第26話「決意」
「あひゃははははははっ!!!」
領主ダヴィド・アングラードの心の隙に付け込み……
「力を貸す」と言葉巧みに近づき、あっさり裏切った……
ダヴィドと愛する彼の妻子を喰らい、大事な村民に暴挙の限りを尽くした人外である謎の男……
その男の、嘲笑がずっとずっと続いていた。
「ふう……」
メーリは疲れたように、大きくため息をつき、「キッ」と鋭い眼差しで男を見つめた。
と、そこへ。
いきなり「ポン」と、メーリの肩に誰かの手が置かれた。
手を置いたのは……リュウであった。
『パパ……』
驚いたメーリへ、リュウは言う。
彼女が驚いたのは、リュウの表情がひどく真剣であったから。
ふたりの傍らに居るグンヒルドも、ただならぬ気配を察して、厳しい表情を浮かべていた。
『メーリ、それにグンヒルド、悪いが……こいつは俺ひとりでやらせてくれ』
いつものメーリなら、軽く「オッケー、パパ」と快諾するだろう。
しかしメーリは、何故かあまり浮かない顔をしていた。
その理由とは、
『う~ん……こいつったら、言うだけの事はあるわ。パパには少し荷が重いかも……』
神3人の視線は、再び人外の男へと注がれた。
男は、相変わらず大きな声で笑っている。
一見、無防備に大笑いする男……
だが……全く隙がない。
このような上位クラスの人外は、実は狡猾で計算高く、冷静なのだ。
自分の力と、リュウ達の力をしっかり客観的に見て、注意深く物言いをしている。
リュウは先ほど自分へ勝ち誇った、人外の態度を思い出す。
神になったばかりの、リュウの未熟な力を容易く見透かし、完全に見下していた。
『あいつが、俺より強いのは分かってる……でも、ようは気持ちの問題さ。こんな奴を見逃してたら、俺が神になった意味がねぇ』
リュウが天界で転生し、神となった意味。
能力の制約も含め、まだまだ謎めいた部分が多い。
だが……
ひとつだけ、分かった事がある。
『勇者になった理由』も、そうだった。
妻と娘に神様の加護という『仕送り』をしたかっただけじゃない。
会社員時代には、絶対に出来なかったから……神になった今こそ貫き通す。
……現代では、頭から馬鹿にされる事が多いかもしれないが……
弱き者を虐げる、「外道や悪党を絶対に許さない!」という、愚直なまでの真っすぐな正義感……それがリュウにはあるのだ。
気合の入ったリュウの『覚悟』を感じてか、メーリの表情も真剣となる。
グンヒルドも同様だ。
『パパ……』
『リュウ、お前……』
『メーリ、グンヒルド、もしも、俺が倒れたら……悪いが、ふたりで何とか領主の仇を討ってやってくれ』
『…………』
『…………』
『心配するなっ、大丈夫! 俺は勝つ!』
『…………』
『…………』
『うん……もし勝てなくても……俺と奴の戦いが、少しは参考になる筈さ』
『……分かったわ』
『了解だ』
リュウは昔の記憶を手繰る……
……死んだあの日の朝もそうだった。
今と同じだ。
家族に迷惑をかけたくない……
心配など絶対にかけたくない。
そんな気持ちで、日々の労働の辛さなどひと言も漏らさなかった。
「行って来るぜ」と、妻と幼い娘に元気に挨拶をし、出勤した。
……だが、リュウは無残にも仕事中に倒れ、息絶えたのだ……
リュウは改めて実感する……
どうせ今迄に、二度死んだ。
大した事はないと。
領民を守ろうとしたばかりに、自分だけでなく、妻と娘まで犠牲になった……
優しい領主ダヴィドの無念さを思えば、リュウには、死ぬ覚悟などとうに出来ていた。
もしも自分の死くらいと引き換えに出来るのなら、絶対に仇を討ってやろうと、強く強く思うのだ。
『てな、わけで……メーリ、グンヒルド行ってくるぞ』
『うん! パパ、頑張って!』
パパ、頑張って……か……
リュウは心が温かくなる。
力が湧いて来る。
『了解、メーリ! 行って来るぜぇっ!』
『リュウ! 貴方っ!』
メーリに続き、グンヒルドも叫んだ。
まるで愛する夫を呼ぶように。
まだ……メーリとグンヒルドは、リュウの娘と妻になりきっているのだ。
リュウは、昔の家庭を思い出し、ひどく懐かしい気がした。
『おお、悪いな、グンヒルド。チームなのに、スタンドプレーでよ』
『ふふふ、それはお互い様だ!』
『はははっ、だな』
先ほど単独戦闘で暴走し、メーリに叱られた事を言っているのだろう。
リュウは、明るくカラッとした、グンヒルドが好ましいと思う。
どうやら、グンヒルドも同じらしい。
『また惚れ直したぞ、リュウ! お前はやはり……サムライだ……我が夫よ! 絶対に生きて帰って来いっ』
『おう! 頑張ってお前の期待に応えるぜ』
昔と同じだ……
今も……
『神様』となった今だって……俺は、変わらない。
それに元の世界からも、今の世界からも……
『愛する家族』が見守ってくれている。
ならば、俺は力が出せる。
全力で戦ってやる!
『ふたりとも、やばくなったら、すぐ退避してくれよっ!』
リュウは大きく叫ぶと、今なお笑い続ける人外へ、「ずいっ」と力強く一歩を踏み出したのである。
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