スイカとメロン
pm10:00 スイカ宅
「俺はダメな奴だなあ…」
俺は自室のパソコンの前でそう呟いた。俺の名前はスイカ、今年で35になる、保険会社の落ちこぼれだ。今日も残業時間で終わりきらなかった仕事をしている。
「メロンとどこが違うのかなあ…」
俺の同期にはとびきり優秀な奴がいる、それがメロンだ。メロンは何をしても優秀だ。営業ではトップで、残業をしている所なんて見たことがない。仕事仲間もみんながメロンを頼りにしている。プライベートでも、かわいい奥さんと娘さんがいる。
「世の中才能が全てなんだろうな、まったく理不尽な世の中だ」
『そんなことないよ!』
俺以外いないはずの空間なのに、男の子の声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
思わず声が裏返ってしまった。
『僕は幽霊のユウ君だよ。君に心の大切さを知ってほしくて出てきちゃった』
「ゆ、幽霊?それに心の大切さってどういうことだ!?」
子どもの頃は霊感が強く、幽霊を見てはよく泣いてたな。確か高校に入ってから幽霊を見ることがなくなったっけ。
『ここで話をしても、君はすべてを理解できないと思うよ。だから、実際に体験してみよう』
「体験?なにをす―」言い終える前に俺の体に異変が起きる。体の力が抜けていき、最後には瞼を開ける力もなくなった。
Am8:00
『起きて、スイカ君』
眠気で重いまぶたをゆっくりと持ち上げた瞬間、衝撃を受けた。
「体が浮いてる!?あれ、俺って死んだっけ!?」
一瞬で眠気が吹き飛んだ、混乱が収まる前に声が再び聞こえてきた。
『こんばんは、スイカ君』
目の前には小学6年生ぐらいの男の子が浮かんでいた。どこかで会ったような気がするが気のせいだろうか?
『君に心の大切さを知ってもらうために、一日限定の幽体離脱をしてもらったんだ』
確かに下をみれば俺の体があった。よだれを垂らしながら、半目で眠っていた、恥ずかしいな。
幽霊のユウ君に説明によると、一日限定の幽体離脱らしい。
「心の大切さを知ってもらう?どうやって?」
するとユウ君は待ってましたという顔をして説明をはじめた。
『君はメロン君に対して間違った認識をしているよ。君は才能で全てが決まると諦めている。それはとってももったいない!』
ユウ君は興奮した表情で続けた。
『だから今からメロン君の所に飛んでいこう!さあ、はやく‼』
ユウ君はそう言い俺の手を掴み、強引に引っ張っていった。
am8:30 職場
俺たちが職場に着くと、メロンは仕事の準備に取り掛かっていた。
それを見たユウ君はポケットを、ゴソゴソしだした。『あ、あった』どうやら探し物を見つけたらしい。それを俺に見せてきた。なんだこれ、イヤホンか?
『スイカ君、これはね他人の心が聞こえるイヤホンなんだ』
『今からメロン君の心を聞くから、耳につけて。今日の仕事の終わりまで聞いてみて、後でもう一度話をしよう』
ユウ君はそう言うなりどこかに消えていった。
pm17:00
俺は時間を忘れてメロンの心の声を聴き続けた。やはりメロンはすごい奴だった、なんというか、俺に比べてあまりにもマイナスの心の声が少なかった。
メロンの心に埋めつくされていることは、圧倒的に優しい言葉が多かった。
(幸せだなあ)や(楽しいなあ)のような明るい言葉から、(ブドウ君の調子悪かったなあ、あとで声をかけてみよう)(リンゴちゃんの誕生日が近いなあ、何を渡そうかな)のような他者のことばかり考えていた。
中には(ドリアン課長、相変わらず臭っせえな)なんかも考えていたが、あれは仕方がないだろう。
メロンは何故こんなに優しい言葉が多いのだろう。
俺が仕事中考えていることは、面白くない・早く終わらしたい・課長臭っせえな、などが圧倒的に多いだろう。
やはりメロンは特別な人間なんだろうか?
考えても、考えても答えは見つからなかった。
(やはり俺はダメなや――)いつもの思考回路になろうとした時、遠くの方からユウ君が
飛んできた。
『どう、メロン君のことを知れた?』
俺の顔を伺いながら問いかけた。
「ああ、嫌というほど知れたよ。やはりメロンはすごい奴だったってことをな…」
俺は続けて疑問を口にする。
「でも結局俺に何を伝えたかったんだ?俺はメロンとは違う、メロンのような優しい言葉ばかり考えるなんて出来るわけない。俺は卑屈で自己中心的なつまらない人間なんだ!」
俺の言葉を聞き、本当にわからないという表情をして聞いてきた。
『スイカ君はなんで、メロン君みたいになれないって思うの?』
「当たり前だろ、簡単に性格を変えるなんて出来るわけ――」
『出来るよ!!』
言葉を遮るように、ユウ君は大声で答えた。その後、ユウ君は慎重に言葉を選ぶように続けた。
『君の言い分なら、メロン君は昔から優しい人間だった、ってことになるんだよね?』
「そうだろうな、あいつは昔から立派な人間にだったんだろうな」
『残念だけど、そんな人間は存在しないよ。メロン君は昔、暴走族のリーダーだったんだよ?』
自分の耳を疑った。あのメロンが?
『暴走族の時のメロン君は、とっても荒れていたんだ。毎日が退屈で人を傷つけることや困らせることが、唯一の楽しみだった時期があったんだよ』
『そんな時期に、いつものようにコンビニでエロ本の万引きをしたんだ』
あいつ、そんなことまでしてたのか…なんか残念なやつだな。
『その本の中身がエロ本じゃなかったんだ。タイトルはたしか…「暴走族でも幸せになれますか?」だったかな。自分の境遇と似ていたから、とりあえず読んでみたんだろうね。メロン君は読み終わると、静かに涙を流したんだ。』
『それからだね、メロン君が優しい言葉を使い始めたのは…』
『…ところでスイカ君は筋トレってしてる?』
ユウ君は突然話を変えた。もちろんしていない。
『だよね、僕も三日と持たずに辞めちゃうよ…。そうじゃなくて、僕が言いたいことは、心も筋肉と同じなんだよ。心に良いことを繰り返し、繰り返し考えることで心は鍛えられる。反対に、心に悪いことを繰り返し考えれば心は弱くなる』
『メロン君は本を読んだときから毎日毎日、心を鍛え続けたんだ。君は才能が全て、って言ってたけれどそれは違うよ。あえて言うなら、心の習慣なんだ!』
「………」
ユウ君の言葉を聞いて、言葉を失った。
俺はいつも何を考えていた?
――俺はダメな奴だなあ…
いつからこんなことを考えるようになっていた?
昔の俺はもっとカッコよかったはずだ。
…いや、今からでも遅くないはずだ、俺は変わる。自然と両手を固く握りしめていた。
pm9:55
一日体験の幽体離脱も残り少しになってきた。
俺はユウ君に伝えたいことが山ほどある。
「ユウ君、俺もメロンのようになれるかな?俺はもう一度やり直してみるよ。メロンのような優しい心をもって、幸せになってみようと思う」
ユウ君は優しい表情で答えた。
『君なら出来るよ。だって今の君は、心の大切さを知ったんだから』
「ありがとう、ユウ君。心の在り方でこんなに世界が変わるなんて思わなかったよ…」
それから僕たちの間に沈黙が続いた。
「…それと、ずっと疑問だったんだけど、俺とユウ君はどこかで会ったことある?」
ユウ君はびっくりした顔をした。
『スイカ君、あの時のことを覚えて――』
pm10:00
俺は長い眠りから覚めた。
ユウ君は見えなくなっていた。結局、ユウ君は誰かわからなかったな。
でも、ユウ君には死んでから会いに行こう。
それまでは、幸せに生き続けよう、この優しい世界を。
20年前 公園
僕はいつものように泣いていました。僕の名前は祐介、先月に交通事故で死んでしまいました。今は幽霊なので誰も僕のことを見えていません。そのことが悲しくて仕方がありません。
『ううっ…なんで僕だけがこんな目に…』
『僕はこれからもずっと、こんなに悲しいことが続くんだろうな…』
「そんなことないよ!」
目の前にはスイカを片手に持つ少し年上のお兄さんがいた。