S4 バグスの森の出会い
翌朝の皆の反応はと言えば、まさに滑稽だった。幽霊が出たと騒ぎ立てるアイネとタピオに、冷静に話を聞き朝食を取るジャックとキティ。だがジャックに到っては昨晩、子供の幽霊に殴り掛かったという話だった。殴れないならしょうがない。そんな理不尽な理屈で彼は彼女の存在を認めたのだと言う。キティに限っては、同年代に見えた存在に自然と心を許したのか、ただじっと会話をする訳でも無く相手の事を見守っていたようだった。
「だから絶対幽霊だよ! 気が付いたら僕の横で微笑んでたんだ。今思い出しただけでぞっとするよ。こんな村早く出ようよ!」と喚くタピオを諌めるマイキー。
「言ったろ。幽霊なんて居ないって。興醒めな事言うようだけど、彼女達もれっきとしたプログラムさ」
至極冷静なマイキーに疑問の言葉を投げ掛けるのはアイネだった。
「どうしてプログラムだって言い切れるの?」
その言葉にマイキーは少し言葉に迷った。確かに明確な根拠は無い。だが推測は出来る。
視線を集める仲間達にマイキーはその不確かな推測を語り始める。
「童歌……歌ってただろ」
「……童歌?」と思い出したように身を震わせるタピオとアイネ。
キティは一人記憶の中の唄を追うかのように「Army Army……」と呟き始める。そんな彼女の様子にぎょっとしたアイネが彼女の歌を中断させるように抱き寄せる。
「その歌の中に……Heractes StonHengeって発音が出てきたんだよ。これってどう聞いてもあれだろ」
「ヘラクテス・ストーンヘンジか」とジャックの言葉に頷くマイキー。
ここで、一同が童歌とゲームとの関連性を始めて意識する。
「ただの幽霊が、今回のクエストの目的地なんて漏らす訳ないだろ? きっと彼女はこのクエストと何か関連性があるんだ。ついでに昼間見たあの子供も関係してると見てまず間違い無い」
「なるほど、そういう事か」と神妙な顔で頷くジャック。
その表情は別の疑問も問い掛けていた。無言の訴えを読み取ったマイキーは静かに首を振り、両手を広げる。
「だけどな、肝心の詩の内容が全く分からないんだよ。メール文のキーワードも含めて、一体何がここに隠されているのか、全く分からない。ちなみにお前達の今回のキーワードって何だった?」マイキーの言葉にPBを広げてそれぞれのキーワードを確認し始める一同。
「僕は『成』っていう字だった」と真っ先に答えたのはタピオだった。続いてアイネが再び『月』という言葉を挙げた。キティは『易』。ジャックは『差』という結果だった。
言葉を受けて得たモノはといえば、さらなる困惑だった。全く脈絡の無い文字が集まっているようにも思える。
――『肖』『成』『月』『易』『差』――
――『しょう』『せい』『げつ』『い』『さ』――
――『shou』『sei』『getsu』『i』『sa』――
並べた文字を様々な文字体系に変換したところで得られるインスピレーションは皆無。もしくは、総画数か。だが、それも無駄な作業だろう。
これが暗号だとするならば、そのアルゴリズムを見出さない限り、これらの言葉に掛けられた魔法は解けない。
「この文字を片っ端からあの人工オラクルのパスワードに打ち込んだらどうなるかな」とタピオが素朴な疑問を浮かべる。
「いや、無理だな。きっとそんな単純な問題じゃないだろうし。何よりこのメールのキーワードがあの人工オラクルの解になってる保証もない。さらに言えば、あのパスワードは一日に一回しか打ち込めないらしい。つまり失敗したら、その日は入力出来ないって事さ。実を言うと、昨日昼間受けたあのメールにキーワードを打ち込んでみたんだ。結果は言わなくても分かるだろ」
肩を落とした一同は朝食後、情報収集の為に再び村を出回る事にした。何かこのパレスチアの各所に暗号のヒントは隠されていないか、そう考えたのだ。
だが村の探索は既に昨日終えている。この広場の周囲以外にサーバー側で用意された建造物は存在しないのだ。後は放射線上に広がった僅かなプレイヤーハウスのみ。具体的なゲームの鍵となるヒントがプレイヤーズエリアに散らばっているとは考え難い。村の外のエリアを探索しようにも、山麓は切り立った崖と聳える山々に囲まれており、ここパレスチナから外のエリアと呼べるフィールドは、目的の葬風の谷へと続く砂礫に成り立った僅かな針葉樹林地帯、通常『バグスの森』と、もしくはその先の、つまり葬風の谷を越えた先のエリアという事になる。
「残ってるのは……森か」とジャックの言葉に首を捻るマイキー。
森と言っても、非常に小さな森なのだ。周辺は先程述べた通り切り立った崖と山岳に囲まれている。
昨日、葬風の谷へ赴く際、森の概要は大体把握している。木々の上で跳ねる白毛の小猿以外には特に目ぼしいものは何も無かった筈だ。
それでも、情報が無い以上は行って確信を得る必要が有る。ここには何も無い。そう云える論拠を得る事で始めてその関連性を否定する事が出来るのだ。
パレスチナの大通りから森へと歩み出たマイキー達は、数々の謎を解く為に陽射しの強い針葉樹林地帯の中を彷徨い歩く。カンパラと呼ばれる白杉に似た高山帯に属するその針葉樹の高い枝葉の周りでは、その新芽を食するバグス達がキーキーと小高い掛け声を上げていた。彼らはノンアクティブ、騒がしい点を除けば害は無い。
そんな彼らを微笑ましく見上げるキティ。いつしか、一同は二百五十メートル四方の小さな森を手分けをして散っていた。
マイキーは一人西部の崖側の森を探索していた。崖周りには茂みも鬱蒼と茂っており、プレイヤーの行く手を阻んでいる。探索する事は面倒だ、どうせ何も無いと頭では否定しながらも、関連性を断絶する為に自然と歩先は茂みへと向いていた。一歩判断を誤れば、崖下へ転落する恐れもある。
何故、こんな事をする羽目になったのか。これは選択したクエストによる受難なのか。だとするならば、全責任はまた自分に有る。後悔の念は絶えない。
茂みを踏み進む騒音を半ば不快に感じながら歩み進めていたその時、ふと視界が突然開けた。
開けた視界に現れたのは、雄大に広がる巨大な湖だった。まるで海原のように広がる湖面の彼方ではあのバスティアの荒野も見える。そんな背景を後ろに、崖の間際には動揺を隠さない一人の冒険者が佇んでいた。
美しい白髪にルビーのように赤い瞳、黒模様の斑点に交じった純白なレザーに身を包んだその容姿と、人となりが生み出す独特の空気感が彼が並々ならぬ冒険者である事を告げている。だが年は同年代くらいだろう。白髪の青年はマイキーの存在を確かめるように、小さく響きを持った言葉で呟いた。
「冒険者……こんなところに?」
青年の言葉にマイキーは若干気恥ずかしさまでも覚えて弁解するように言葉を紡ぐ。
「邪魔してすみません。クエストの情報集めるのにこの辺りを探索してたんです」
「クエスト……ですか。というと葬風の谷の?」
青年の言葉に無言で頷くマイキー。
「あのクエストはなかなか厄介ですからね。暗号のアルゴリズムさえ解いてしまえば、後は楽なんですが。暗号は日単位で、アルゴリズムは刻単位で変わりますから。俺が解いた時のアルゴリズムを教えて上げられればいいんですけど、多分通用しないでしょうね」
「暗号……アルゴリズム? やっぱりあの装束を纏った子供達が何か関係してるんですか」
その質問に白髪の青年は少し思案に暮れる様子で言葉を置いた。
「EcporeとPrinizの事ですね。彼らからメールは受けましたか?」
「差出人の無いメールの事ですよね?」
問い返すマイキーに瞳を閉じて頷く青年。
「それが、暗号。暗号を解けばパスワードが手に入ります。後はオラクルゲートにその解除コードを入力して、後は成り行きに従って下さい。その先へ進めば、自然と彼らの存在についても分かりますよ。俺に語れるのはここまでですね。お役に立てなくてすみませんね」
「いえ、参考になりました。あのメールの解がオラクルゲートのパスワードに繋がってると分かっただけでも大進歩ですよ。これで解読に集中できますから」
マイキーの言葉に青年は微笑むと絶壁に向かって大きく指笛を鳴らす。すると空高くから舞い降りた一羽の巨大な朱鳥が崖付近に滞空し身を寄せる。
「それじゃ、成果を祈ります。頑張って」
言葉を失ったマイキーに微笑みを残した白髪の青年は、朱鳥の背に跨ると気流に身を流すように、巨大湖の上空を滑空し滑り落ちて行く。PB上に記された彼のプレイヤーネームにはReebeltとそう記されていた。
いつの日か、彼と同じフィールドに立てる日は来るのだろうか。未だ自分の見ている世界がいかに小さなものか思い知らされる。
自分の心に打ち立てられるまた新たな誓い。マイキーはその誓いをしっかりと胸の中で受け止めてバグスの森に背を向けるのだった。
▼作者の呟き
ここまで来ると暗号の答えに気付いた人も多いのではないかと思います。
次話、オラクル・パスワードの解答と為ります。