S1 風の送迎
オーブルム山脈の麓まではデトリックから北部へと向うセント・クロフォード号に乗れば良い。
マイキー達は店の下準備を終え、無事に開店するとその足でデトリック発の蒸気機関車へと乗り込んだ。目的に向う足は早いに越した事は無い。
車両が揺れ、窓辺にセント・クロフォード号が巻き上げる黒煙が映り始めても依然マイキーはデトリックへ想いを残していた。他でも無い、Marche nes Abelの事である。
だが店の経営方針としては些か不信を誘う気もしたが、在庫状況から考えて一週間という不在期間は妥当だと思えた。願わくば信頼の置ける経営者に店舗を任せる事が最良策ではあるが、高望みは出来ない。
経営の礎、資金源の根本的な獲得が冒険に委ねられている以上は誰にも責められない行為ではあろう。
タピオが朝食、兼、早い昼飯として車内弁当の海鮮チラシを広げた頃、車内の冒険者達は耳奥に突然鳴り響いた不可思議な効果音と振動に身を震わせる。メール着信の合図だ。
冒険者達がPBを広げる中、マイキー達もその例外で無くPBを広げ、その内容に目を通し始める。
――【System】Version.2-1-1 Release――
その内容は驚くべき内容だった。車内から緩い歓声が漏れ始め、次第に騒然とし始める。
座席を向かい合って座っていたアイネとキティは内容に首を傾げていたが、通路側のタピオはその目を輝かせて向かいのジャックへと呼び掛ける。
「バージョンアップだって」
「ああ、面白そうだな」
内容に顔を上げたジャックは腕を差し出すと、タピオと右左と絡めて最後にハイタッチをして微笑み合う。
「何やってんだ、お前ら。ガキじゃないんだから、そうはしゃぐなよ」と苦笑して窓辺から外の景色を眺めるマイキーにアイネが悪戯な笑みを浮かべる。
「羨ましいんでしょ、マイキー」と、その彼女の言葉をマイキーは即座に否定する。
「僕がか? 馬鹿言えよ」
いつもはそんな二人のやりとりを屈託の無い微笑みで見守るキティだが、PBを見つめる彼女の表情は曇っていた。何やら困った様子で隣のアイネへと視線を投げ掛けている。
アイネが「どうしたの?」と覗き込むとキティはPBを差し出して見せた。それはキティ宛に送られて来た一通のメールだった。内容を確認したアイネの表情もまた曇る。
「チャイルド・モードへの移行案内……これって」
視線で訴え掛けるアイネにマイキーはふとバージョン・アップの内容を思い返していた。確かFrontier Modeの対象年齢は十歳以上、つまり六歳のキティは規定外なのだ。その為、チャイルド・モードへの移行案内が送られて来たのだろう。
「これって何……酷いよ。キティはもう私達と一緒にプレイ出来ないって事?」
口調に怒りを込めるアイネにマイキーは冷静に規約を追って行く。
「早まるなよ。バージョン・アップ情報に書いてあるだろ。五歳以上十歳未満のチャイルド・プレイヤーは保護者登録をすればFrontier Modeを継続出来るって。お前が保護者になってやれば何の問題も無い。ギルドで保護者登録出来るみたいだから、登録の受付期間内にデトリックに戻って申請すればいい」
「そういう事……良かった」
そう言ってアイネが微笑みかけるとキティはいつもの笑顔を取り戻した。
「ねぇ、マイキーさん。このレベルの振り分けってどういう事?」とPBを覗き込むように乗り出したのはタピオだった。
「今までレベルはクラス変えようが共有してただろ? それが、今度から各クラスによってばらばらにレベルをカウントするようになったんだ。だから、それに合わせて現時点でのLvを各クラスに振り分ける必要が出てきたって事さ。どう考えてもこれは一点集中型の方がいいから、間違っても均等に振り分けるなよ。出戻りになるぞ」
マイキーの説明に頷く一同。ジャックは早速レベルの配分画面を開き、何やら画面を相手に腕組みし頭を悩ませているようだった。
「俺とかさ、今まではソルジャーやってたけど。本当の希望職はモンクだろ? この場合ってソルジャーとモンクどっちに振り分けた方がいいんだろうな」とジャックの質問の内容にタピオも同意する。
「僕も、実はソルジャーだけじゃなくて他のクラスにも興味あるんだ」
だがそんな彼らの意向を試すためにも、移行期間と再リセットというシステムが設けられているのだろう。
「その場合はとりあえず、割り振ってクラスの感触確かめてから判断すればいいんじゃないか? 駄目だったら再リセットで振り分け直せばいい」
「なるほど、マイキーお前はもう決まってるのか?」
と、ジャックのその質問に対する答えはマイキーの中では既に固まっていた。問題無く即答を返す。
「僕はシーフに全部振る。ハンターに未練はないからな。仮に振り返りたくなったとしても、育て方はある程度理解してるし、クロットミット狩りでもすれば、そう難しい作業じゃない」と、断言するマイキーに言葉を重ねたのはアイネだった。
「マイキーってそういう割り切り方すごいよね。でも、私もマジシャンに一括振りで決まりかな。キティはどうする?」
アイネに質問にはキティは笑顔で「クレリックに全部振ります」と答えた。彼女達の判断は意外にも固まっている。こういう時は女性陣が悩みそうなものだが、逆に新システムを前に頭を抱えたのはジャックとタピオの二人だった。
旅人の行き先や道中の選択など、所詮は風任せ。彼らはこの荒野を包む赤土の風にでも気持ちを流されているのだろう。
いつしか景観も移り変わる。窓辺に映るは赤土層が幾重にも堆積し象った峡谷。それらの隙間から僅かに漏れる暗天と地平線の境界は白く霞んでいる。神々しいまでの異風な世界は冒険者の心象に目に見えない重圧を掛ける。だが、必ずしもそれは心理的な枷には為らない。あくまで奪われたのは心、失うのは言葉だ。
乗車する事約四時間。セント・クロフォード号の終着駅、峡谷の麓村パレスチアへと降り立ったマイキー達は眼前に広がる光景に思わず足を止めていた。
暫し、風景を堪能した一同は黒鉄の機関車に別れを告げ、鉄骨で組まれたホームを歩み始める。
歩き始め周囲の景観に目を移したところで彼らには気付いた事がある。周囲を取り囲む景観に申し分は無い。望めば返されるその神々しいまでのオーブルム山脈の姿には頭が下がる。だが……
――何とも殺風景な村だ――
駅前の広場には何も植えられていない花壇中央に女神像、その広場を取り囲むように簡易な宿場に寂れたレストラン、色褪せた看板を掲げたショップ、そして古めかしい材木で組み立てられたギルド。他にさしたる施設は見当たらない。完全に未開発地域という言葉が相応しい。
幸い、ギルドには聖碑は存在するようだった。つまり、最低限の開拓環境は整っているが、見たところ現状開拓価値としてこの土地は冒険者から見放されているのだろうか。
女神像の前に歩み出た一同は、まずは一通りの村の探索から始めた。
広場を中心に扇状に広がるプレイヤーズエリアには僅かに冒険者達の手による建造物が立ち並ぶ。だが、そのほとんどはマイハウスとして私物化されていた。スティアルーフからこのパレスチアまで、その乗車時間が約六時間である事を考えても、一般的な物資の調達はデトリックに比べて困難である。ショップが少ない理由は容易に想像が付いた。
だが、その他にもこの村では外出する冒険者の足並みを途絶えさせる一つの要因が有った。
それが不定期に吹き荒ぶオーブルム山脈側からの強風である。この風は葬風の谷の合間を抜ける気流がその過程で増幅され、村に吹き寄せたもの。その風勢は馬鹿に出来るものでは無い。パレスチアの植生の悉くがある方位に傾いているのも全てはこの強風によるものなのである。
初めて受けたオーブルムの手厚い歓迎にマイキー達は表情を顰める。来る風は向かい風。どうやら今回も一筋縄では行かないようだ。
▼次回更新予定日:10/22




