三十年後
帝都ベズドラから離れた辺境の地、サルガムの村の地方産婦人病院にて、双子の兄妹が生まれた。
父はサルガムを治める領主のガルパ・レジスト、母はレイナ・レジストだ。
レイナは自分の息子達の顔を見て、微笑みながらこう言った。
「ねぇ、あなた。名前はなんにしましょう」
「そうだなぁ……っ。男の子の方は、強く、たくましく育って欲しいからヴァン。女の子の方は美しく、清らかで優しい子に育って欲しいからルティーナ。どうだ、いい名前だろう?」
「うふっ。あなたらしい名前のつけ方ね。いいんじゃない」
そんな談笑が続く中、新生児の一人、男児の方の意識は明確にあった。
双子の兄として生まれ変わった俺、勇者ヴェイロンは再びこの世に生を受けた。
もっとも、今世での名はヴァンだが。
母のレイナという名は俺の娘の名前だ。魔力といい面影といい間違いない。つまり俺は、自分の娘の子。即ち、前世の俺の孫として転生したのだ。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
「あう〜。んあ〜っ!」
ふむ。予想はしていたがやはり声は出ぬか。
俺の声に気がつき、両親が俺に優しい視線を向ける。
なんか、くすぐったいな。
なんせ、前世ではこんな体験したことなかったからな。
先の大戦で俺の父は先代勇者として散り、母も工場で亡くなった。
俺は母の死ぬ間際に産み落とされたらしい。
ただあの頃の記憶として残っているのは、生まれた瞬間に見た、母の涙に濡れた顔だけだ。
なかなかどうして不思議だな。赤子の記憶などすぐ消える。それでも残っているのは、やはり本能というものか。
母を認識しようとする人間のな。
「ん〜?大丈夫かしら?」
「どうした?レイナ」
「いや、ヴァンちゃんが少し悲しそうな顔をしている気がして」
「ハハッ。気のせいだろ。まだ赤子だぞ?今の段階で喜怒哀楽の表情ができるなんて天才だよ。お前は気にしすぎだ。」
「そうよね。気にしすぎよね」
「そうだよ。昔からレイナはそういうとこがあるからな。ま、そこが可愛いんだがな」
「もうっ、あなたったら」
目の前でイチャイチャが繰り広げられる。
子どもの前でこうもイチャイチャするのもどうかと思うが。
「あうう〜。きゃっきゃっ!」
唐突に妹も構って欲しそうに声を上げた。
「あ〜ごめんねごめんね。レティーナちゃんも生まれてきてくれてありがとう」
そう言うと、母はレティーナを抱き、高い高いをし始めた。
別に羨ましいとかではないが……少し楽しそうだな。
「あうぅー。ばっば」
俺も高い高いをしてもらうべく声を上げる。
「あら、ヴァンちゃんまで。あなた、抱いてあげたら?」
「おう。そうだな」
え。いや、違う。父さんじゃない、俺が抱いて欲しいのは母さんだ。
「ほーら、ヴァン。高い高いー」
彼が俺を空へ持ち上げる度、俺の視界は父の顔のところまで上がる。
「あうーっ」
「あら、ヴァンちゃん嫌な顔をしてるわよ。あなた、嫌われちゃった?」
すると父の顔が、ショックの色に変わった。
「え!う、嘘だろ……なぁ?ううう」
彼は泣き出してしまった。
別に嫌いというわけではないのだが、なんか母親に抱いてもらいたい気分なのだ。
「うううう。俺は、俺は、グスン」
なんか可哀想になってきたので、俺は笑顔になる事にした。
「あー。うっうっ。あだー」
「あなた、もう一度やって欲しいって」
すると父の顔色がすっかり良くなり、
「よし来た。ほーら、高い高い!」
先程より高く俺を上げた。
「あっだぁ。きゃっきゃっ。あぶーー!」
「良かった。喜んでるみたい」
「はっはっは。先刻はお前の勘違いだったようだな。俺が自分の息子に嫌われるはずがなかろう」
父さんは調子に乗ると、口調が変わるらしい。
なかなか賑やかな家族だな。
こうして、俺は家族の一員となった。
―― 一ヶ月後、俺達は医師のお墨付きを貰い、退院した。
ここらでは貴族御用達の帯電気自動車などはなく、まだ馬車が主流だ。
心地よい馬車の揺れに身を任せていると、この村で一番大きいであろう家が見えてきた。
あれが今から俺達が暮らす家だろう。
豪奢な作りだが、それでいて庶民らしさも感じられる不思議な家だ。
「着いたぞ。さぁ、ここが今から俺達が暮らす家だ」
俺達は家の門へ近づいていく。すると、門がギギギと音を立てて開いていった。
開いた門から出てきたのは、おそらくガルパの召使いであろう。
彼女等は一列に並び立ち、綺麗な角度で礼をした。
「「「お帰りなさいませ。ご主人様」」」
そう恭しく接する彼女等に父は言った。
「そうかしこまらなくていい。一応召使いという立場だが、俺達は友達だからな」
すると召使いのリーダーである三十代半ばの女性が口を開いた。
「恐れ多くもご主人様、ご進言の許可を賜りたく」
「別にいいが、それをやめてほしいな」
父は苦笑する。
「いつもならば、お言葉に甘え、砕けた感じで話すこともできましょう。しかし、お子様がお生まれになられたからには、はっきりと区別をつけるべきかと。主人と召使いの区別を」
「何故だ」
「お子様の成長に関わるからでございます。この子達がやがて学院機関に入れば、上下関係が大事になります。私達がいつも通り砕けた感じで話していれば、この子達は上下関係がわからないまま学院生活を過ごしてしまいます。それはあまりにも可哀想です」
「まぁ、一理あるな」
なかなかギリギリの言い分だが、父は納得したらしい。
「故に我々は友達としてではなく、召使いとして過ごさせていただきます。では」
そう言うと彼女は列へ戻っていった。
気のせいだろうか、列に戻る時彼女の目がこちらを見ていた気がする。
「お入り下さいませ」
俺達はまず家の主要敷地、リビングへ向かう。その途中、
「さっきの奴、ミロルってんだがな。どうも馬鹿真面目でよ。まぁ、しばらくすれば元どおりの態度になるだろう」
彼女について教えてくれた。
「あれはちょうど……七年前だったか。彼女が家を訪ねて来てな、いきなり土下座したんだ。ここで働かせてくださいってな。初めは断った。だって俺は家柄は良くたって勇者の娘の夫ってだけだ、そこらの人間と変わんねえよ。んでまぁ、何回も来ては断り、何回も来ては断りの繰り返しだった。最終的に根負けする形で採用したんだ。って、こんな事言っても分かんねぇな。何言ってんだ俺」
父はさっきのミロルの態度に動揺しているようだ。今までこんな事は無かったのだろう。
だが、なるほど。ミロルは自ら雇って欲しいと頼みに来たのか。
しかし一つ解せぬものがある。何故そこまでしてこの家で働きたかったのかという事だ。
父と元々関係がある可能性が高いだろう。
色々考察していると目的のリビングへ到着した。
そこには先程のミロルが居た。
「では、改めまして。ご主人ガルパ様、夫人レイナ様、そして新たに加わったご子息様ヴァン様、レティーナ様。ご無事でお帰りになられました」
まるで屋敷内の召使い全員に伝達するように言ったミロルは、ある魔法を発動した。
「《祝福塵芥》」
これは婚儀や出産祝いなどに使われる魔法で、この粉に触れると一生元気で過ごせると言われている。
キラキラと黄金の粒子が、俺達を祝福するように纏わりつく。
「きゃっきゃっ。うっうう〜」
レティーナはなにやら興奮しているようだ。
「うきゃぁああああっ!」
レティーナが叫んだ瞬間、ボンッ!と粉が弾けた。
それに呼応するように俺、父さん、母さんに纏わりついていた粉もどんどん弾けていった。
「くす。レティーナ様、ヴァン様、二人の魔力が共鳴を起こし、粉を吹き飛ばしたのですね。素晴らしいです。この二人は将来、有望な魔法使いになれるでしょう」
この粉を吹き飛ばすと優秀な魔法使いになれると言い伝えられている。あくまで伝承と噂なので確証はないが。
「続いてはお食事の方に参りましょう。どうぞお楽しみ下さい」
ミロルが指をパチンと鳴らす。
すると厨房に繋がる扉が開き、豪勢な料理が運ばれて来た。
今夜のメニューはサルガムで採れた新鮮な野菜を使ったドレッシングサラダ、帝国内でも大変価値のある鶏肉、コケー鳥の唐揚げ、ガスピ海で釣れた特大ウマグロの刺身と豪華絢爛であった。
勿論、俺達は食べれるわけもなくミルクだが。
「うん!美味い!これはいけるぞ!唐揚げを噛むごとに肉汁が溢れ出て、肉質もジューシーで最高だ!」
「あら!こちらのサラダも美味しい!野菜がみずみずしくてシャキッとしてる!このドレッシングもいいわ!」
山程あった料理は、次々とその高さを減らしていく。
「「マグロも美味しぃいいいいい!」」
本当に美味そうだな。昔はこんな料理は見たことない。争いがなくなった分、料理も様々な発展を遂げたのだろう。
ぎゅるるるー。
俺とレティーナの腹が同時に鳴った。
「あらあら!お腹すきましたね!はい、ミルクよ!」
味の薄いミルクを飲みながら、俺は思った。
この世界の、人々の生活が戦時中のように荒んだものではなく、豊かで幸せなものになっていてよかったと。
勇者、転生後の生活に感動する。
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