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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
134/169

 S1 輸送艦レイクトリバー号

 ■創世暦ニ年

   四天の月 風刻 17■


 セント・クロフォード号に揺られて北へ六十四キロメートル。約二時間の経過は西の車窓越しの景色を眩く映し変える。一面に望める世界は水景色。バスティアの荒野から続く赤土はいつしか地盤を緩め陥没し、蒼々たる豊かな水源へと沈んでいた。旅立ちの切欠となった顧客の話に聞いていた、巨大湖アプトレイクである。朝陽を受けて湖面が照り返す輝きはまるで鏡の如く、それは何より眼前の巨大湖の透明度を証していた。吹き寄せる風は相変わらず、湖面を無秩序に波立たせるその風位はまるで暴れ馬のようにもはや予測が付かない。本来穏やかであろう巨大湖の縁ではまるで時化しけた海原のように白波が立ち、浅瀬を豪快に手探りしながら、波浪が鋭角的な飛沫を上げては打ち砕けていた。

 穏やかな車窓越しの景色を望んでいたマイキー達にとっては心苦しい挨拶と為った。

 いつしか汽車は目的の停留所に辿り着く。思い思いの時を共に過ごしたセント・クロフォード号に別れを告げた一同は荒廃とした人工物の中に身を降ろす。馴染み深い粒の荒い黒土を固めた足場に周囲を飾るは酸化して錆び付いた剥き出しの鉄骨。汽車への乗降を目的に最小限の機能に留められた金属的なホームには然したる感慨は浮ばない。ならば長居は無用である。

 足早に改札を潜り抜け波止場へと向う最中、停留所内を素通りしようとした一同の足がふと止まる。

 鉄骨の支柱に掲げられた一枚の看板。白板に走らされたなぶり書きの墨字が記すところに思い浮かべた疑問をタピオが口にした。


「北方線第三停留所……って何だか覚えにくい名前だね。何でこんな名前にしたんだろ」


 尤もなタピオの疑問に同調する仲間は皆首を傾げてマイキーへと視線を振った。答えるのが至極当然と云わんばかりの視線に応えるのが彼の人徳とも云える。一瞬の躊躇いを生んだ口元では在ったが、紡がれるは答えは的確。


「この駅には名前が付いていないんだ。聖碑はあるけれども、輸送船の船着場以外、全く開拓が進んでいない。北方線第三停留所って云うのはそんな未開拓地にプレーヤーの間で便宜上付けられた記号なんだ。スティアルーフの駅を中心に北方線第一停留所がデトリック。第二・第三・第四は未開拓地で依然名前は付けられて無い。第五停留所があのパレスチナだ」


 説明は停留所の現名の由来を解くには充分だった。仲間達は半分は上の空で聞きつつも納得したような素振りを見せていつものようにやり過ごす。問い掛けたタピオ本人はと云うと、既に彼の興味は視界に映る停留所の外景に奪われつつ在った。

 停留所から一歩踏み出せばそこは異世界。美しい青を彩る遠大にして無尽とも思える湖面は、水平線の彼方に霞み消える。途轍とてつもなく広大なアプトレイクの姿は母なる海そのものであり、波止場に打ち寄せる白波が絶え間なく防波堤を穿うがつその様はここが湖で在る事を忘れさせる。波打ち際で砕け散る波浪が舞い散り幻想的な薄霧を張る中、浮かび上がるは不自然な巨影。

 湖面に揺ら揺らと漂うその放浪とした様子から、ただの岩礁では無い。全長にして百メートルを裕に持つ黒影に目を凝らせば自ずとその輪郭が浮き彫りと為る。その正体は船影。巨大な岩礁に見えた物体はこの北方線第三停留所から湖上都市ウォールズとを繋ぐ輸送艦レイクトリバー号だった。


 ウォールズを目指す冒険者は例外無くこの輸送艦レイクトリバー号に乗船する事になる。

 全長約百三十六メートル、全高三十九メートル。アーモンド型の船体は全面黒塗りと潰され、マイキー達が薄霧の中、初対面を期した時に一目でその全貌を掴めなかった事はここに原因が在る。

 輸送艦という名が示す通り、本来の目的はレクシア大陸内土の豊かな農作物や日常生活に必要な調度品、そこには当然狩りで必須となる武器や防具も含まれるが、これらの物資を湖上都市に届ける役割を担っている。冒険者の輸送はあくまでついでなのだ。

 故にあのマリーンフラワー号のようなメルヘンチックな旅立ちの汽笛を期待する事は出来ない。時が訪れれば無造作に渡し板は引き上げられ、寡黙に出発する。レイクトリバー号の船出は実に機能的、裏を返せば非常に味気が無い。

 だが、甲板の上では薄霧の彼方に未だ夢を見る一人の冒険者の姿が在った。湖面を切り裂き、波紋を浮かび上がらせ、水中を推進する艦体の向う先に想いを馳せる。

 

「ウォールズってどんなところかな。なんか想像するだけでドキドキするね。きっと幻想的でお洒落な街並みなんだよ。オランダの水路街みたいに芸術的で。あ、もしかしてゴンドラとかも在るかな」


 夢見心地で期待に胸を募らせるアイネに対して仲間達は現実的だった。中には彼女の純粋な気持ちとは倒錯的に冷水を浴びせ掛けようとする者も居た。


「何か乙女チック病を思いっきり発症させてる奴が居るな。現実を見ろ」


 乙女心を否定するジャックの痛烈な批判に、傍らのタピオが疑問の声を漏らす。


「一部同意だけど……それって病気じゃないんじゃ」


 タピオの乾いた突っ込みにジャックの二の腕が振り翳されると、締められた咽喉から苦悶の声が漏れ始める。赤みの差した肌が土気色に変わったところで、仲間達が慌てて制止に入ると、飛び交う掛け声も賑やかにいつしか周囲の冒険者達の視線を集めていた。

 多くの冒険者達の微笑みに包まれながら、湿った空気に篭った笑い声を響かせていたマイキー達。

 だが、中にはそんな彼等を疎ましく思う連中も居る。忍び寄る明らかな敵意と悪意。次の瞬間、甲板には剥き出しの感情が晒されていた。


「五月蝿ぇぞ。糞ガキども。蝿みたいに騒ぎ立てるとぶち殺すぞ」


 野太い怒声を上げたのは、お世辞にも柄が良いとは言えない中年の男だった。歪んだ眼窩の周りに張ったくまと不手入れに生やされた無精髭が人相の悪さをより引き立たせている。男はくしゃくしゃに歪んだ、まるで弾力を失ったバネのような黒髪を撫で回しながら、充血した眼をマイキー達へと向けていた。

 素直に頭を下げるマイキーの姿に男の怒りは収まったのか糞の頭文字を連呼しながら、仲間と思われる数人の、揃いも揃って人相の悪い男達を引き連れて去って行った。


「柄の悪い連中が居やがるぜ。折角のバカンス気分が台無しだ。一丁説教でも垂れてきてやるか」


 男達の後を追おうと歩み始めるジャックに慌てて駆け寄り後ろ袖を引いたのはキティだった。小さな制止者の姿に自然とジャックが自制心を取り戻す。


「構うな。臭い物には触れない。間違っても臭い臭いって言いながら糞を棒で突付くような真似すんなよ」


 冷静に呟くマイキーの比喩に顔をしかめたのはアイネだ。


「マイキー、例えが下品過ぎるよ」


 だが同調者も存在した。


「下品だけど最高に分かり易いね」


 納得したように言葉を噛み砕き頷くタピオに反論するようにジャックが勇み立つ。


「いや、俺は同感しないね。実際、突付いてみないとうんこかどうか分からんぜ」

「うんちに可能性を見出そうとするのはジャックにしては前向きな姿勢だね」


 感心したように褒め称えるタピオにジャックが二の腕を再び振り翳す頃、下品な会話に終止符を打つべくアイネが声を張り上げる。


「お願いだからこの会話止めて」


 アイネの悲痛なる請願に事態は収拾しつつ在った。

 それにまた連中の注意を引いては厄介だ。黙っていても艦体は目的地へと到達するだろう。湖上都市ウォールズまでは約六時間の船旅に為る。

 こんな霧掛かった湖上では、たまには静かな船旅を楽しむ事も風情と変わるかもしれない。

▼作者の呟き


 11/11、折角年に一回のスペシャル・デイなので更新を早めました。

 ゾロ目は好きです。でもギャンブルは好きじゃありません。

 ドラクエのカジノの100Gスロットでも8000枚以上当てた事ありません。それでも地道に稼いでグリンガムの鞭取ったのがトラウマになりました。

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