表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
127/169

 S7 老婆と墓石

 夕闇に消え入るオーブルム山脈、峡谷に吹く風が一層の冷気を帯びた頃、依然マイキー達はヘブライ族の集落で途方に暮れていた。

 調査は難航を見せていた。これといって進展の無いままただ時間だけがただ経過する。村の周辺調査で得た新たな情報と言えば、集落から伸びた一筋の坂道。明らかに人為的に造られたその坂道の先は断崖の高台へと続いていた。高台には大小無数の岩が並べられ祭られている。


「何だろう、この岩」


 何気無く近付きに手で触ろうとするタピオの肩を制するマイキー。止められた事に疑問を浮かべたタピオが表情でその理由を問い掛ける。

 並べられた岩の材質は花崗岩だった。


「……御影石だ」と、マイキーが告げるその言葉。

「もしかして……ここって」とアイネが言葉を震わせる。


 そう、ここは墓地なのだ。恐らくはヘブライ族である彼らの先代や仲間達が眠る場所なのだろう。

 墓石に手を掛けようとした事を後悔するように表情を引き攣らせたタピオは、今一度向き直り手を合わせ、祈りを捧げる。


「何だか寂しいところだね」

「墓地なんだ。当たり前だろ」とマイキーの言葉に「それもそうだよね」とタピオは発言を引っ込める。


 墓石の数は百は下らないだろう。断崖に広がる不意な光景を前にマイキー達はただ言葉を失い、一時の瞑想を捧げる。

 そんな折、瞑想を終え周囲を見渡していたアイネがふと言葉を漏らす。


「あそこに一人、ヘブライ族の人が居るよ」


 アイネが指差す十数メートル離れた墓石の間を杖をつき歩いて行く白装束の老人。

 装束に隠れて表情を見る事は適わないが、腰の折れたその姿からかなりの高齢だと思われた。


「……大丈夫かな」


 一同が心配そうに眺めていたその時、不安が的中したのか白装束の人物の膝が突然崩れる。

 身体ごと地面に投げ出された老人に向って一斉に駆け出すマイキー達。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄ったアイネが優しく身体を起こすと、老人の顔を覆っていたフードが解かれ、中からその姿が露に為る。同時に痙攣するアイネの腕。悲鳴を上げて飛び退こうとした彼女の身体を瞬間的に支えて、老人を抱きかかえていた彼女の腕を固定するマイキー。


――Lizard Man――


 フードの中から現れたのは、血走ったような赤眼と鱗のように硬い皮膚。明らかに異人。まるでその顔立ちはトカゲそのものだった。

 老人は虚ろな表情でマイキー達を見上げながら口をパクパクと動かす。途切れるように掠れた声が断続的に響く。


「Papua Poroica...watem...hec Ecpore...Priniz」


 声からして女性だろうか。老婆のその言葉にマイキーの眉が反応する。

 アイネの腕から立ち上がった彼女はゆっくりと崖際に寂しく並ぶ二つの御影石の前まで歩み、そして両手を一度大きく掲げ、胸に当て頭を垂れる。これが彼女の、いやヘブライ族の祈りなのだろう。

 腰元の水袋に手を当てた彼女は、墓前に枯れた水瓶へと水袋を開く。だが、零れる水は二、三滴だった。先程彼女が崩れた拍子に水は全て零れてしまったのだ。


「watem...watem...」


 うろたえる老婆はまるで訴え掛けるようにマイキー達へと視線を沿わせる。


「お水……ねぇ、このお婆さんお水を欲しがってるんじゃない」


 アイネの言葉に隣で話を聞いていたキティがPBから一枚のカードを取り出す。旅人にとって飲料水は必需品だ。蒸留水の一つや二つは常に携帯している。

 リアライズされた水瓶をキティは小さな手で差し出すと、老婆はまるで平伏すように頭を垂れる。キティが老婆の肩を優しく撫で起こすと、彼女は当惑した様子で三本しかない指でそれを摘み上げた。

 墓石の前の水瓶を差し替えた彼女は、そこで今一度深く祈りを捧げる。きっと彼女にとって、大切な人が眠っているのだろう。

 不謹慎ではあるとは分かっている。だが、今一度マイキーは先程老婆が漏らした言葉を思い返していた。

 祈りを捧げ終わると、老婆はマイキー達を合掌造りの一つの家へと案内をしてくれた。そこはどうやら彼女の住いらしい。PB上で確認する彼女の人物名はNepauroネパウロ

 藁で飾られた家の中は外気と比べて、格段に温かく中央で薪のくべられた囲炉裏では、茶釜で湯気を立てるスープが煮えていた。その囲炉裏の周りでは黒装束を纏った一人のヘブライ族が燃える炎をその瞳に映していた。どうやら、彼女のご主人のようだ。名はClopsクロップス

 ここでマイキーはある事実に気付いた。どうやら、彼らが纏う装束には種族の原則がある。おそらくは男性が黒装束で、女性が白装束なのだ。

 ネパウロに案内されたマイキー達が頭を下げてお辞儀をすると老父はフードを外してその表情を露にする。固く乾燥した皮膚に赤い瞳は彼ら種族の象徴なのだろう。マイキー達は驚く事無く、老婆に通されるままに囲炉裏の周りに腰掛ける。

 ネパウロは主人の元へと近付くと、彼に向って掌を差し出した。彼女の掌に合わされるクロップスの掌。一体彼らは何をしているのか。

 彼女が瞳を閉じて瞑想すると、淡い緑色の光が彼女の身体を包み、その光が老父の身体へと伝わって行く。

 時間にして約数分、彼らの儀式を目の当たりにしたマイキー達はただ無言で成り行きを見守っていた。


「……Tam Tam」


 老人から告げられる言葉の意味が分からず自然と頭を下げるマイキー達。


――この不可思議な空気感は何だろうか――


 彼らはマイキー達に温かいスープを差し出してくれた。大豆から染み出た素朴な味わいが身体を温める。会話も無く、ただ静寂が時を支配する無音の時間。だが不思議と心地が悪い訳では無かった。

 何気無くPBを開き、家の中のオブジェクト情報に目を配っていたマイキーはここである情報に目を留める。

 藁の間にカンパラの木で設置された神棚。そこには一枚の肖像画が飾られていた。その人物には見覚えが有る。口元に伸びた長い白髭。鋭く切れた眼差しと小高く通った鼻筋。彼は間違いない、Clockクロック Herbelkハーベルクその人だ。


「クロック・ハーベルクの肖像画が何でこんなところに」


 マイキーが視線を奪われていると、ネパウロが突然立ち上がり神棚へと近付き祈りを捧げ始める。


「Deva pls,holy hebra...」


 熱心に祈るその様子に言葉を失うマイキー達。見た限り、信仰の対象がクロック・ハーベルクという人物そのものに向けられているような気がして為らない。神格化された存在なのか……彼らにとって、クロック・ハーベルクとは一体?

 ここで、ネパウロは神棚から一冊の手帳のような物を取り出した。ゆっくりと囲炉裏と歩み寄った彼女はマイキーへと物を手渡す。仲間達が反応を窺がう中、マイキーは手帳に目を通し始める。

 それは手記だった。記載している人物の名を探していると、表紙を捲った裏のページに走り書いたサインが施されていた。筆記体で記されていたその名を見て、ページを捲ったマイキーの指が止まる。


――Clock Herbelk――


 マイキーは暫し時を忘れていた。クロック・ハーベルク。これは彼の手記なのか。ならば、何故このヘブライ族の集落に彼の肖像画や手記が残されているのか。

 ここで、マイキーはパレスチアのホテル『Sleep In Canion』で得た彼に纏わる情報を思い返していた。


――惑星ARCADIA、栄誉研究員。ここオーブルムの地にてヘブライ族と人類初の接触を成し遂げる。その後、ヘブライ族の言語・文化調査に精力し、前世暦233年。ここオーブルムを永住の地として生涯を終える――


 彼はここでヘブライ族と密接な信頼関係を作り上げていたというのか。そして、その死を知ったヘブライ族が追悼の意識を持ってこうして彼を祭っている。

 考えれば考える程、思考は泥沼に嵌って行く。とりあえずは手記だ。手記の内容を確認する事が先決だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ