ピクニック
俺が転生して丁度三年が経った頃。
「さあ!あなた、ヴァンちゃん、レティーナちゃん!準備はいい?」
今日は俺とレティーナの誕生日ということでピクニックに行く予定になっていた。
「はいは〜い。ちょっと待ってくれ」
そう慌ただしく返事をしたのは父さんだ。
「全く、しっかりしてほしいわ。ねぇ、ヴァンちゃん」
「あ、ああ。全くその通りだ」
父さんは今日が楽しみすぎて、夜更かしを超えた徹夜をしてしまったらしい。
ちなみに俺は二歳後半から言葉を話せるようになっている。
レティーナも同じ頃から話せるようになっていた。
「ママァ、まだいる?先行かないでよ」
レティーナもまた、楽しみにしすぎていつもより二時間も遅く起きていたらしい。
「早くしないと置いて行くわよー」
「「ええっ!」」
ドドドドと音と共に、二人の叫び声が家から耳が痛くなるほど聞こえてくる。
さっきとはまるで別人の動きだ。
「はあ、最初からあの勢いでできないのかしら」
母がそうぼやいていると、家のドアがバンと開けられ、レティーナと父さんが同時に飛び出てきた。
「はあ、はあ、お待たせ……」
「ママ、ごめん……なさい」
ピクニックに行く前から疲れてどうする。
二人とも息を切らし、肩で呼吸をしている。
「少し、休憩を」
「さあさあ!時間が押してるの!早く出発するわよ!」
「ちょ、待っ」
「ええー」
絶望に取り憑かれたような顔をしている二人と共に、俺達はピクニックの予定地へと向かった。
馬車に乗り込んだ俺達は外の景色を見ながら、目的地への道を辿る。
外には草花が広がり、緑の絨毯を敷いている一方で、遠くを見ればゴツゴツとした岩場が目立つ岩山がそびえ立っている。
そんな景色を見もせず、父さんは先ほどの疲れにより、いびきをかいて寝ている。
「ねぇ、ママ。私も寝ていい?」
レティーナが目をこすりながら言った。
「ほら、昨日遅くまで起きてるから!もう、しょうがない子ね。はい、ここで寝なさい」
「ありがとう。ふぁあ〜あ」
あくびをしながら、母さんが敷いてくれたタオルケットの上でレティーナは眠り始めた。
これで起きているのは俺と母さんの二人だけだ。
「ヴァンちゃん。ちょっといい」
外の景色を眺めていると、母さんが隣に座り、話しかけてきた。
「ヴァンちゃんって、三歳のわりに凄くしっかりしてるし、言葉も上手に喋れる。もしかして」
その瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。
転生者と分かってしまえば、今までの生活が送れなくなる可能性があるからだ。
「な、なに?」
少し上ずった声で返事をしてしまった。
一瞬という時間がゆっくりと流れていく。
たらーっと汗が流れ出した。
そして、母は自信に満ちた顔でこう言った。
「天才なのかしら!」
俺の心配は杞憂だったようだ。
「だって三歳でこんなに喋れる子見たことないわよ!しかもこの歳で大人っぽさもある!レティーナも、ヴァンちゃんと同じくらい喋れるし。二人とも天才ね!ママ嬉しい!」
「母さん。声が大きいぞ。二人が起きたらどうする」
「あら、私としたことがつい……」
母さんはたまに子どものことを語る時は、熱くなってしまうことがある。
自分の子どもを自慢するのは悪いことではないのでまあいいが。
そんなこんなあって、一時間後。
俺達は目的地であるナハープ高原へと辿り着いた。
「さあ!着いたわよ、あなた、レティーナ!起きて起きて!」
「ん、もう着いたのか」
「ふぁあ〜。おはよう」
完全に覚めきっていない目をこすりながら、父さんとレティーナが馬車から降りる。
本当にこの二人の行動は面白いくらい一緒だな。
やはり親子ということか。
「ここを少しだけ登るのか?《飛翔》を使えばすぐじゃないか」
「なに言ってるの。自分の足で登るから楽しいんじゃない」
これからの予定を確認した父がそう文句を言うが、母の言葉にあっけなく折れた。
「まあ、それもそうだな。よし!大地を自らの足で踏みしめ、頂上へ!」
こうして俺達は、頂上へと足を運んだのだった。
――十分後。
「はあ、はあ。待ってくれい。速いぞぉ、皆んな」
最初に根をあげたのは父だった。
「父さん、まだ十分だ。もう少しだから頑張れ」
「パパ、あとちょっとよ。頑張って」
俺は父の後ろから、レティーナは母におぶされながら父を励ます。
「よ、よし!あと少しなら頑張っちゃうぞ!」
息子達に励まされ、やる気が再び漲ってきたようだ。
「うぉおおおおおおおおおお!」
ダーッと土煙を上げながら、一気に坂を駆け上がっていく父さん。
息が切れるぞ。
案の定、五十メートル先くらいで手を付き、はあはあと肩で息をする父さんだった。
「く、息子達が応援しているんだ。これくらいで……負けん!」
再び走り出す父さん。
そして更に上に登った瞬間、
「ひゃぁあああああああああ!」
父さんの叫び声が聞こえた。
俺達は急いで父さんの元へ駆ける。
「どうしたの!あなた!」
「見てくれ!これを!」
父に言われ、前を眺めると。
「わぁ〜っ。綺麗!」
「綺麗だな」
「綺麗な景色。あなたが叫ぶからビックリしちゃったじゃない」
「すまない。つい」
俺達の視線の先には、サルガムの街が一望でき、帝都屈指の火山であるボルテージ火山がある。
更に眼下に広がるは道中の草花とは比べ物にならないほど、雄々しく生える草花。
まさに絶景と呼ぶに等しい光景が、そこに広がっていた。
そしていつまで見惚れていたか、母が話を切り出した。
「さあ!景色もいいし、ここでお弁当にしましょう!」
俺と父が協力してランチョンマットを敷き、その上に弁当箱が置かれた。
その蓋をあけると、
「うぉおっ!?凄え!」
「え、何これ!?美味しそう!」
帝都ベズドラから取り寄せたデルドサーモンの塩焼き、メルロルン産の鶏から取った卵を使った玉子焼きやコケー鳥の唐揚げなど、庶民的であったが、それは家で食べる料理に負けず劣らず美味しそうにできていた。
「では、手を合わせて」
「「「いただきます!」」」
まずは、唐揚げを口に運ぶ。
パリッ、ジュワッ。
口に入れた瞬間に、歯ごたえのある皮がその存在を誇張し、肉に歯を入れれば内に閉じ込められている肉汁が口の中に溢れ出した。
続いて玉子焼きを食する。
出汁が効いていて、食感もふんわりしている。
最後にデルドサーモンを皮ごと一気に食べべる。
パリッと皮が裂ける音が口の中で響く。身はしっかりと締まっていて肉厚、塩加減も絶妙だ。
これは美味い。
箸が止まらぬ。
見れば父とレティーナも箸を高速で動かして、おかずを取っている。
そして次々とおかずは無くなっていき、わずか三十分で昼食は終了した。
「うぷ。お腹いっぱい」
「もう、食べられない」
二人とも、腹を丸くして地面に寝そべっている。
母さんはそんな二人を嬉しそうな顔で見つめている。
俺も含め、怒涛の勢いでおかずを食べまくった。
当然、腹は膨れるだろう。
「なあ、ちょっと昼寝しようぜ。皆んなで」
父が提案する。
「いいわね!じゃあ、皆んなでお昼寝ね!おやすみ」
母は速攻で寝始めた。
日々の疲れが溜まっているのだろう。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人とも寝だした。
俺も寝るとするか。
俺はゆっくりとまぶたを閉じ、ちょうどいい眠気に身を任せた。
――
いつまで寝ていたのだろうか、目を開ける。
そこに広がっていたのは先ほどまで俺達がいた草原は無く、あたりが火の海に包まれていた。
「一体何が……」
「どうもこうもないわ」
声がした。
右を向けば、見覚えのある一人の女性が立っている。
髪は濃い青色、瞳は黒色をしている。
邪信徒長ノルターニャだ。
「何故お前がここに?転生したんじゃなかったのか?」
「私は転生したわ。貴方も転生できたようね。それにしても、なんて小さいのかしら」
「うるさい。当たり前だろう」
言い合っていると、ザッと誰かが立つ音が聞こえた。
そいつは女だった。しかし、闇のもやに隠れて、顔が見えない。
「貴様がやったのか?」
俺は尋ねる。
しかし相手は無言。
「だったら、無理矢理にでも吐かせるまでだ」
「せめて自白の魔法でやればいいのに」
「駄目だ。こいつは俺達の日常を壊した。強めのお仕置きをしてやるだけだ」
「そう、それなら大丈夫ね」
ノルターニャは腰から剣を抜く。
それは滅尽剣ファイエンボスではなく、普通の鉄剣だった。
「《紅炎殲滅灰燼龍》」
紅き龍が、女に向かって迫る。
一度放てば、一軍を滅ぼすほどの魔法が奴に着弾する。
そしてそれに追撃するように、ノルターニャが未だ燃えている女の懐に踏み込む。
「はぁっ」
右斜め上に振るわれる鉄剣。
しかしそれは奴が後ろに飛んだことで、空を切る。
「少しはやるようだな」
俺は幾重にも魔法陣を形成し、一つに重ねていく。
そしてその魔法陣は一つの大きなものへと変化した。
「だが、これはどうだ」
ある大魔法が行使されようとした瞬間、
「ヴァンちゃーん!起きなさーい!」
世界に大きな声が響き、真ん中から眩い光が発生した。
完全に光に世界が覆われると、そこにあったのは弁当を食べていたあの場所だった。
草花もそのままで燃えていない。
夢だったのだ。
「ねえ、お兄ちゃん」
右から声がかかる。
振り向けば、レティーナがいた。
「何か夢を見た?」
「あぁ、とても嫌な夢だ」
「あっそ」
そう言ってレティーナはすたすたと歩き去って行った。
あくびをし、伸びをすると残っていた眠気が吹き飛んだ。
そして散歩をしようとすると、前に人影が現れた。
父さんだ。
「なあ、ヴァン。遂にこの時が来た。お前に我が秘奥技である《地昇突天落押潰》を教える時がきたようだな」
ほう。そんな魔法があるのか。
「さあ、お前にこの魔法が習得できるかな」
そんなに難しいのか。
「これが俺の魔法、《地昇突天落押潰》だ」
そして父が魔法陣らしきものを描こうとしたその時、
「何してんの!」
母の怒号が響き渡った。
「私言ったわよね!あなた個人でそういうのをするのはいいけれど、子どもにそういうのを教えるのはやめてって!」
「だって、子どもに俺の魔法を教えたくなるのは当然じゃないかぁ!」
父さんは泣きながら、母に襟元を掴まれずるすると引きずられていく。
父さんはただの厨二病だったようだ。
二人を見ていると、レティーナが話しかけてきた。
「ねえ、見てみて。珍しい蝶々」
彼女の視線の先には、羽が赤黄緑をしている蝶々が空を舞っていた。
確かこれはサンショクチョウという名前だったはずだ。
なんでこの適当感満載の名前かというと、これが発見された当時は戦争で、名前を決めるどころではなかったので見た目からサンショクチョウという名前が付けられたのだ。
サンショクチョウはひらひらと羽を動かし、森の方へと向かって飛ぶ。
「あっ、待って!」
レティーナはそれを追って、どんどん森の奥へ入っていく。
俺は心配なので、付いていくことにした。
レティーナが蝶を追って五分。
蝶があるところで止まり、宙を舞い始めた。
「ほう。まさかこいつがいるとはな」
その蝶の下にはある巨大な生物がいた。
ドラゴン。
この世界に存在する爬虫類最強の種族。
竜族と呼ばれる彼らは、太古に世界を支配していたという。
また、前世では度々ドラゴンが俺に襲ってきたのでその分狩ってやった。
いつも同じ方法で。
「ひぃいいい……。た、助けてててて」
彼女は恐怖でガクガク震えている。
そして。
白い巨軀を持つドラゴンが、その赤い目を開かせた。
「グル……。ギャォオオオオオオオオ!」
大気が震撼する。
竜の咆哮が空気を揺らし、聞いた者の精神をも壊さんとばかりに、全ての生物の源であり魂たる魂源に直接響く。
「ああああああう……。マ、ママァ!パパァ!うわぁああああ!」
レティーナは超速で母さん達の所へ戻っていく。
それをドラゴンは見逃すはずもなく、銀爪で迫ろうとするが。
「貴様の相手は俺だ」
俺が彼女の前に立ちはだかり、竜から守る。
そして、レティーナの姿が見えなくなると、
「おい、トカゲ。お前はどれだけ俺を楽しませてくれるのだろうな」
前世の力を解放し、奴に殺気を放った。
ガタガタバリバリと魔力のぶつかりによって暴風が吹き荒れ、稲妻が発生する。
流石に父さんと母さんも気づくだろう。
「ガァ、グォオオオオッ!」
竜がその巨軀の割に素早い動きで、俺に肉迫する。
ヒュンッと空を切り、銀爪が振るわれる。
俺はそれを跳躍して躱す。
「カーッ」
竜専用の魔法、《竜火炎息》の炎が空中の俺を襲う。
「ふん。《絶守障壁》」
俺の四方に半透明の壁が張り巡らされる。
それは火炎を易々と防ぎ、かき消した。
「ウゴォオオオオ!」
竜の爪が白銀に輝く。
そこから三つの爪線が放たれるも、また空振る。
《空間転移》で竜の後ろに移動したためだ。
竜が咄嗟に後ろを振り向こうとするも、俺は既に奴の背中に手を当てていた。
「遅いぞ。《火炎放射》」
薄赤色の炎を奴の体内に放つ。
それは次第に温度を上げていき、外から中の炎の赤色が見えるまでになっていた。
「ウゴゴッ!ガァッ!」
やがて。
所々から火が上がり、竜の体が燃えていく。
「ウゴォ……」
しばらくして、竜は絶命した。
いつも通りに竜を狩れた俺は、周りを見回す。
辺りには誰もおらず、竜の体が焼ける音がパチパチと響くだけだ。
「おい!ヴァン、無事か!?」
「ヴァンちゃん!大丈夫!?怪我は!?」
しばらくすると、父と母とレティーナが走りながら駆け寄ってきた。
俺の姿を確認すると、二人とも涙を浮かべながら俺に抱きついてきた。
「よかった!よかったぞ!心配したんだぞ!」
「ドラゴンが現れたって聞いて、もう私……ヴァンちゃんに何かあったらどうしようと。ひっく」
なんだか照れ臭い。
「はあ、はあ。待ってよぉ!」
遅れてレティーナも走ってきた。
膝を持ち、はあはあ言いながらも彼女は俺に聞いてきた。
「そ、そういえば。ドラゴンは?あのでっかいのは?」
「アレは、あそこで焼肉になっているぞ。竜の肉はあまり美味しくはないが、食うか?」
「「「え!?」」」
三人の声が同時に発せられた。
「な、なあヴァン。お前、竜を倒したのか?」
「私はてっきり、竜が空へ飛んでったのかとばかり」
「お、お兄ちゃん。凄い」
当然の反応だ。
三歳の子どもが竜を倒したのだ。
そりゃ、誰だって驚くだろう。
転生者とバレてしまう可能性は大だが、この家族なら大丈夫だと、今回のピクニックで分かった。
なのでバレても後悔はない。
「やっぱり、ヴァンちゃんって」
母が神妙な面持ちで口を開いた。
「天才ね!」
「あぁ、そうだ!なんたって俺の子だぞ!天才に決まっている!」
「レティーナも天才だけど、ヴァンちゃんも天才って今はっきり分かったわ!竜を倒しちゃう三歳なんて聞いたことないわ!帰ったらパーティーをしましょ!」
「私も準備する!」
「俺もやるぞ!」
こうして、ピクニックは幕を閉じた。
俺はずっと帰りの馬車で、終始家族に竜の話を聞かせ続けるのだった。
やっぱり勇者は強かった。
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