表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スイカとメロン

作者: tk

pm10:00 スイカ宅

「俺はダメな奴だなあ…」

 俺は自室のパソコンの前でそう呟いた。俺の名前はスイカ、今年で35になる、保険会社の落ちこぼれだ。今日も残業時間で終わりきらなかった仕事をしている。


「メロンとどこが違うのかなあ…」

 俺の同期にはとびきり優秀な奴がいる、それがメロンだ。メロンは何をしても優秀だ。営業ではトップで、残業をしている所なんて見たことがない。仕事仲間もみんながメロンを頼りにしている。プライベートでも、かわいい奥さんと娘さんがいる。


「世の中才能が全てなんだろうな、まったく理不尽な世の中だ」


『そんなことないよ!』

 俺以外いないはずの空間なのに、男の子の声が聞こえてきた。


「だ、誰だ!?」

 思わず声が裏返ってしまった。

『僕は幽霊のユウ君だよ。君に心の大切さを知ってほしくて出てきちゃった』

「ゆ、幽霊?それに心の大切さってどういうことだ!?」

 子どもの頃は霊感が強く、幽霊を見てはよく泣いてたな。確か高校に入ってから幽霊を見ることがなくなったっけ。

『ここで話をしても、君はすべてを理解できないと思うよ。だから、実際に体験してみよう』

「体験?なにをす―」言い終える前に俺の体に異変が起きる。体の力が抜けていき、最後には瞼を開ける力もなくなった。



Am8:00

『起きて、スイカ君』

 眠気で重いまぶたをゆっくりと持ち上げた瞬間、衝撃を受けた。

「体が浮いてる!?あれ、俺って死んだっけ!?」

 一瞬で眠気が吹き飛んだ、混乱が収まる前に声が再び聞こえてきた。

『こんばんは、スイカ君』

 目の前には小学6年生ぐらいの男の子が浮かんでいた。どこかで会ったような気がするが気のせいだろうか?

『君に心の大切さを知ってもらうために、一日限定の幽体離脱をしてもらったんだ』

 確かに下をみれば俺の体があった。よだれを垂らしながら、半目で眠っていた、恥ずかしいな。

 

 幽霊のユウ君に説明によると、一日限定の幽体離脱らしい。

「心の大切さを知ってもらう?どうやって?」

 するとユウ君は待ってましたという顔をして説明をはじめた。

『君はメロン君に対して間違った認識をしているよ。君は才能で全てが決まると諦めている。それはとってももったいない!』

 ユウ君は興奮した表情で続けた。

『だから今からメロン君の所に飛んでいこう!さあ、はやく‼』

 ユウ君はそう言い俺の手を掴み、強引に引っ張っていった。



 am8:30 職場

 俺たちが職場に着くと、メロンは仕事の準備に取り掛かっていた。

 それを見たユウ君はポケットを、ゴソゴソしだした。『あ、あった』どうやら探し物を見つけたらしい。それを俺に見せてきた。なんだこれ、イヤホンか?

『スイカ君、これはね他人の心が聞こえるイヤホンなんだ』

『今からメロン君の心を聞くから、耳につけて。今日の仕事の終わりまで聞いてみて、後でもう一度話をしよう』

 ユウ君はそう言うなりどこかに消えていった。



 pm17:00

 俺は時間を忘れてメロンの心の声を聴き続けた。やはりメロンはすごい奴だった、なんというか、俺に比べてあまりにもマイナスの心の声が少なかった。

メロンの心に埋めつくされていることは、圧倒的に優しい言葉が多かった。

(幸せだなあ)や(楽しいなあ)のような明るい言葉から、(ブドウ君の調子悪かったなあ、あとで声をかけてみよう)(リンゴちゃんの誕生日が近いなあ、何を渡そうかな)のような他者のことばかり考えていた。

 中には(ドリアン課長、相変わらず臭っせえな)なんかも考えていたが、あれは仕方がないだろう。


 メロンは何故こんなに優しい言葉が多いのだろう。

 俺が仕事中考えていることは、面白くない・早く終わらしたい・課長臭っせえな、などが圧倒的に多いだろう。

 やはりメロンは特別な人間なんだろうか?


 考えても、考えても答えは見つからなかった。

(やはり俺はダメなや――)いつもの思考回路になろうとした時、遠くの方からユウ君が

飛んできた。

『どう、メロン君のことを知れた?』

 俺の顔を伺いながら問いかけた。

「ああ、嫌というほど知れたよ。やはりメロンはすごい奴だったってことをな…」

 俺は続けて疑問を口にする。

「でも結局俺に何を伝えたかったんだ?俺はメロンとは違う、メロンのような優しい言葉ばかり考えるなんて出来るわけない。俺は卑屈で自己中心的なつまらない人間なんだ!」

 俺の言葉を聞き、本当にわからないという表情をして聞いてきた。

『スイカ君はなんで、メロン君みたいになれないって思うの?』

「当たり前だろ、簡単に性格を変えるなんて出来るわけ――」

『出来るよ!!』

 言葉を遮るように、ユウ君は大声で答えた。その後、ユウ君は慎重に言葉を選ぶように続けた。

『君の言い分なら、メロン君は昔から優しい人間だった、ってことになるんだよね?』

「そうだろうな、あいつは昔から立派な人間にだったんだろうな」

『残念だけど、そんな人間は存在しないよ。メロン君は昔、暴走族のリーダーだったんだよ?』

 自分の耳を疑った。あのメロンが?

『暴走族の時のメロン君は、とっても荒れていたんだ。毎日が退屈で人を傷つけることや困らせることが、唯一の楽しみだった時期があったんだよ』

『そんな時期に、いつものようにコンビニでエロ本の万引きをしたんだ』

 あいつ、そんなことまでしてたのか…なんか残念なやつだな。

『その本の中身がエロ本じゃなかったんだ。タイトルはたしか…「暴走族でも幸せになれますか?」だったかな。自分の境遇と似ていたから、とりあえず読んでみたんだろうね。メロン君は読み終わると、静かに涙を流したんだ。』

『それからだね、メロン君が優しい言葉を使い始めたのは…』


『…ところでスイカ君は筋トレってしてる?』

 ユウ君は突然話を変えた。もちろんしていない。

『だよね、僕も三日と持たずに辞めちゃうよ…。そうじゃなくて、僕が言いたいことは、心も筋肉と同じなんだよ。心に良いことを繰り返し、繰り返し考えることで心は鍛えられる。反対に、心に悪いことを繰り返し考えれば心は弱くなる』

『メロン君は本を読んだときから毎日毎日、心を鍛え続けたんだ。君は才能が全て、って言ってたけれどそれは違うよ。あえて言うなら、心の習慣なんだ!』

「………」

 ユウ君の言葉を聞いて、言葉を失った。

 俺はいつも何を考えていた?

 ――俺はダメな奴だなあ…

 いつからこんなことを考えるようになっていた?

 昔の俺はもっとカッコよかったはずだ。

 …いや、今からでも遅くないはずだ、俺は変わる。自然と両手を固く握りしめていた。

 


pm9:55

 一日体験の幽体離脱も残り少しになってきた。

 俺はユウ君に伝えたいことが山ほどある。

「ユウ君、俺もメロンのようになれるかな?俺はもう一度やり直してみるよ。メロンのような優しい心をもって、幸せになってみようと思う」

 ユウ君は優しい表情で答えた。

『君なら出来るよ。だって今の君は、心の大切さを知ったんだから』

「ありがとう、ユウ君。心の在り方でこんなに世界が変わるなんて思わなかったよ…」

 それから僕たちの間に沈黙が続いた。

「…それと、ずっと疑問だったんだけど、俺とユウ君はどこかで会ったことある?」

 ユウ君はびっくりした顔をした。

『スイカ君、あの時のことを覚えて――』


pm10:00

 俺は長い眠りから覚めた。

 ユウ君は見えなくなっていた。結局、ユウ君は誰かわからなかったな。

 でも、ユウ君には死んでから会いに行こう。

 それまでは、幸せに生き続けよう、この優しい世界を。



 20年前 公園

 僕はいつものように泣いていました。僕の名前は祐介、先月に交通事故で死んでしまいました。今は幽霊なので誰も僕のことを見えていません。そのことが悲しくて仕方がありません。

 『ううっ…なんで僕だけがこんな目に…』

 『僕はこれからもずっと、こんなに悲しいことが続くんだろうな…』

 

 「そんなことないよ!」

 目の前にはスイカを片手に持つ少し年上のお兄さんがいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  メロンさんが、初めからできた人間ではなかったこと。そして、スイカさんも心の筋肉をつければメロンさんのようになれるという。どこかレジリエンスのイメージさせられる内容でした。 [気になる点]…
2018/05/22 11:41 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ