S5 白と黒が交わる時
クエストの攻略に暗号の解読が必須になった今、マイキーは脇目も振らずホテルのロビーで仲間達とメールの内容に目を通していた。与えられた情報の全てを箇条書きにして網羅する。
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――葬風に 不朽の想ひは 流されて
言の葉もろともひき裂かれ 隠者は悲しみに明け暮る
二つは一つ 此の詩来る遊子に捧げむ 全て知り行く者が為に
なむじに捧ぐる宵の言の葉は……「木」也――
他キーワード:『月』(アイネ),『土』タピオ,『金』キティ,『山』ジャック
――遊子に 不朽の想ひを ただ託し
古石飾る 峡谷の地にて 隠者は遊子を待ち望む
二つは一つ 始まりは黒 終りは白 全て知り行く者が為に
なむじに捧ぐる明けの言の葉は……「肖」也――
他キーワード:『月』(アイネ),『成』タピオ,『易』キティ,『差』ジャック
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与えられた情報に中に必ずアルゴリズムが隠されている。これらの共通性は何だ。法則は何処に在る?
詩を睨み付けながら文言を呟く。いつしかマイキー達は、昨日初めてこの村を訪れた時、他の冒険者と顔も見合わせず、只管に思考に耽る冒険者達の姿を思い返していた。集中する仲間達から呟かれる疑問の言葉の数々。
「この詩の中に出てくる『遊子』って言葉。これって何を指してるのかな」とそう漏らしたのはアイネだった。組んでいた腕を振り解いて頭を抱えたタピオはその疑問に対する自らの言葉を口にする。
「遊ぶ子供って言葉から、多分あの幽霊の子供達の事じゃないかな。言葉の意味合いとも一致すると思うんだ」
タピオの説明に一同が納得して頷いた所で、マイキーはその答えを否定する。
「遊子ってのは古語で『旅人』を意味するんだ。文脈の前後から考えてもここは旅人の方がしっくり来る。『来る遊子』ってのはこの地を訪れる旅人、つまり僕達冒険者の事を指してるんじゃないか?」
マイキーの説明に再び頷く仲間達。
「成る程、確かにそっちの方が謎解きらしいね。ねぇ、マイキーさんの訳した詩の内容を教えてよ」と自らの浅慮を恥じるタピオ。
彼の言葉にマイキーはキーボードを素早く弾き、皆に簡易な現代語訳を転送する。
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▽宵の詩
――葬風に 朽ちる事の無い想いは 流されて
言葉もろともひき裂かれた隠者は悲しみに明け暮れる
二つは一つ この詩をこれからこの地を訪れる旅人に捧げよう 全てを知り行く者の為に
汝に捧げる宵の言葉は……「木」――
▽明けの詩
――旅人に 朽ちる事の無いこの想いを ただ託す
古石が飾る 峡谷の地で 隠者は旅人を待ち望む
二つは一つ 始まりは黒 終りは白 全てを知り行く者の為に
汝に捧げる宵の言葉は……「肖」――
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修正された詩文に表情を輝かせる一同。大分詩の内容が理解し易くなった。それでも謎は多分に残されているが。ここでアイネがふと口を開いた。
「ねぇ、明けの詩のこの『古石』っていう言葉はもしかしてストーンヘンジの事かな?」
アイネの言葉に今度はマイキーが頷く番だった。
「僕もそうじゃないかとは思ってた。というよりも言葉に嵌められる当てがそのくらいしか無いからな。後は二つの詩に共通してる『隠者』っていうこの言葉と『始まりは黒』『終りは白』の意が掴めれば大体の文脈は通じるんだけどな」
「共通してる単語と言えば、この『二つは一つ』って云う言葉も二つの詩の中で共通してるよね。これってどういう意味なんだろう?」とタピオの言葉にふと思考を巡らすマイキー。
何か、単純な事を見落としている気がする。二つは一つ。
――待てよ……二つは一つって、そういう事か――
徐に立ち上がるマイキー。その表情は確信に満ちていた。
「どうしたの、マイキー?」と困惑するアイネにマイキーは口元に微笑を浮かべる。
「皆、葬風の谷へ向うぞ。謎は解けた。単純な見落としだったんだ」
Sleep In Canionを飛び出した一同は大通りを足早にバグスの森を駆け抜ける。峡谷に差し掛かるにつれて一同の胸の高鳴りが増す。
仲間内で募る期待。謎は解けた、と。マイキーは確かにそう言ったのだ。
葬風の谷の巨大な天然のオラクルゲートを前に、マイキーはPBを開き深呼吸をする。吹き寄せる突風は激しく身体を揺さぶったが不思議と今は気にも留まらなかった。
オラクルゲートをオブジェクト選択し、あのパスワード画面をPB上に広げる。
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〆オラクルの解除コードを入力して下さい
パスワード:
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入力するパスワードは既に決まっている。
始まりは黒。黒とはあの黒装束の少年の言葉を指す。つまり宵の詩が示していたキーワード。
――『木』――
だが、これが直接的にパスワードには繋がらない。次に考えるのは終りは白。つまりは白装束のあの少女が残した明けの句にある。
――『肖』――
二つは一つ。タピオが何気無く漏らしたこの言葉の意味が今なら分かる。
その法則に従うならば、アイネのパスワードは『朋』。タピオは『城』。キティは『錫』。ジャックは『嵯』。もはや、迷う余地など微塵も無い。僕のパスワードとなる言葉は『梢』だ。
つまり、この二つのキーワードは各々が漢字の一部を示していたんだ。宵の詩の『言の葉もろともひき裂かれ』はここから来た流れだったんだろう。
マイキーがキーボードを弾くと、マイキーの身体が不可思議な光膜に包まれる。仲間達はその輝きにうろたえ始める。
「大丈夫だ。心配するなよ。今メールを送る」
それぞれの解除パスワードをメールで送信したマイキーは仲間達と共に今、巨大天然石と対峙する。
浮かび上がる虹色の波紋を前に一歩踏み込む。爪先が触れた瞬間、波紋が伝わり一瞬の戸惑いが浮ぶ。だが爪先は拒絶される事無くその波紋の内に吸い込まれ、二歩目で彼らの身体は巨大天然石のゲート内へと完全に身体を滑り込ませていた。
始まりは困惑の連続だった。だが今となってはそんな記憶も幻。マイキーにとっては些細な問題に過ぎ無かった。
白と黒が交わる時、ここで一つの謎が解かれたのだ。だがまだ全ての謎が解かれた訳では無い。依然『隠者』の意味も掴めていない。一体向うストーンヘンジでは何が待ち受けているのか。本当の謎はここからだ。
▼次回更新予定日:10/26