S9 ヘラクテス・ストーンヘンジ
葬風の谷を歩むは黒装束のヘブライ族達。峡谷を歩む先に見えてきたのはあの二又の分岐路だった。だが一方は強力な魔法結果で封じられている。依然マイキー達はその魔法結界を前に歩む事を断念したのだ。
だが、そんな強力な障害を前にしてもヘブライ族の歩みは止まらない。身を打ち震わせるような大気の振動を切り裂くように結界へと突き進む黒装束の集団。マイキー達もまたその後に続かざるを得なかった。
この先に必ず何かがある。緑色のオーラを纏った黒装束の一団は迷う事無く魔法結界へと身を投じて行く。まるで高圧電流の如く放音するエネルギーの奔流を前に自然と足は止まる。
魔法結界とヘブライの民が触れる度に耳障りな放音が響く。次々と彼らが障害の向こう側へと渡り歩く内にマイキー達の番が刻々と訪れる。
――今この場で躊躇する事に意味は無い――
――道を開くのは覚悟と意志だけだ――
マイキーとジャックが無言で魔法結界に触れ渡ると、仲間達もなけなしの勇気を振り絞って身を投じる。覚悟と意志によって導かれたこの峡谷の先には一体何が待ち受けるのか。
赤土は夕闇に沈み、足場を照らす松明の明り以外に頼れる物は無い。言葉少なに一時間の行程を歩んだ一同の前には峡谷に開いた台地が姿を現していた。
その台地の正面に聳えるは突き出た巨大な天然石が五つ。槍先のように鋭く伸びた古岩は夕闇よりも深いシルエットを浮べ、来る集団を待ち構えていた。
その壮大な光景を前にマイキー達は言葉を模索する。今彼らは求めていた神秘へと辿り着いたのだ。その事実にさえも彼らは暫しの間、気付けずに立ち尽くしていた。
――ヘラクテス・ストーンヘンジ――
ここが彼の場所である。黒装束の集団は次々と祈りを捧げ、瞑想を始める。
ストーン・ヘンジの周りには小さな二つの影が幻想的に舞っていた。その姿に、ヘブライ族から驚きと感嘆の声が上がる。
「Ecpore...Priniz...」
口々に叫ばれるその言葉が彼等の名を示すのだろう。その二人の舞に囲まれるようにストーン・ヘンジの間に浮かび上がるのは一人の老人、人間の姿だった。長い白髭が特徴的なその厳格な面立ちには見覚えがある。
――Clock Herbelk――
割れんばかりの歓声がヘブライ族から上がる中、クロックを含めた三人の亡霊達はゆっくりと集団へと向き直る。
両手を夜空に掲げ、胸に手を当て深く礼をする。自然とマイキー達も頭を垂れていた。
「二百年余りの時を経て、なお我をこの古墓に祭るヘブライの民には心からの感謝を。朱鳥祭の度に我に会いに来てくれる事には言葉が見つからない」
流暢な日本語で語るのはクロック・ハーベルク、彼の人だ。
闇夜に淡く白光を纏う彼らの姿は幻想的だった。
「今から二百年以上も前、我はこの地にオラクルゲートを施した。それは何より彼等を人間から守る為である。人間は欲深い。先住民が友好的であろうが敵対的であろうが、彼等は人類の研究対象に為り得るには充分で在った。我はただ彼等を守りたかった。この地で暮らす彼等の平穏を守りたかったのだ。だが、長い歳月の経過と共に人類による開発が再開すると、人間は再びこの地を訪れたのだ。だが、我の仕掛けた施術は完璧だった。来る冒険者にとって我の暗号を解読する方法は無い筈だった。そこに我の誤算が在った。共に嘗ての時を過ごした我が孫、エクポアとプリニッツが人間をこの地に導いた。人里離れたこの地に眠る我の元に何人も立ち寄らぬ、その孤独を和らげようとしたのだ。可愛いものよ。ここまでも我を愛してくれる孫達に感謝すると共に、其の誤算は此れに留まらなかった。人間が立ち入るようになってから、ヘブライの民は我が眠るこの地への峡谷へ強力な魔法結界を施したのだ。これは我も知らぬ彼等の偉大なる力だった。我が彼等を愛し、人間から遠ざける為にオラクルの力を生んだように。彼等もまた魔法の力で我を人間の興味から保護したのである。ただ残念な事に、それは施術者自身さえも此処に近付く事が困難となる強力な結界で在った。以後、我と彼等を繋ぐ日は朱鳥バンディスの聖なる加護を受けた祭日の許す時のみとなった。幾つもの偶然が重なり、旅人がまたこの我が眠る地を訪れた事には感謝しよう。だが、願わくば我々の平穏を乱さぬように。我はこの地で昔も今の世も後世も。ヘブライの民と共に在りたいのだ。どうか、我の願いを聞き遂げて欲しい」
それはクロック・ハーベルクが告げた彼の晩年の想い。いや生涯の想いだった。
その想いは今も決して緩む事は無い。死した今もなお、彼らはこの地でヘブライの民を見守っているのだ。
ふと、ビデオスコープを片手に構えていたタピオの腕が下がる。
「僕達がこれを報告書に上げたら……またこの地も開発の波にさらわれちゃうのかな」と俯くタピオの真剣な表情にマイキーが言葉を返す。
「ここがクエストの対象である以上、冒険者が踏み込むのは時間の問題なんだ。既に踏み込んだ冒険者は当然本部へ報告してるだろうし。僕達の力でどうにか出来る問題じゃない」
マイキーの瞳に想いが過ぎる。
「それでも僕達に出来る形で彼等の想いに応えればいい」
夜空に輝く星々の元で、彼らとの幻想的な出逢いはここで幕を引いた。ヘブライ族と過ごした僅かな時間はかけがえの無い想いとして、マイキー達の胸に刻まれた。
それからデトリックの街へと引き返すセント・クロフォード号の汽車の中でマイキー達は今回のクエストの内容を一枚のスクリーンショットと共に思い返していた。
向かい合う仲間達はそれぞれの揺ぎ無い意志の元にスクリーンショットの削除ボタンへと手を伸ばす。
「いいのか、本当に。無理に僕に付き合う必要ないんだ」とマイキーの言葉に笑顔を見せる一同。
「無理なんかしてないよ。これが僕達の意志だから」とタピオの言葉に頷くキティ。
一枚のスクリーンショットは想い出と共に心の中へと刻まれる。
後悔などしていない。故人の意志に流された訳でも無い。この世界に生きる一人の人間として。
それは自分自身が選んだ心の選択だった。
▼作者の呟き
第六章、了という事でご覧頂きありがとうございました。
余韻を残すにも色々やり方はあったかと思いますが、肉付けは無意味とも思えたので結論を早目に出させて頂きました。
個人的には、今までのスタイルから生まれたこの六章、及びバージョンβも含め、思い出深いものとなりましたが限界を感じた事もまた事実です。一歩進む為に今一度、原点に立ち帰ろうと思います。
第七章からは今一度基礎固めに尽くそうと思います。文体も変わるので、戸惑う方もいらっしゃるかもしれません。
なるべく、今までの雰囲気を踏襲した上での一歩に努めますね。
第七章「ウォルタ・クリアの財宝」の進捗状況は現在35%といったところです。
今回からプロット作りがしっかりしているので、部分出しする事は可能になりましたが、逆に一話に時間を掛けています。
より良い作品演出が出来るように今後も心懸けていきたいと思います。次章も宜しくお願いします。