〆第五章『錬金道』
(『生命の樹』撮影者:マイキー)
錬金の極みを求めるならば人始の歩みを遡るが良い
生命の樹――何故ならそこに一つの答えが隠されているのだから
(パウロ=アルメデウス『錬金創誌』より)
■創世暦ニ年
四天の月 土刻 1■
蒼々と映る世界の姿は変わらず。数日を置いてARCADIAの世界へログインしたマイキーを迎え入れたものは変わらぬ世界の姿だった。悠久の世界に身を晒し、その感慨を確かめるように頷く。一呼吸で得られる澄み渡った空気の流動が酷く心地良い。
波に揺られながら彼が訪れたのは始まりの地、イルカ島。懐古さえ覚えるこの地方を再び訪れたのはある目的の為だった。
「久し振りね、島に戻るの。でも、お店空けて来ちゃって大丈夫かな」
「女神像の復興金は集まったみたいだし。店の運営は出来るんだけどな。いい機会だし、暫くは休業さ。それともお前が店番やってくれるのか」
意地悪いマイキーの微笑みに、「一人なんて嫌よ」と金髪を舞い上げて顔を背けるアイネ。
「結局、店の代理オーナー見つけられなかったしな。どいつもこいつも信用おけねぇし。一戸を任せるなんて仲間内でもなければ無理だぜ。普通に考えてな」
ジャックの尤もな意見が指し示す通り、ログアウト前にMarshe nes Abelの代理店主を探してはみたが、どうも現状実現的な案では無かった。店の経営を完全に委任出来る程、信頼のおける人物が早々見つかる訳も無く、マイキー達は已む無く休業という形で断念したのだった。
仲間との再合流を誓ったのは、ほんの数日前。だが現実での僅かな時間経過に対してこの世界では数十日の時が流れている。
「なんだが随分昔の事みたいだ。そんな感じしないキティ?」
甲板ではキティを肩車しながら、船外の光景に見惚れるタピオ。彼らもまたこの島で仲間と過ごしたそれぞれの思い出がある。それが良きにしろ悪きにしろ、一抹の感慨に耽る二人。
――ポォォォォ――
耳に鳴り響くのは汽笛の音。その澄み渡った音と共にまもなく冒険者達は入港の準備を始める。
朝陽が眩しげに輝く北の船着場に降り立つと冒険者達は背伸びを始める。胸一杯に島の新鮮な空気を詰め込んで満喫した冒険者達はオラクルゲートを潜り、船着場前の小麦畑を歩き始める。
「マイキー、そろそろ今回の目的の説明は無いのか?」とジャックが投げ掛けた質問の回答を視線で求める仲間達。マイキーはただ一言「さぁ」と首を振り、黙々と歩み続ける。
土刻の力強い大地のエネルギーを吸収した稲穂は真っ直ぐに天を指し示していた。その小麦畑の中央で案山子と戦う冒険者達を微笑ましく見つめながら彼らは緩やかな傾斜を登り、美しき緑の丘へと差し掛かる。
「これが木漏れ日の丘……か」
木漏れ日の丘に差す柔らかな陽光に手を翳しながら、その神秘的な光景に心を奪われる。この島を旅立った夜、結局マイキー達はこの美しい光景を一度も目の当たりにする事無くレクシア大陸へと船出した。
「マイキーの足元、ラヴィが擦り寄ってるよ」と微笑するアイネ。
心象に耽る中、足元をコロコロと転がりじゃれつくラヴィの姿に屈み込むマイキー。
「結局、お前とは一度も戦わなかったな」
桃色の毛並みを撫でると、ラヴィは嬉しそうにその紅瞳を輝かせその手に擦り寄る。
柔らかな優しき生物に別れを告げた彼らは再び歩み始め、ギルド前へと続く緑のトンネルを下り始める。
マイキーが目指す場所は一体どこなのか。この先のエルムの村に彼が求めている何かがあるのだろうか。そんな疑問を浮かべていた仲間達の思いを裏切るかのようにギルド前へ降り立った。
そこには変わらない長閑な光景が一同を柔からく迎え入れる。
緩やかな傾斜の先には女神像を包む花畑が広がり、冒険者を和ませる。
「いい匂い。変わらないね、ここは。何だか懐かしいよ」と胸一杯に息を吸い込んで伸びをするタピオ。
「開拓が進めば、この村も変わるのかもな」
ジャックの言葉が意外だったのか、その言葉の意味を噛み締めて表情を落とすアイネ。
「それって、ちょっと何だか寂しいね」
開拓が進む事でこの村のこの美しい景観が損なわれてしまう。彼女はそう捉えたのだろうか。隣に佇むキティは、少し俯いてからその表情に優しい笑顔を浮かべてこう呟いた。
「わたし……この村好きです」
その言葉が皆の心境の全てを表していた。
言葉を交す一同はマイキーの誘導の下、そのまま村の中央の女神像の花畑を迂回し村の入口へと足先を向ける。
入口からは笑顔で談笑する子供の冒険者団がマイキー達とすれ違う。何気なくすれ違った彼らの姿を見てふと視線を落とす一人の仲間の仕草をマイキーは見逃さなかった。
それにしても、レクシア大陸からこの島へと舞い戻った理由は一体何なのか。依然、仲間達はマイキーの真意を探れずに居た。
「あれ、エルムの村に用事じゃないの?」
素っ頓狂な声を上げるタピオに返したマイキーの反応は無言だった。まるで、いつもの事だと云わんばかりにタピオの肩に手を掛け首を振るジャック。
薄暗い絶壁の洞窟に迷う事無く足を掛けたマイキーは穴道を潜り抜け、村の外へと広がる海岸へと歩み出る。澄み渡った美しい青空の下には変わり無き透き通る蒼海が広がっていた。空を舞うはクロットミットの親子連れ。その軌跡を皆が視線で追い始めた頃、砂礫交じりの海岸で当惑する仲間達を前にマイキーはPBを開くと、五つの空き瓶を取り出し皆に配り始める。
「え、ちょっと待って。この空き瓶。何に使うの?」
そんなアイネの疑問を無言で流しながら、海岸へと赴き岩場の合間で海水を空き瓶に汲むマイキー。掬い終えた海水を含んだ瓶を握り、そして皆に向き直る。
「これが今回の目的さ」
彼が手に持つものは紛れもなくただの海水。それが一体何を指し示しているのか。仲間達はいよいよを以て混乱を来たしていた。そんな彼らにヒントを出すかのように淡々と言葉が紡がれる。
「僕らがこの世界を訪れてからPBの重要なシステムで全く手を付けてないものがあります。それは何でしょう」
皆が首を傾げる中、マイキーはマテリアライズ化した海水をPBに仕舞うと素早くキーボードを弾き始める。ただただ彼のその挙動を見守る仲間達の眼前に浮かび上がる一筋の光。
それは先程海水を掬った空き瓶だった。光に包まれ今ゆっくりとマイキーの周囲を回り始める海水を詰め込んだ瓶。緩やかな回転から、次第に速度を速め高速へ。残像が一つの線として繋がった時、瞬く閃光と共にそこには一枚のカードがマイキーの掌へと舞い降りていた。
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〆カード名
海塩
〆分類
アイテム-素材
〆説明
海水を蒸留して作り出した塩。ミネラルや各種ビタミンが多量に含まれている。
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手に取ったカードをひらひらと振り、皆へとカードを手回しする。
「海水から海塩を作ったのか……でもどうやって」
ただただ起きた現象に当惑するジャックを前にマイキーは溜息を吐く。
「これ生産って言ってさ。RPGでは定番だけど、プレーヤーが素材を掛け合わせてアイテムを作り出す事が出来るんだよ。今やったのは錬金術。海水から海塩を作り出すのは生産表の中でも最も簡単なレシピさ。これから暫くはこのエリアで色んな生産スキルを磨きたいと思う。それが今回の目的さ」
手渡された空き瓶を前に表情を輝かせる一同。
「やる事は単純。今回は土刻の二十四日間の生活の中で、それぞれが自由に生産スキルを上げる。皆、それぞれ目標を決めた方が分かり易いな。ちなみに僕の目標は錬金術の生産スキルをS.Lv10まで上げる事。今は何の事だか分からないと思うけど、生産に触れながらそれぞれの目標を決めるのがいいと思う」
マイキーの言葉に頷く一同。
新たに開けた生産という名の余興は一体どんな楽しみを齎してくれるのだろうか。
■第五章 連載再開のお知らせ
ARCADIAをご覧の皆様、いつもありがとうございます。
大分、期間が開いてしまいましたが、何とか公開段階に漕ぎ着ける事が出来ました。
第五章ですが、少しのんびりとした展開で生産をテーマに進める事になります。執筆途中、テーマに徹底し過ぎて逆に内容が無くなりボツにしようかとも思ったのですが、折角なので再構成して公開に踏み切らせて頂く事にしました。イメージ的には今回は生産に纏わるショートストーリー集と思って頂ければ幸いです。
更新ペースについては基本毎日更新で考えています。以上、簡易な報告となりましたが、第五章も宜しくお願い致します!