S7 [錬金術S.Lv7.00:寒天]
■創世暦ニ年
四天の月 土刻 10■
錬金術士の道は長く険しい。こんなに晴れた日の浜辺に御座を広げて寝転がって、とうとう流石のマイキーもこの生産生活に飽きが来たのかと言えばそうでは無い。広げた御座には目一杯にこの緑園の孤島で採集された天草が干されている。
今回の目的はと言えばこの天草から寒天を作る事にある。どうにも錬金術で有りながら何故か調理素材を作っている事に一抹の抵抗感に似た違和感を覚えるものの、かと言って逆らう気も無い。
天草は島の海岸線、干潮線から下の岩場に密生している。十センチから十五センチ程の暗紅色の平たい海綿は、堅く、細かく羽状に分枝し古くから寒天の材料として用いられている。
「一体僕は何を目指してるんだ。こんな寒天作りに精を出して、若干方向性見失った感すら漂ってる。これも余興として見れば楽しくない訳じゃないけどさ」
独り言のように呟きながら干された天草を一つまみ手に取り眺める。
干されてから既に二時間が経過している。日中の太陽光を一杯に浴びた天草はいつしか色素を失い透明色へと変わりつつ在った。
「そろそろか」と腰を上げたマイキーはござの前に立つと、全体を見渡して天草の色素が抜けているか、粗が無いかを確認し始める。
本来、天草の色素が抜けるまでは約三日間に渡る天日干しが必要になると云われている。だが、このティムネイル諸島で採集出来る天草は色素の抜けが早く、良く晴れた島の青空の下に晒せばこうして約二時間でその行程を終える事が出来る。
こうしたユーザー配慮は有り難いものの、配慮の方向性に疑問を覚えるのも確かだ。
「この色素が抜けた天草を……釜で茹でて。何だよこれ。湯で煮てゲル化させたものを、一度冷やして凍らせてから解凍させて、水分を飛ばしさらに乾燥させるって。これめちゃくちゃ面倒臭いじゃないか」
予め調べた情報に不平を零すマイキーは付記された情報に舌打ちする。
「何だ、これ現物加工の手順か。実際は干した透明になった天草を錬金術の抽出に掛ければいいのか。吃驚させんなよ」
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●[錬金術S.Lv7.00:抽出] 干した天草 = 寒天
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▼生産メニュー
○錬金術 S.Lv6.46
・抽出 >>>>> 【生産素材選択】
・分解
・発酵
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生産区分:抽出
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▼生産素材1 干した天草×1
【生産素材の追加】
●生産する(生産確率:75% 生産時間:1分45秒)
●キャンセル
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仮え生産に失敗したところで、大量に干した天草が前提としてこの上無い安心感を与えてくれる。
他にもS.Lv7の生産レシピとしてはコラーゲンからゼラチンを抽出するという選択肢が在る。これはこの島に夜間出没する海羊ムームーがドロップする動物性たんぱく質であるコラーゲンを錬金材として用いてゼラチンを抽出するという特異な生産である。だが肝心のコラーゲンのドロップが低確率の為、この生産はあまり効率が良いレシピとは言えない。
故にS.Lv8までの生産レシピとしてはどうやらこの寒天作りが最も効率が良さそうな選択だった。
これらの手法で生産された寒天やゼラチンは料理の生産と連動している。レミングスの酒場ではお馴染みのデザート『蜂蜜ゼリー』の材料となるのだ。
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【生産に成功しました】
★生産アイテム:寒天
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「後々必要になるかもしれないし、キティの為に取っておくか」
料理スキルを育てているキティにとっては遅かれ早かれこの寒天という素材は必要になる。彼女の為に保存しておけば、やがては需要が訪れるだろう。
――協力する醍醐味――
これはマイキーの持論だが、一人で黙々と成果を上げるよりは実際に育てたスキルを用いて他人と協力し、また新たな生産世界を切り開く事も醍醐味の一つと云えるのではないだろうか。
本来、生産とはソロの醍醐味と定義されてきたが、この世界の膨大な生産要素と可能性を見ているとまた新たな楽しみ方があるようにも思える。
その捉え方が正解かどうかは未知数だとしても、楽しみ方としては充分に成立し得る。
仲間へと繋ぐバトン。それから大量の生産に没頭し終え、イルカ島に引き返した頃にはいつしか日は夕闇に落ちていた。
「随分、遅くなったな。早いとこ食事取って、藁々でゆっくり温泉にでも浸かるか」
波打ち際を見つめながら星砂の海岸を渡り、西海岸から南の入口へと回る。空を舞うクロットミットの姿は既に消え、彼らの塒へと着いているようだった。
人気の無い海岸を歩きながら、夜の砂浜に足跡を繋げて行く。その足場が砂浜から砂礫へと変わる頃、高く視界を覆うあの反り立つ絶壁が見えてくる。
何の感慨も浮かべぬまま。村の入口を目指してただただマイキーが歩き進めていたその時だった。
波音に交じって聞こえてくるのは微かな足音。同時に村前の絶壁の洞穴から小さな人影が幾つか現れ、東の岩場へ歩み消えて行く。
影達に妙な既視感を覚えたマイキーは、今一度彼らの姿を確認しその足取りを自然と視線で追う。
「あれって……タピオ?」
方向的にはクロットミットの狩場が在る方だ。人影の中には間違いなくタピオと思われる人物の姿が在った。だがマイキーが人影に既視感を覚えた理由はそこに留まらない。周囲を囲む小さな冒険者達の姿にも見覚えが有った。
その感覚の根源を探って行く中で、マイキーはある事実へと到達する。彼らがタピオへと向けた言葉の数々が頭の中に浮かび甦る。その中でも記憶を決定付ける鮮烈な一言が在った。
――あなたなんか……仲間じゃない!――
そう、彼らはあのラクトン採掘場で出遭ったタピオの親友と呼ばれる人物達だった。
「なんで……こんなところに?」
正直に後を付けるつもりは無かった。だが自然とその足取りは彼らを追い、気がつけば小さな四人の冒険者達の注意を買わないように、クロットミット狩り用の絶壁の窪みに身を隠し気配を消していた。
彼らの声や仕草が確認できる位置で静かに息を呑む。シャメロットが徘徊する岩場では、今静かに辺りを包んでいた静寂が打ち破られようとしていた。
リーダー格と見える金髪の少年が口を開き、その透き通った青い瞳をタピオへと向ける。
「こうして直接話すなんて……久し振りだな」
PB上で確認出来るプレイヤーネームはDyon。彼の言葉を受けてタピオは「うん」とただ一言呟き俯く。
そんな彼に鋭い眼差しを向ける桃色髪の少女。Franという名の彼女は容赦無く、今の心境をタピオへと衝突させる。
「私達に見放されてどれだけ凹んでるかと思ったら……タピオにとって私達なんてどうでもいいのよ」
少女の言葉に顔を上げたタピオは、首を振り否定する。
「そんな事ないよ。あれからずっと……いつも皆の事を考えてたんだ」
「それならどうしてあれから連絡をくれなかったのですか? 心ではあなたを否定していても、ずっと待ってたんですよ」
そう言葉を返し、呼び掛けるのはAnkという名の黒人の少年だった。
仲間達の厳しい追及に、俯き黙り込むタピオ。そんな彼の様子をディオンはただ無言でじっと見つめていた。
「怖かったんだ……皆にまた否定されたらと思うと。怖くて……僕は」
瞳に涙を浮かべるタピオ。そんな彼に向けられる言葉は今この場では残酷で、遠目に様子を窺がっていたマイキーにとっても居た堪れない光景となった。
――臆病者――
フランが突きつけたその言葉にタピオの表情が引き攣る。
「傷付けられる苦しみも知らない癖に。謝罪が怖い? 笑わせないでよ」
「ごめん、フラン。でも僕は……」
涙でタピオが表情を崩した時にはフランは彼に背を向けていた。
「偶然とはいえ、ここであなたに会ったのは驚いたけど。正直気分が悪くなっただけ。だからたとえもし、これから出会う事があったとしても、今度は私達に声掛けないで。それじゃあね。行こうディオン、アンク」
歩み去る少女の後姿に愕然と膝を付き項垂れるタピオ。
その姿を残された少年達は悲しげに見つめていた。泣きじゃくるタピオを前に、アンクが目を伏せて隣のディオンの肩にそっと手を掛ける。
掛ける言葉が見つからなかったのだろうか。最後までその言葉を秘めたまま、ディオンは悲しげにタピオから目を反らす。
少年達が立ち去った場で、残されたのはタピオ一人。何とも居た堪れない光景に、マイキーは湧き起こる衝動を必至に抑えていた。出来る事ならば、タピオに駆け寄って言葉を掛けてやりたい。
でも、これはあくまでタピオと彼らの問題。マイキーが口を挟む事では無い。心の内は掛けてやりたい言葉で溢れている。
その言葉の一つ一つを飲み込みながら、マイキーもまた静かに暗闇の帰途へと着くのだった。