S6 ヘブライ族集落
葬風の谷を吹き抜ける風は酷く冷たい。身を攫うような冷風に震えながらマイキー達はただ峡谷を進んでいた。両側の断崖にうねる地脈はまるで巨大な大蛇のように、その迫力は身に迫るものがある。
峡谷の上空には赤い怪鳥が飛び交い、冒険者達を囀り下ろしていた。それは警告なのか。だが、引き返す選択肢など最初から持ち合わせていない。頭に在るのはヘラクテス・ストーンヘンジのみだ。
暫く進むと峡谷は二又に分かれていた。ただし、一方の右手側の峡谷は強力な障害が行く手を遮っている。オラクルとは異なるまた異質の力だ。大気を振動させ、近づく度に体力を磨耗させられるような得体の知れないエネルギーを前に立ち尽くすマイキー達。
「魔法の結界か……初めて見る」と大気の重圧に向けて手を翳すマイキー。
「どうしよう……これじゃ進めないよ」
項垂れるタピオにキティもまた視線を落とす。そんな彼らに向って振り向いたマイキーは、ゆっくりと歩み寄り脇を通り抜ける。
「進む必要はないさ。今はまだ通れない。これも一つの筋道さ」
マイキーのその言葉に頷き、彼が歩みを向ける左の峡谷へと視線を流す一同。
そう、選択は一択。今は迷うところでは無い。迷わず左の峡谷へと進路を採択した一同は、それからただ只管に歩み続けた。
傾斜は上っている。勾配は緩やかだとは云え、一時間も経過した頃には皆言葉を失っていた。
一体どこまで歩けば良いのか、先が見えない探索は次第に冒険者達の心に焦りを生む。だが、幸いにもそんな切迫した状況に突然の光明が舞い降りる事となる。断崖で視界を塞がれたいくつもの曲がり角を超えると、突然視界が開ける。
断崖の間際に築かれるは小さな集落。カンパラの白材で組まれた骨格に柔らかい藁を敷き詰めた、まるでそれは両手を合わせたような見事な合掌造り。その家々の周りでは、白装束で身体を包み隠した村人達が家事に励んでいた。
「集落……こんなところに」とジャックが咥えていた煙草を放り投げる。
彼らの存在に心当たりは有った。クエストやホテルの肖像画から得られた情報から、ある単語が思い返される。
――ヘブライ族――
情報によれば彼らは人間に敵対的で無い代わりに友好的でも無い。クエスト指示ではなるべく関わるなとの事だが。進むべき進路が一択であったこの場合、ここで一同の思考にまた新たな困惑が生まれる。
――進むべきか、引き返すべきか――
敵対的でないとは云え無断で集落に踏み込めば迎撃を受ける可能性も有る。
仲間達から視線を受けるマイキーは、今この場での英断を求めて暫し黙り込んでいた。選択を誤ればまた仲間を危険に晒す可能性もある。選択には細心の注意を払う必要がある。
そんなマイキーの苦悩を見兼ねたのか、ここで一歩、歩み出る者が一人居た。
「行こうぜ、このまま村へ戻ったって何の意味も無い」
そう告げたのはジャックだった。彼に続いてアイネもまた集落へと向って一歩踏み出る。
「他に当ては無いんだもの。行くしかないでしょう」
アイネの言葉にキティが頷くと、疲れ切った表情でしゃがみ込んでいたタピオもまた同意を見せる。そんな仲間達の様子にマイキーは瞳を閉じてしっかりと意志を受け止めると、集落へと向って先頭を歩み始める。
「一応……覚悟はしとけよ」
呟かれたマイキーの言葉に、当惑した仲間達が表情に疑問の色を浮かべる。
「覚悟って……?」ときょとんとするタピオにマイキーは鮮烈な一言を告げた。
「戦闘の覚悟さ」
緊張が走る一瞬、仲間達の警戒心が瞬時にして高まる。
【Naration Scape】
◆―――――――――――――――――――――――――◆
風が吹く峡谷でヘブライ族は毎日を家事に生きる。平凡で平穏な日々こそがこの集落の象徴であり、民族の誇りなのだ。崖下に段々状に作った畑では様々な穀物を栽培している。主食は米や粟。植物性たんぱく質は大豆から採る。動物性たんぱく質としては年に数度行う神聖な儀式、朱鳥祭と呼ばれる祭日のみ空を舞う朱翼の怪鳥バンディスを囲み村人全員で祝う。朱鳥は神の使い、その朱鳥を喰らう日だけは、私達は神の化身と為るのだ。今日は年に数度のその朱鳥祭が行われる。そんな大切な日に村には平穏を乱す影が訪れようとしている。
村には基本的に旅人は訪れない。それは二百年以上も前から保たれてきた均衡なのだ。だが近年になってその均衡を破る者が多く現れた。冒険者と呼ばれる者達だ。彼らは決まってある目的を以て村を訪れる。そんな彼らに対する我々の反応は一律している。
話をすれば、また連中がやってきた。彼らもまた決まってこう言うだろう。ストーンヘンジはどこだ、と――
◆―――――――――――――――――――――――――◆
訪問者の姿を視認した村人達はただじっと立ち尽くしていた。
彼らの視線を真正面から受け止めながらマイキー達は、集落の中へと歩き進める。警戒態勢を解かないマイキー達に対して村人は丸腰だった。敵対的では無いという言葉はどうやら嘘では無いようだが、まるでこれは冒険者の存在が眼中に無いようだ。
「あくまで接触は好まないって訳か。それなら僕らも彼らにはなるべく触れずに集落の中を調べさせて貰おう」と勇み足で合掌造りの建物へと近付き見回り始めるマイキー。
来訪者の存在に村人達は無頓着だった。ここまで完璧な無視を受けたのは初めての経験だ。だが、それは逆に好都合だった。
調べると言っても集落は小さなものだ。目ぼしいものと云えば、村の中心部の古井戸、中は深くその底を覗く事は出来ない。ここが彼らの水源となっているのか。古井戸を囲む合掌造りの家々は恐らく五十戸程だろう。他に然したる建造物は見当たらない。
民家が立つ住宅域と崖下の段々畑を合わせてもバグスの森程の面積しか持ち合わせていないだろう。
崖際の合掌造りの民家の外壁に触れながら、その感触を確かめる。間違い無く、そこには生活感を匂わせる彼らヘブライ族の生の文化が存在した。
※ナレーション・スケープは物語の演出上の描写です。
実際にマイキー達は枠内の情報を得る事は出来ません。
▼サブ・エピソードのお知らせ
この度、文章技法の見直しの為、いろいろと試行錯誤を重ねています(笑)
習作として色々書き連ねている現状ですが、アルカディアの設定で描いた余剰作品が出来たのでここで宣伝させて頂きます。
どちらも一人称視点で、千文字以内にまとめた短編です。
▼アクア・ホース
一人称で描かれる叙情的な一幕です。夕暮れの浜辺で、水平線の彼方に消えるその影に懸ける想いを幻想的に描いています。作品のモチーフになったのはあるモンスターです。本編と設定上、一部変更があります。
▼桃色の葛藤
お馴染みパピィの一人称短編です。短編というよりはもはやリリックに近いですね。破天荒な彼女の性格を知る上で、一人称視点は斬新な試みでした。一風変わったパピィ・ワールドがお楽しみ頂けるかもしれません。情景としてはパピィがククリと出会う前を描いています。
どちらも小説になろう、作品リスト一覧からご覧頂けますので宜しければ是非。