S9 [錬金術S.Lv9.00:黒斑鳥の羽ペン]
■創世暦ニ年
四天の月 土刻 15■
夕暮れの花園に包まれた女神像は慈愛に満ちた表情を見せていた。彼女の微笑みを見ていると心が和らぐのはきっと彼女が女神たる由縁であろう。
熱心に祈りを捧げる冒険者の中に交じって、そこには柔らかい光の中に包まれるマイキーの姿が在った。
ミクノア装備に身を包んだその姿。錬金術のマニュアルを左手に、右手に構えるはスティアルーフで購入した自動弓オートリクチュール。
わざわざここでハンターにクラスチェンジした事には、錬金術生成の上でそれなりの理由が有った。
――危ぶみを恐れる事無かれ――
――成果はそこにある――
マニュアルに記されたその文言を前に、マイキーは今この場で眺めるには不適切な記述だと自覚していた。未知なる危険性に挑むならまだしも、これから挑む行為は過去に経験している。故に挑戦者としての気概など必要は無いのだ。
願わくば手短に終わらせよう。それが彼の心中だった。
どうして、マイキーがこんな格好をしているのか。その答えはまさしく今回の生産レシピの内容に有る。
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●[錬金術S.Lv9.00:化合] 黒斑鳥の羽毛 + 墨汁 = 黒斑鳥の羽ペン
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今回のレシピでは黒斑鳥の羽毛が大量に必要になる。墨汁は村の道具屋で販売されているから問題無いとして、市販されていない黒斑鳥の羽毛については実際にクロットミットを狩って収集する必要が有る。
クロットミット狩りについてはこれが初めてではないが、ソロで狩るのは初めてだった。
絶壁の窪みを利用すれば狩りの安全性は約束されるものの、一人で狩る以上はクロットミットを誘導する釣り役も果たさねば為らない。だが、それについても経験が解決してくれるだろう。
絶壁の岩場へと辿り着いたマイキーは上空を見上げ徐に指を咥える。
マイキーの口元から放たれる甲高い響きを受けて上空を飛んでいたクロットミット達が囀りを上げ過剰な反応を見せる。次々と降り立つ鳥の群れに囲まれながら、彼らを撒くように絶壁の窪みへと身を隠す。
後は容易い。絶対的な安全が確約されたそれは一方的な搾取となる。狩られる側であるクロットミットの群れには気の毒だが、彼らの存在自体に需要が求められた今、この狩りが中断される事は無い。
オートリクチュールから放たれる矢が一匹、また一匹と彼らの存在を消して行く。それは至極作業とも云える狩り。
極限の緊張感の中で、成長して来たマイキーにとっては無造作な狩りだった。
そんな狩りを行う意識の中で、獲物の群れを狩り終えたマイキーはふと手を止める。
ノイズのように纏わりつく雑念。一呼吸吐きその正体を探ると、そこには固まる二人の冒険者の姿が在った。
「……何か用?」
木陰で揺れる影に声を投げ掛けると、影達は当惑した様子で躊躇する。影達はゆっくりと月明かりの下に歩み寄ると、頭を下げ謝罪する。
腰元にはブロンズナイフ。身に纏うは旅人服といった彼らの装備を見るに、まだ初めて間も無い初心者プレーヤーだろう。
月夜に煌く碧眼に猫目の青年は顔に掛かった緑髪を上げて改めてマイキーへと向き直る。PB上で確認されたプレイヤーネームはVida。予想通り、Lv2のまだ駆け出しの冒険者のようだ。
「凄い狩り方やって魅入ってしまって。あそこって安地なんです?」
聞き慣れない訛の利いた青年の問い掛けにマイキーは暫し口を閉ざしていた。質問の内容は勿論聞いていたが、別に思案を働かせていたのだ。
彼の言葉に含まれていた「安地」という言葉は略語で安全地帯を示す。ゲーム用語としては主にアクションやシューティングゲームなどで用いられるが、敵の攻撃が届かない絶対安全な領域を示す。この安地を駆使すれば、自分の身の安全を確約しながら、一方的に攻撃を加える事も出来る。その一例が、ちょうど今マイキーが見せたクロットミット狩りだ。
「オープンβから有名なスポットなんだ。弓が在れば誰でも出来るよ」
マイキーの言葉に青年達は顔を見合わせる。碧眼の青年に並んだ深紺の長髪。闇に同化するような黒の瞳は開かれたPBを見つめ、目の前に佇む人物のプレーヤーネームを確認する。
「マイキーって読むのかこれ? あんたはオープンβからの経験者なのか?」と、長髪の男に即座にヴィーダが言葉を重ねる。
「口を慎めやザイード。失礼や」
この二人は一体。マイキーはそんな二人の関係性を見極めかねていた。
「いや、新規参加組さ。オープンβの情報は事前に集めてただけさ」
マイキーの言葉に頷きながら青年達は、湧き上がる疑問を次々と投げ掛ける。
「質問ばかりで申し訳ないな。狩りの頭から見学させて貰うたんやけど、あの鳥公の群れがノーアクティブのまま集まってたように見えたんです。何故ですか?」
鋭い着眼が生まれた質問。何故マイキーは敵をノーアクティブ、つまり非攻撃態勢の状態のまま集める事が出来たのか。通常、弓で狙撃して釣る場合は被弾したクロットミットはその瞬間からアクティブ、つまり攻撃態勢に入る。この場合リンクした周囲のクロットミット達も全てアクティブと為り、釣り役のリスクでもあるのだ。
だがマイキーは釣る際に周囲の彼らを寄せ集めながらも、彼らの攻撃対象とは認められていなかった。これは、何故か。それが青年達の疑問だった。
「クロットミット達には特定の音域に反応する習性があるんだ」
「音域って『ド』とか『レ』とか『ミ』って事です?」
頷いたマイキーは指を咥えると、高らかに指笛を周囲に響き渡せる。
何事かと青年達が当惑する中、響き渡る音色に交じって、鳥々の羽ばたきが交じり始める。
「鳥が集まってきた!?」
呆然と佇む青年達を前にマイキーは腕に一羽のクロットミットを止まらせると、今起きた現象の説明を始める。
「実演した方が分かり易いだろ。指笛は『シの♭』で高さはさっきの音程で鳴らせばいい」
その言葉を受けて二人は指を咥えて、器用に指笛を鳴らし始める。
マイキーが音程をとって誘導し、二人が旋律を奏でると、周囲のクロットミット達が音に反応して羽ばたき囀り始める。
「本当や。凄いな」
その様子に微笑を零す青年達。
ノーアクティブでクロットミットを寄せ集める方法論を知った青年達は口々にマイキーを称賛し、そして深く礼を述べる。
「参考になりましたわ。レベル上げが鬱陶しくて敵わんなと思ってたところやったんですけど、御蔭で暫くは楽しい時間を過ごせそうや」
用事が済めば、彼らがここに留まる理由も無い。彼らは重ねて礼を述べると村の方へと消えて行った。
闇へと消えて行く彼らの後姿を見つめながらマイキーはふと呟く。
「どうも、素人じゃないな」
彼らがこのゲームを始めて間も無いのは紛れも無い事実だろう。だが漂う気配が一般プレーヤーとは一線を隔している。
恐らくは先行発売された筐体の抽選に漏れた後発組なのだろうが。
――僕もうかうかしてられないな――
▼次回更新予定:10/15