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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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〆第七章『ウォルタ・クリアの財宝』

挿絵(By みてみん)


 洗練された街の姿は道行く人々にも美意識を与える。ウォールズの美が讃えられるのは、穢れなき外貌の内側に秘められた根源的なエネルギーにある。その見えざる揺り手に動かされて冒険者は清き生活を営むのである。

(アルベリッヒ=ニューマン『ウォールズの美』より)


 ■創世暦ニ年

   四天の月 風刻 15■


 昼下がりの空は厚い雲に覆われていた。隙間無く埋めつくされた雲霞の大気には風刻特有の身を攫うような強風によって舞い上げられた赤土が噴霧と化している。荒野から北へ北へと引き伸ばされた草臥れた老人の輪郭に似た地平線の彼方には、時折巻き起こる大気の奔流によって砂埃がまるで空を這う巨大蛇のようにうねり風と共に雲霞との境界線に消えて行く。轟々と鳴る風音はバスティアの台地の隅々までに行き渡り、そんな砂埃と強風に晒されたデトリックの市街はと云うと酷い有様なもので、息吹を取り戻した駅前通りでさえも人影は薄れ、建物は古い陶器のように色褪せ、虚ろ気な街の姿が再び浮き彫りと為っていた。市街の中心がこの様子で在れば、当然郊外遠くに佇む一軒屋の惨状は云うまでも無い。

 荒れ模様の空の下、数多くの冒険者が室内遊びと興じた所、マイキー達もまたその例外では無く、ふとした偶然から手に入れたMarshe nes Abelに閉じこもり店の在庫に望みを懸けて、訪れた貴重な顧客のもてなしに精を出していた。


「比較的バロックシリーズの中でも、やはり人気があるのは片手剣です。クラスの中でも共有率が高いですし、他に人気が高い物はやはりGR2のクラスで解禁になる短剣・拳具・両手剣と云った武器種ですね」


 ショーアップされた武器を一つ一つ手に取り、顧客に丁寧に説明をするのはマイキー。対して顧客は受け渡された武器を掌で握り締めては、その確認に余念が無い。


「成る程。ソルジャーの私が選ぶとしてはやはり片手剣が無難な所でしょうか。ただクレイモアは捨て難い。悩み所ですね」


 慎重な顧客に対して、Marshe nes Abelの店員達は寛大である。顧客の様子を微笑ましく見守っていたキティは店隅のテーブルの上に温かな湯気を立てるコーヒーカップを一つ置く。その様子を見受けたアイネが間良く顧客に近付き、さり気なくもてなしの言葉を掛ける。


「お時間は大丈夫ですか? 宜しければこちらにお掛け下さい。どうか焦らずにごゆっくりとして下さいね」


 アイネの気遣いに満足気に頷いた顧客は柔かな笑みを浮かべて「ご配慮感謝します」とコーヒーカップへと手を伸ばす。

 何気無い雑談を顧客と交す和やかな一時。外は如何せんの荒れ模様では在るが、その時その場に流れる空気感は非常に柔らかで心地良いものだった。


「そう云えば皆さんは今後のご予定はもう決まっているのですか?」


 顧客の何気無い一言に顔を見合わせるはMarshe nes Abel店員一同。店の在庫のチェックに回っていたジャックとタピオもその質問に思わず振り向きマイキーの回答を待つ。仲間の視線を受けたマイキーはと云うと特に予定を決めていなかったのか、困惑の表情と共に返答に対して沈黙を保っていた。そんな様子を見兼ねた顧客がまるで救いの一言のように静寂を切り裂く。


「もし次のクエストを探してらっしゃるのであれば、アプトレイクに浮ぶ湖上都市ウォールズに向うといいですよ」


 顧客の言葉にマイキーの困惑が当惑へと色を変える。目的の定まっていなかった彼にとって顧客が漏らした言葉は思いも懸けない一手だった。

 湖上都市ウォールズ、その聞き慣れない言葉に仲間達の中には希望を感情と露にする者も居た。


「湖上都市なんて素敵。幻想的じゃない」


 期待に膨らんだ胸を前面に押し出しテーブルへと迫るアイネの様子に今一つ褪せた様子で冷言を浴びせるのはジャックだ。


「こんな荒野に開けた湖じゃ、周りは濁ったドブ沼かもな。幻想なんて抱くとろくなもんに為らねぇ」


 身も蓋も無いジャックの言葉に押し黙るアイネの背中を優しく撫でるはキティ。そんな彼女達をフォローするかのように状況を見守っていたタピオが素直な意見を一言挟む。


「ジャックって夢が無いよね」


 痛烈な一言が再び静寂生むと、会話を見兼ねたマイキーが脱線しかけた流れを繋ぎ止める。


「大切なお客様からの折角のご推薦なんだ。反故にするなよ。具体的にウォールズまで渡る方法はあるんですか?」


 マイキーの紳士な対応に感心したように顧客は頷くと答えを口にする。


「デトリックからセント・クロフォード号で北ルートへ二駅目の停留所から船が出ています」


 顧客に与えられた情報からマイキーは大陸の地理を念頭に浮かべていた。

 このデトリックの街から北ルートで二駅目という事は、丁度あのオーブルムの麓村であるパレスチナとの中間地点に当たるだろう。確かに蒸気機関に揺られる旅の中で、窓辺に映るまるで海原とさえ錯覚させられる巨大な湖の姿を目にしていた。


「情報提供に感謝します」


 顧客の情報に深々と頭を下げたマイキーは、今一度情報を整理し現状と照らし合わせていた。

 正直な所、この風刻の最中では不景気も極まり無い。安定した収入を得る事が出来ないのであれば、一度スティアルーフで出来る限りの在庫を補充してから、新たなクエストを求めて旅に出る事も判断としては賢明だ。

 奇遇な流れから突如その存在を旗めかせた湖上都市ウォールズ。選択肢としては悪くない。

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