表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
131/169

【Episode】ヘブライの誇り

 西の空の境界線は茜色に沈みオーブルムの山脈が織り成す輪郭と溶け込む。世界が一色単と移ろい、やがては訪れる夜のとばりを垂らさんとする頃、葬風の峡谷では今日もヘブライの民は自然のままに生活を営んでいた。

 段々の畑で穀物を刈り終えた白装束の女達は合掌造りの家内で囲炉裏に炭を構え、男達の帰りをただ待ち受ける。炭火で煽られる釜では大豆の煮汁をベースにした温かなスープが煮えている。ヘブライの民の生活の象徴とも言えるこのサプーシャは彼等の生活の礎で有り、又、生活を潤わせる潤滑油とも云える。

 掌を合わせたような藁ぶきの屋根から漏れる白煙が立ち昇ると、段々畑を越えた崖下に生ゆる小さな樹林でバグスを狩っていた黒装束の男達は成果を持って集落への帰路を歩む。

 それがヘブライの民の変わらぬ日常で在り、全てだった。

 だがその平和な日常を脅かさんとする不徳な陰影が彼等に忍び寄りつつ在った。冒険者と呼ばれる輩である。

 挨拶も無しに集落を訪れた総勢十五名の冒険者達のリーダーを張る男の名はフランスキーと云った。鋭い線眼に高く通った鼻筋、オールバックで肩元まで垂らされた絹糸のように柔らかな金髪。知的な風貌を携えたそのフランスキーは薄笑みを浮かべて村人に呼び掛けた。


――ヘラクテス・ストーンヘンジはどこだ――


 そんな無粋な輩に対する村人達の反応は終始一徹している。

 返された静寂に冒険者達は表情を見合わせる。答えを得られ無かった事に彼らは納得したのだろうか。だが到底納得する筈も無い。冷徹で非道な男達の目に浮ぶくすんだ輝きに、純心無垢なるヘブライの女達は気付く事が出来なかった。振り翳される凶行は既に目前へと迫っていた。

 白装束の女達が民家へと戻り、家事に手を掛けた時。非情な悪党達はその本性を剥き出しに暴挙に及ぶ。

 囲炉裏から立ち昇る白煙とは異なる藁が燃え盛る黒煙。合掌造りの屋根から立ち昇るその忌々しき歪んだ悪意に晒されて、民家から飛び出してきたヘブライの女達は血相を変えて我が家を守ろうと空を仰ぐ。

 だが消火に足る水は深い古井戸の底に在る。当然、燃え盛る民家の群を救うには遠く、彼女達の決死の想いも虚しくただ燃え尽きて行く我が家を見守る事しか出来ない。そして、続け様に彼女達の悲運は其処に留まらなかった。

 非情なる冒険者達の歪んだ悪意は、彼女達自身に及ぶ事になる。

 空を仰ぐ一人のヘブライ族の女性が悲しみに張り裂けんばかりの絶叫を上げたその時だった。彼女の悲痛なる叫びが苦痛へと変わる。纏った白装束は無残にも切り裂かれ、露出した磨ぎ板のような硬い皮膚から大量の光芒が四散する。

 虚ろな眼窩に腐肉色の歯茎、下品な白髪や、剥き出しになった肋骨を湾曲させた冒険者の右手に握られるは赤銅の片手長剣。ヘブライの女性を切付けたその凶器は次々と凶行を重ねる事に為る。

 凶行が恐怖を呼び、恐怖が混乱を呼ぶ。

 夕闇の集落はいつしか悲鳴と絶叫に包まれ、日常は穏やかな夕飯を告げる白煙は禍々しき黒煙と変わった。歪んだ狂気を前に次々と倒れて行く女達。いつしか集落には無残にも引き裂かれた白装束の残骸が散りばめられていた。

 一折の処分が終わると、冒険者達のリーダーであるフランスキーは満足そうに辺りを眺め渡す。

 彼の眼前には、仲間の手によって両腕を絡め取られ拘束された一人のヘブライ族の老婆が映し出されていた。名をNepauroと云う。

 同胞の死を眼前に晒された彼女は悲しみに赤眼を濡らし伏せていた。呟かれるは彼等へブライ族の祈りの言葉。彼女はただ神に救いを求めていた。


「Army Army,Goddn sacute Hebra pls」


 呟かれる祈りの言葉は、彼女を囲む男達にとってはただの呪詛で在った。だがただ一人その意味を感覚的に汲み取った男が居た。だがその意味を知り得ながらも、当の男には温かい血は一滴も流れていない。冷え切った瞳で語られるは残酷な狂言。


「NPCが涙はもとい、祈りの言葉を漏らすとはな。良く出来た傀儡だ」


 言葉の主はフランスキー。彼の瞳は恍惚に堕ちていた。


「これからの質問には嘘偽り無く答える事だ。我々としても老婆を甚振る趣味は無い。だが、対応次第では手荒に為る事もまた告げておこう。よく考える事だ」


 狂気に触れた男達の尋問が始まる、刹那。

 集落の彼方から迫り来る絶叫と足音。

 然したる動揺も見せずに視線で仲間に問い掛けるフランスキー。


「連中の残党のようです。村の男達が帰ってきました」と仲間達の間で失笑が漏れる。取るに足らない相手、積み重ねられる屍の数が増すだけだ。それが男達の一致した意見だった。

「どうしやすか? まぁ、聞くまでもねぇ。根こそぎ、首をもぎ取って殺りましょうぜ」と、不精面の髭男の言葉にフランスキーは片手を下顎に当てながら考え込むように呟いた。

「連中の知能が本物ならば、これは見物だな」


 フランスキーの言葉の真意が掴めずに満面に疑問符を浮かべる男達。だが血走った赤眼が夜の帳に浮かび上がると、男達の顔色も変わる。

 怒り狂ったヘブライの男達は頭部を包む黒装束の覆面を振り解き、武器を掲げ、憎悪を以て非道なる冒険者の元へと雪崩込む。


「弔い合戦か。たかがプログラムに追悼意識があるとは思えん。見せて貰おうか……どこまで本物か、な」


 金属が重なり擦れ合う耳障りな金切り音。互いに血走った眼を突き合わせ、猛る絶叫と苦悶の喘ぎが入り交ざった時、集落は戦場と為り、醜き戦模様が広がる。

 次々と倒れ行く戦地は死者累々。阿鼻叫喚と化した地獄絵図は誰が生んだものか。

 少なくともヘブライの民は平穏を望んでいた筈だった。いつものように夕飯時に妻達が上げる白煙を見上げ、温かなサプーシャを求めて我が家へと帰る。

 だが、この血塗られた悲劇は一体誰が生んだものか。ヘブライの平穏を乱す者は断じて許さない。

 死に物狂いで歯向かうヘブライの男達の姿は冒険者にとっては滑稽で在り脅威だった。


 狂気と誇りの歪んだ衝突に決着が着くまで、凡そ半時を要した。

 湧き上がるは大量の光芒。まるで消え入る間際の炎の揺らめきのように、それは悲しく荒れ果てた集落を彩っていた。埋める死者とクリスタルの中に立ち並ぶは三人の冒険者。後は逝き果てた。


「生より誇りを取ったか。まぁ、どちらにしろ生きる道など無かったが。興味が削がれた」


 手向けられたフランスキーの言葉が悲哀なる戦地の宙に舞う。

 尽き果てた魂達が報われる事はあるのだろうか。ただ少なくとも、虚ろ気に揺れるその魂達は空へと昇っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ