S10 VS Clotmit
神の御心に導かれたのか、一同の行幸には平穏が保たれた。
帰り道、シーフロッガーとの遭遇を逃れた三人は星砂の海岸線を引き返し、昼過ぎ二時前にはエルムの村へと辿り着いていた。
レミングスの酒場にて遅めの昼食を取ると、熱いコーヒーで暫しの安らぎを得て、その足で村の外へと向う。村入り口の絶壁を貫く薄暗い洞穴を抜けながらマイキーは今後の狩りの説明を始めていた。
時間帯から考えて今からまた緑園の孤島に向うのは、得策では無い。何故ならば日没前には再び引き帰さなければならないからだ。それに、今日の体験を踏まえるならばまだ自分達があの島へ赴くのは些か早計だった。せめて今日の食い扶持を確保するためにも、必要最低限の狩りをこれから行わなければならない。
またシャメロット狩りを行ってもいいが、マイキーには試してみたい狩りがあった。その狩りはこのエルムの村から非常に近い場所で行えるある特殊な方法によって行われる。
洞穴を抜けると、日は既に傾き始めていた。青味を落とし始めた空ではクロットミットが数羽空で囀りを上げていた。マイキーは洞穴に向かって踵を返すと、剥き出しの絶壁にそって村の西側へと回り込んで行く。
オープンβの情報が正しければ、そこに絶好のポイントが存在する。
剥き出しの地脈が海岸と交わり、足場が海水によって侵食される直前のポイント。地脈が抉られるように削り取られたその絶壁の窪みを見てマイキーは微笑を漏らした。
「ここなの?」とアイネ。彼女の言葉にマイキーは静かに頷いた。
そう、ここが噂に名高いクロットミット狩りのポイントだ。
ここにはクロットミットの餌となるシャメロットが多数生息している。
マイキーは徐に屈み、砂利を除けてその下の泥を手に取ると、侵食された足場の土質を確かめるように手の中で泥を擦りつけた。湿った質感。砂利の下には湿った土層が広がっていた。その推測を確かめるように再び視線を絶壁へと戻す。そこで推測は確信へと変わる。
地脈に刻まれた水の跡から考えても潮が満ちればこのポイントは海底へと沈むのだろう。
「ここも時間限定か。潮が満ちる前にさっさと狩った方が良さそうだ」
マイキーの言葉に、顔を上げる二人。
頭上では依然、数羽のクロットミットが囀りを上げながら旋廻していた。
「あいつら狩るのか。でもどうやって?」ジャックの疑問にマイキーは予め村で購入していた弓へとここで装備を変更する。
「簡単さ。あの窪みから奴等を撃つんだ。連中はあの窪みには入って来れない」
マイキーの言葉にアイネもそこで弓へと装備を変更する。
「俺、弓持ってないぜ」
ジャックの言葉にマイキーは苦笑いしながら頷くと指示を与え始める。
「知ってるさ。ジャックにやって貰いたい事は別にある」
そう呟きそこでマイキーは指を咥えた。同時に空を滑空していた数羽のクロットミットが過敏に反応し、三人の元へと舞い降りる。
「今の音程B♭って言ってもジャックは分かんないだろ。とにかく同じ音で指笛を鳴らして、獲物をこの辺りから釣って来て欲しいんだ。ターゲットへの攻撃は僕とアイネが全て引き受ける。弓で攻撃するんじゃなくて、指笛で奴等を釣れば攻撃対象にはならないみたいだからさ」
マイキーの言葉に指を咥えて小さく吹き掛け音程を確かめながら頷くジャック。
舞い降りた黒斑鳥達は再び空へと舞い上がっていた。
「わかった。任せろよ。とにかくこの辺りから出来るだけ釣ってくればいいんだろ」
そんな会話をする二人の横で、アイネは近場の木を的に搾り弓の感触を確かめていた。
「当たるかな。ちょっと心配」
「アイネこっち来いよ。始めるぞ」
マイキーの言葉に従って絶壁の窪みへと身を寄せる彼女。
窪みの中は外気から遮断されているのか、ひんやりと冷たかった。苔のこびり付いた岩に手を掛けながら、今マイキーからジャックに向けて合図が送られる。
「了解。じゃあ、釣るぜ」
ジャックは穴の外で大きく手を掲げると、次の瞬間高らかに指笛を響かせる。
同時に再び舞い降りる三匹のクロットミット。ジャックの腕や肩に止まった三羽の獲物達は何も知らずにジャックが鳴らすその音色を待ち望む。だが狩りとは無情。
ジャックが視線を投げるや否や、絶壁の窪みから離れた二筋の矢がクロットミットの肢体に突き刺さり、彼らはその体勢を大きく崩す事になる。生命力の流出を示す粒子が立ち昇ると、けたたましい囀りを上げながら、地表でバタバタと転がるクロットミット達。
転がる仲間の様子に一匹のクロットミットは、依然ジャックの腕の上で囀りを上げていた。
ジャックの視線の中で、光る一筋の閃光。その閃光に合わせてジャックは構えていた腕を突き出すと、矢の直撃を受けた三匹目のクロットミットが地面へと転がる。地表では今三匹のクロットミットが転がりもがいていた。
こうなれば仕留める事はもはや容易い。ジャックは二人に微笑を向けると海岸へと向かって走り始める。
残されたマイキーとアイネは、言葉は悪いが後掃除をするだけである。
どんなに有利な状況でも窪みから出る事はしない。完全に守られた立場から、放たれる凶矢の前にクロットミット達は為す術なく粒子の光となって消えて行く。
マップスキャンによるクロットミットのレベル帯はその全てがLv4だった。この脆さで、この世界での基準においてはあのシーフロッガーと同等の強さと規定されているのである。
PBを覗くと経験値には一体につき「2EXP」が加算されていた。この世界での経験値入手の仕組みは到って簡単である。ソロで経験値を入手した際の計算式は以下の数式で定義されている。
入手経験値=2の乗数倍 ※乗数値=【対象Lv】−【プレーヤーLv】
つまり対象LvからプレーヤーLvを引いた回数だけ「2」を乗数倍する。
これに照らし合わせるとクロットミットLv4から得られる経験値は「2」の三乗で「8」となる。
だがあくまでもこれはソロで入手できる経験値である。
ここでは三人はパーティを組んでいる。パーティで得られる経験値の計算式は以下の通りとなる。
入手経験値=【パーティ獲得経験値】÷【パーティ人数】 ※数値切捨て
故にこの計算式に基づいて三人がLv4のクロットミット一匹から個々で獲得できる経験値は『2』となる。
次々と獲物を釣ってくるジャックを前に、正確な射撃によって獲物を撃ち落して行くマイキーとアイネ。狩りは完全なる好循環を見せていた。
全ての歯車が組み合わさった時に感じられるこの満足感。その感覚は筆舌にはし難い高揚感を齎してくれる。
三人の意識は今純粋なるハントの真髄の中で一つへと交わっていた。
高揚する感覚、見えない衝動に突き動かされるかのような全身を巡る快感。
昨日のシャメロット狩りにおいて、三人の取得経験値は「50」を越えていた。Lvが一つの段階を上がるのに必要とされる経験値が一律「100」である事を考えると、昨夜の時点で彼らは次の段階であるLv2まで既に半分の条件を満たしていた事になる。
完全なる三人の連携により、いつしか彼等は六分に一匹、つまり一時間に十匹のクロットミットの狩りを実現していた。つまりこれは時給に換算すると一時間に『20EXP』の時給計算になる。
そして日没が近づく頃、彼らはある変化を迎える事になる。
その異変はマイキーを起点に始まった。突然光り輝く彼の身体を呆然と見守る仲間達。
それがレベルアップを示す視覚効果だと気付くまでそう時間はかからなかった。薄暗い窪みの中でPBを開き自らのステータスを確認するマイキーの後ろから二人が覗き込む。
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
〆マイキー ステータス
レベル 2
経験値 ------------ 0/100
ヒットポイント ---- 40/30(+10)
スキルポイント ---- 8/8
物理攻撃力 -------- 10(+4)
物理防御力 -------- 10(+4)
魔法攻撃力 -------- 10
魔法防御力 -------- 10
敏捷力 ------------ 11
ステータス振り分けP----- 3
→ポイントを振り分ける
※再分配まで<0:00/24:00>
〆パーティ所属中
▽Aine
▽Jack
〆装備
武器 -------- 銅の弓(D4)
頭 ---------- 漂流者の帽子(D4:14.4%)
体 ---------- 漂流者の皮服(D4:32.0%)
脚 ---------- 漂流者の跨着(D4:22.4%)
足 ---------- 漂流者の靴(D4:11.2%)
アクセサリ --- 無し
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
マイキーは予めレベルアップした際に振り分けPと呼ばれるボーナス値が発生する事を二人に話していた。振り分けの対象は基本パラメーターである『物理攻撃力』『物理防御力』『魔法攻撃力』『魔法防御力』の四項目。『敏捷力』に割り振る事は出来ない。ボーナス値はレベルが一段階上がる毎に『3P』の振り分けが可能となる。ただし、この際割り振る値には上限値が決められており、『現在Lv×1.5』の切捨て値を限界とする。つまりLv2であれば『3P』、Lv5であれば最大『7P』まで一つのパラメーターに注ぎ込む事が出来る。
マイキーは自らのパラメーターを見つめながら、手短にキーボードを弾き始める。
クロットミット狩りをする上では安全地帯という概念が有効に機能する。ここでは物理防御力に振る意味は無い。ジャックならば迷わず物理攻撃力に『3P』を割り振るところだった。
だが、マイキーはここで物理防御力にその『3P』を割り振ったのだ。
それを見て微笑を浮かべるジャック。別にそれは嘲笑を含んだ微笑では無い。ただ単純に常に慎重なマイキーの性格がここにも表れたのかと少し可笑しかっただけだった。
「慎重だな」ジャックの言葉にマイキーは苦笑する。
「違うって。そろそろ釣るのも飽きてきただろ。弓貸すから交代だ。もう日も沈んできたし、二人がレベルアップしたら今日の狩りは終わりにしよう。自分がレベル上がったからここから入手できる経験値は『1』になる。あと五、六匹ってとこか」
慎重策も時と場合によりけり。ジャックにとってはそんなマイキーの考え方は非常に頼もしいものだった。そんな中マイキーのステータスを見つめていたアイネがふと疑問の声を上げる。
「ねぇ、マイキーのHPの表示なんかおかしいよ」
アイネの言葉にジャックが再び顔を覗き込ませる。
「俺もそれ気になってたんだ。『40/30(+10)』って、Lv2に上がったからなのか」
二人の疑問を受けてマイキーは静かに頷く。
「実はさ、さっき自分も気になって色々検証してみたんだ。どうやらこれ、漂流者の装備の隠し効果みたいだ」
そうしてマイキーは漂流者の帽子を装備から外し髪を撫でて見せた。
「こうして、漂流者の装備を一つでも外すと効果は消える。たぶん頭・胴・脚・足の四箇所揃って初めてその効果が表れる。漂流者のこの装備に関して言えば『HP+10』っていうのがその効果だと思う。多分ね」
説明書やグローバルネット上には載っていなかった情報。
おそらくはこの世界にはこうした隠された情報が多々存在するのだろう。基本的にオンラインゲームは類稀なるプレーヤースキルも重要だが、それを活かすためには情報という土台が要る。他の冒険者達が知り得ない情報をいかに素早く獲得出来るか。
金策一つ採ったところで、有益な情報が出回る前と出回った後ではその効率には圧倒的な差が表れる。
辺りは既に日が暮れ始めていた。日没まであと僅か。耳奥へ僅かに響いていた波の音は既に耳元まで迫っていた。
それから、十数分後。潮が満ち始め浸水された窪みの前には、見事レベルアップを成し遂げた三人の姿が在った。
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