弾力のある歯応えは干し鮑ほしあわびに似ている。だが噛み締める度に溢れ出す旨味は独特。


「ほんとに美味しい。何の唐揚げなんだろう」


 閉じ込められた高級感漂う素材には自然と興味を抱かずには居られない。アイネの素朴な疑問にメニューを広げていたマイキーは愉快じみた口調でその答えを告げる。


「メニュー見てたらお前らの感想も変わるかもな。アプトブロスって云うこの地方特有の巨大な亀だってさ」


 テーブル上で静止するナイフとフォーク。 


「何だお前等、素材の可否で料理を判断するのか。美食家たる者、自分の味覚には素直であるべきだと思うぜ」 


 宙に手を止めたまま硬直したアイネとタピオを他所に、黙々と食事を進めるはジャック。彼に倣った訳でも無く、キティもまた上手に小さな掌に余る食器具を操りながら料理を切り分け口に運んでいた。


「いつから美食家になったのさ」と引き攣るタピオの呟きが会話を締め括る。


 食後における過ごし方の通例はベランダから望める景色を一頻り堪能して席を立つ。冷風が煽ってか、人々の移り気も早い。マイキーが確認した限りではその場に留まる一行の中では最長。食事に眺望も充分に楽しんだ今、このまま外気に身を晒し続ける事に意味は無い。早いところ宿を探して、温かな毛布にくるまって暖を取る。その前に熱いシャワーでも浴びれれば最高だ。

 無言のまま気持ちが通じた一同は重い腰を上げる。これからまた迷宮のようなこの街での宿探しが始まるのだ。闇雲に彷徨い歩いたその距離を考えるならば、身体が重いのはただの気のせいではない。

 夜街に向けてその草臥れた足取りを向けた、そんな最中だった。隣のテーブルが酷く賑やかさを帯びたのは。


「交渉決裂よ。あなた達と話す事なんてないわ」


 立ち上がり不機嫌な美声を響かせた少女は、テーブルの燭台の灯りを受けて煌く銀の巻髪の下に、引き攣った眉尻と鋭い眼差しで向かい越しの相手を睨みつけていた。


「つれねぇな。お前に話す事が無かろうが、こっちは聞きたい事が山程あるんだ。いいからこっちへ来い」


 なけなしの理性で抑えたと窺がえる、威嚇を含んだ野太い枯声。

 少女と向かい合う男の姿には見覚えがある。歪んだ眼窩に骨格が剥き出しの角張った輪郭、口元には不手入れな無精髭。短くちぢれた黒毛を撫でるその様は印象に深い。輸送艦レイクトリバー号の甲板でマイキー達を怒鳴りつけた輩だ。

 相変わらずの礼儀も弁えぬ態度で少女の身体を舐めるように視線を沿わせる。勝気に強がる少女の表情から下り、発育過程の膨らみを帯びた胸間へ。次の瞬間、男は少女の細腕を力任せに掴む。


「あたしの身体に汚い手で触らないで」


 毅然として言い放たれた拒絶を前に男の顳顬こめかみに青紫色の血管が浮ぶ。男の只ならぬ表情に少女が危機を悟った時、その細腕は男の豪腕に絡め取られ、抵抗する身体ごと引き摺られるかのように、男ともつれ合った少女の姿が路地裏へと消える。周囲に引き止める者は居なかった。刹那的な出来事に制止が間に合わなかったのだ。


 ウォールズを包む夜霧も色濃く、空の月は霞んで見えるもその輝きは辛うじて地上に零れていた。

 道行く人々の頼りは街灯。しかしながら入り組んだ路地裏の隅々までもその光が届く事は無い。光在れば影も差す。人が光ばかりを追い求めるのは、闇を恐れるからだ。だが中には逆転した価値観を持つ者も存在する。

 光を求める少女は……今深い影の中に居た。


「嬢ちゃん。悪い事は言わねぇ。俺達と手を組め」


 路地裏へと連れ込まれた少女は男に不条理な選択を迫られていた。周囲を取り囲む蛮人の数は増えている。行き止まりの路地入口に塞ぎ立つ二人の協力者の存在が少女の希望を無残にも引き裂く。

 だが人気の無い暗がりに追い詰められてなお、少女の瞳に映る強い輝きは潰えはしなかった。


「笑わせないで。あんたらなんか組むくらいなら死んだ方がマシよ」


 路地裏に吹き込む風が止まる。静止した時を支配するモノは沈黙。

 凍りついた大気の中で、男の形相だけが禍々しい変化を遂げていた。


「どうやら痛い目見ねぇと分からんようだな」


 突きつけられる語気が身を貫くような刺々しさに変わった時、そこで初めて少女は恐怖を浮べる。


「近寄らないで。叫ぶわよ」


 少女の牽制に男の濁った瞳孔が陵辱を映し出す。


「なら叫べなくするまでだ」


 恐怖が絶望へ。鼓動が一人歩きを始める。

 ゆっくりとなぶるように。歩み寄り威圧する男の手が伸び、少女の表情が悲痛に沈む。


「いい歳こいた中年が路地裏でセクハラかよ。節操が無いのもいい加減にしとけよ。同じ人として恥ずかしくなるぜ」


 掛けられた言葉は救いの言葉か。

 路地裏の夕闇に突如として浮んだ幾筋のシルエット。


「お前が人として節操語るなんて世も末だな。まぁ、だけど意見には概ね同感だな。船では迷惑掛けたな」


 まさに間一髪。見張り役の蛮人達は既に地に伏せている。滑り込んだマイキー達は残された男と少女を月明かりに掛ける。

 天秤に掲げられた正義はどちらに傾くのか。だが少なくともか弱き少女を襲う禍人に、信ずるに足る心の重みが有ると思えない。手を差し延べるべきは誰の目にも明らかだった。


「何だてめぇら、邪魔立てするとぶち殺すぞ」


 仲間が倒れた今も男には一塵の躊躇も見られない。

 突き立てられた凶器のような言葉を前に一歩、踏み出る影。咥え煙草を路傍に投げ捨てたのはジャックだ。


「ぶち殺すぶち殺すって語彙力の無ぇおっさんだな。表現力は大事だぜ。女の口説き文句考えるのもそれじゃ大変だろ。挙句の果てに実力行使じゃ、そりゃ女も引くぜ」


 それが不毛な戦いの契機となった。

 男の歪んだ眼窩が漆黒を纏う。目周りの隈が引き伸ばされた刹那、鋭い一閃が横一文字に宙を裂く。

 赤銅の剣閃を紙一重で仰け反り躱したジャックを襲うは、咆哮の添えられた連撃。殺意の込められたドス黒い鋭気が縦、横、斜めと縦横無尽に駆け巡る。


「殺してやる! 殺してやるぁぁ!! ああぁぁぁぁ……はっはぁぁ!!」


 男の狂気に触れればただでは済まない。咎人の聖域クライマーズ・ハイ、だが影に堕ちた愚者の顛末てんまつは決まっている。おぞましいまでの唸り声に血走る瞳、涎を滴らせる様は飢えた獣。

 大気を打ち震わせるかのような、けたたましい絶叫が反響する。

 対する右肩筋を目掛けた渾身の薙ぎ払いから、斬り返し。何れも宙を裂いた両刃が獲物を求めて彷徨う。刃から巧みに身を躱すジャックに向けて、ここで男が大きく踏み込み諸手を掲げる。

 余りにも大胆な間合いの詰め方にして、確実に獲物を間合いの内に捉えていた。自然、ジャックに焦燥が浮ぶ。

 振り上げられた凶剣は一閃の元に獲物を仕留める筈だった。だが、実際は空中を四半分の弧を描きながら固い路地裏の地表で金属音を鳴らす。

 男のくぐもった唸り声が止まる。視線は一点へ、落とした自らの武器などには一瞥もくれず、ただ咽元に突きつけられたバロックナイフの刃先を捉えていた。


「調子に乗り過ぎだ……お前」


 冷徹を語るマイキーの瞳は男のいかなる動作も断じて許さない。

 月光に輝く刃が齎す選択肢は二つ。潔く男が自らの罪を認め許しを請うか、このまま刃の餌食となるか。

 刃に込められた威圧は仮初かりそめでは無い。男が選択を誤れば躊躇無く、その咽喉が切り裂かれるであろう事は理解には容易い。 

 だからこそ、その選択肢は慎重に選ばざるを得まい。

 月が霞みに消える。影に囚われた男は、自らの命を左右する凶刃を前にただ空を仰いでいた。


「恐怖で人を支配するのが、お前等の専売特許だとでも思ったか。気をつけろよ。ここからは何が最後の言葉になるか分からないからな」


 若人が突きつける殺意の鋭気に当てられも影人はなお、微塵の動揺も見せない。

 不自然なまでに落ち着いた男の口から、僅かに漏れる言葉に耳を澄ます一同。

 それは路地裏に吹く風音に掻き消されそうな程のくぐもり声。


 陵辱して……切り刻み……

  光も届かぬ湖の底に沈めてやる

   その肌を刻み……何度も何度も

    何度も何度も

 

 傷を穿ほじり……えぐり……

  その悲鳴が……枯れ果てるまで

   後悔するだろう

    死よりも惨い苦痛を前に恐怖した時には……


  絶望がそこに在る


 そして、夜風に男の嘲笑が高らかに運ばれる。

 明らかに常軌を逸した男の目的に気付いた少女がここで精一杯の声を張り上げる。「止めて」という少女の声と重なった男の狂声。

 耳をつんざく高笑いと共に男の身体が眩い白光に包まれる。路地裏が照らし出される程の強い輝きの正体は生命力ライフエナジーに他ならない。男の身体から大量の光芒が立ち昇っているのだ。

 放たれた宣言。それはこの世界では禁句とされているボイスコマンド。


――Self-Destruction(自滅)――


 マイキーの拘束から解放された男はよろめきながら路地裏に居場所を探し求める。

 覚束ない足取りで辿り着いた一角で、男は内股に膝を付くとその場で両手を天に掲げる。

 

「神に感謝しよう……この出会いを」


 立ち昇る輝きに消えながら男は、今一度その凶眼を不幸な観客へと差し向ける。

 僅かに動く口元からマイキーは男が残すその言葉を正確に読み取っていた。


――地獄に堕ちろ――


 光芒が四散して消える頃、いつしか空にはまた月が出ていた。

 路地裏では静寂に耐え切れなくなったタピオがありのままの感情をさらけ出す。


「どうすんのさ、二人共。完全にあの人のターゲットにされちゃったよ!」目を泳がせうろたえながら訴えかける少年に対して、ジャックは至極冷静だった。

「確かに悪役としても三流の捨て台詞を記憶に留めていられるか、自信無いな」

「そういう問題じゃないよ!」


 痛々しい少年の叫びが木霊する頃、アイネは蹲っていた銀髪の少女に歩み寄るとそっとその肩に手を掛ける。


「怪我は無いみたいね。大丈夫?」


 アイネの呼びかけに少女は虚ろなその視線を上げる。

 恐怖に怯えるその瞳は透き通るような青眼だった。皆が見守り、彼女の言葉を待つ中で、その輝きは次第にある一つの決意を導き出す。


「あなた達にお願いがあるの」


 少女の唐突な言葉に、一同が当惑する中、即座に言葉を返したのはジャックだった。


「出会い頭にいきなりお願いか。その前に……まずは俺達に言う事あんじゃねぇのか?」

「助けてくれて……ありがとう。でもあたしの話を聞いて。きっとあなた達にも悪い話じゃないから」


 少女の真剣な眼差しは何を物語るのか。


「あたしとパーティーを組んで」


 余りにも唐突な申し出に即座に切り返したのは今度はマイキーだった。


「僕らにどんなメリットがある」


 否定とも取れる問いかけに少女は一瞬視線を落とした後で、思い切ったようにその言葉を口にした。

 この時マイキー達は思いもしなかっただろう。彼女のこの一言が切欠となり、ウォールズでの奇運が巡る事になろうなどとは。


――私、財宝の在処を知ってるの――


 不審な点を挙げればキリが無い。だが見返りを求めない彼女の姿勢は信用に値するとも云えた。少なからず窺がった話の中では彼女と同行するデメリットは見当たらなかったが、上手い話には必ず罠が有る。素性を語らない彼女に同行するリスクを充分に覚悟した上で臨むべきだろう。

 財宝を狙っている冒険者の数は山程存在する。彼等の中にはたとえ他のプレイヤーを蹴落としてでも財宝の入手を心懸ける者も少なく無い。間違い無く先程の連中はその類の人間だ。

 賭けるチップは高く付くか、安く付くか。不明瞭な選択の代償が命と為り得るならば、後悔した時には既に手遅れなのだ。

▼次回更新予定日:11/19

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