S3 [錬金術S.Lv3.00:小麦粉]
採集生活を始めて二日目。この日からメンバー達はそれぞれの目的の為に別れて生産に取り組む事となった。
ジャックは本気で取り組む気があるかは些か疑問だが鍛冶を。アイネはキティの料理を手伝う為に行動を共に、タピオは一人骨象の生産に精を上げているようだった。
仲間達がそれぞれの目的に動き始めるとマイキーもまた一人、村の北の農場へと赴いていた。木漏れ日の丘を越えた先に広がる雄大な景色を前に大きく背伸びをする。
「今日から自由行動か。思う存分やれそうだな」
一面に広がる小麦畑を前に深呼吸を一つ。畦道から畑へと踏み込んだマイキーは大地の温かなエネルギーを足裏で感じ取りながら屈みこみ、稲穂に手に掛ける。だが力強く根付いた稲穂はちょっとやそっとの力ではビクともしない。逆に力を込めれば、稲穂が折れてしまう可能性もある。
PBを開いたマイキーは素早くキーボードを操作し、腰元に赤銅の短剣を具現化する。
「これで刈るか」
引き抜いた短剣を手にすると稲穂を左手で支え、右手に握り締めた短剣で根元に切り込みを入れて一気に刈り取る。大地のエネルギーを目一杯に吸収した稲穂も、流石に鋭利な刃物には逆らえず。今はマイキーの左手にその穂を預け、静かに大地から身を離す。
収穫した小麦をマテリアライズし、生産画面を開く。
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▼生産メニュー
○錬金術 S.Lv2.48
・化合
・抽出
・分解 >>>>> 【生産素材選択】
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生産区分:分解
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▼生産素材1 小麦×1
【生産素材の追加】
●生産する(生産確率:75% 生産時間:25秒)
●キャンセル
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小麦から錬金術の分解によって作り出せるのは小麦粉である。この生産レシピは錬金術のS.Lv3に属する生産レシピと指定されている。
つまり、現在のマイキーの生産スキルからすると上位生産に属する。
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現在生産中です
生産状況 41%
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生産中、青空を見上げながら辺りの様子を窺がう。
周辺にはマイキー以外の冒険者の姿は見当たらない。この広大な小麦畑は今やマイキーの独占状態と言えた。
畑の遠方では麦藁帽子を被った案山子が、朝陽に眩しそうに俯いていた。
そして、二十五秒の生産時間が経過するとPB上に結果が表示される。
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【生産に成功しました】
★生産アイテム:小麦粉
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朝陽で光を反射するモニターの輝度を、コントロールパネルから調整しながら生産結果を満足そうに眺めるマイキー。ワンランクの上位生産である為、錬金術の生産スキルは0.02の値が上昇し、S.Lv2.50と為っていた。
「もしかしたら今日中にS.Lv4まで上がるかもな」
そんな希望的観測を浮かべながら再びマイキーが畑を見渡したその時だった。ふとした違和感に包まれ身体が固まる。
――何だ、この違和感――
その違和感の正体を探った時に、マイキーはある存在に気が付いた。そこには畑に悠然とその身体を晒す一体の案山子の姿が在った。麦藁帽子を被ったその愛くるしいとも言えるその姿を確かめ、今一度思考を巡らせる。
「案山子……まさかな」
明らかにその距離が近付いている。だがマイキーから案山子に向かって近付いた覚えは微塵も無い。生産中は、彼は一歩のその場から動いていない。
だとするならば、理由は一つだった。再び、マイキーが案山子に目をやると同時に大きく跳躍するその姿が飛び込む。
「あいつ……近付いてきてる」
案山子はマイキーを見据えながら、へのへのもへじと描かれたその表情をくしゃくしゃに歪め、一直線に彼へと向っていた。紐で縛られた両腕をまるで鞭のように撓らせるその姿に思わず身構える。
――敵のターゲットに引っ掛かった? アクティブなんて話聞いてない――
突進して来た、案山子の強烈な一撃を紙一重で躱すとマイキーは赤銅の短剣を手に向き直る。頭の中では必至に自らが敵の警戒網に引っ掛かったその理由を考えていた。
「そうか……もしかして。僕が小麦を採ったからか」
案山子とは畑の守り神。確かに無断で畑の小麦を刈り取ったその行為は守護者からすれば警戒に値する行為ではある。
盗人という意識は無かったが、よくよく考えればその行為は誉められたものでは無い。だが、小麦という一つの素材を入手する為に冒険者の都合上、引けない場面も出てくる。
「悪いけど……ここは引けないな」
戦闘を覚悟したマイキーは今短剣を敵に向け、攻撃態勢に入る。
敵の跳躍と共に振り回される両腕の軌跡を見切り、距離を取る。着地と同時に軸が撓り、両腕が進行方向に垂れた瞬間を狙って、鋭い斬撃を浴びせる。
切りつけられた案山子が軸を大きく半回転させ両腕を振り回しながら振り向く頃には、マイキーは既に距離を取って離れている。
冷静に敵の動きを分析する彼にとっては、ダメージを受ける要素は薄い。
トリッキーなその動きは読み難いとは云え、基本的には跳躍するその瞬間と、後は腕を振り回された時のその攻撃範囲に気を付ければ問題は無い。
無策で闇雲に突っ込みがちな新規冒険者にとっては、困難な敵と成り得るかもしれないが、そろそろ新参者というレッテルから脱却をし始めているマイキーの敵では無かった。
「死線は何度か潜り抜けてきたもんでね。この程度じゃ悪いけど傷一つ貰えないな」
揺らめく彼のギアが一段上がる。素早く切りつけるその攻撃的な動作はさらに鋭さを増し、完全に案山子はその一切の行動の封殺され、やがて小麦畑の中にその身体を埋めた。
小麦畑に残され、浮遊するのは一枚のカード。
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〆カード名
麦藁帽子
〆分類
防具-帽子
〆説明
エルムの村北部の小麦畑の守護者の麦藁帽子。
〆装備効果
物理防御力+3
ヒール時のHP回復量+1
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一面の小麦畑をただ刈るだけの楽な作業かと思っていたが、いつしか彼の額には汗が滲んでいた。
一枚のカードを手に、その内容を見つめながら苦笑するマイキー。
――なかなか楽を許してはくれないようだ――
小麦を挽き小麦粉を作る。そんな過程さえ楽しめるのがこのARCADIAという世界の仮想世界の醍醐味か。リアルを追及した生産設定には、たとえゲームとは雖も現実をなぞった筋道があるように思う。
日が暮れるまで楽しんだ生産作業は一人の冒険者の錬金術の精度をS.Lv4.00と数値まで高めていた。
夕食はレミングスの酒場で、仲間達とその一日の成果を語り合いながら温かな食事を取る。
暫く、戦いに明け暮れていた冒険者達にとってもこの穏やかな休息は良い骨休めだった。