屁理屈先生と女の子なぼく。
一対一でじゃんけんをした時、人間が一番出しやすいのはパーらしい。ついでに、じゃんけんをする瞬間に「あ、ちょっと待って」などと言って一度勝負を止め、直後にもう一回じゃんけんをすると、相手はほとんどパーを出すという。
本当かどうかはともかく、随分と下らない深層心理を研究する人がいるものだ。
世界は単純に広く、複雑に狭い。そんな人が一人や二人、居てもおかしくないと言う事か。
まあ、多分嘘だろうけどね。
……と、言う訳で。
「おーい! ちずなー! ちょっとお茶注いでくれないかなーっ?」
「……いや、自分でやってよ。私は私で学校の宿題があるんだから」
「えー! そんなこと言わずにさー! ほらほらっ!」
「……仕方ないなぁ。今度からは自分でやってよ?」
「約束はできない、あははー!」
「……」
こんにちは、初めまして。ぼくの名前は双咲一葉。本当は男なのですが、事情が二つか三つ程組み合わさって、只今女の子やってます。最初の頃はかなり戸惑いましたけど、今となっては慣れました。誰か代わってくれ。
あそこで呑気にTVを見ているのが、通称"屁理屈先生"と呼ばれる筑利篇介先生。ぼくの命の恩人であり、同時にぼくにとっての死神でもあります。世も末です。
彼が何故"屁理屈先生"と呼ばれるのか……それは後々告白することになるでしょう。気が滅入りますね。
そしてその筑利先生の愛用茶飲み――「名前はまだ無い」君――に嫌々ながらもお茶を注いでいるのが、筑利先生の娘にしてぼくの幼馴染、筑利ちずなさん。日々の苦労に絶望しているぼくの良き理解者……であってくれていることを願っています。
そんな三人が住む、ここ。勿論地球、形状は一軒家。
しかし、その名は。
「Un desir d'apprendre」。和訳して、「知識欲」。なんでフランス語なんだろう。意味がわかりません。
何故ぼくがこんな所に住んでいるのか。元々の家族はどうしたのか。そして、何故女の子に性転換してしまったのか。色々と矛盾はありますが、思えば、あの筑利篇介先生に命を助けられたのが運の尽きだったかもしれません。いやまぁ命を助けられなかったら運も何もないですけどね。言葉のあやです。違うか。
まあ、そんな事はどうだっていいんですよ、この際。語る必要は……無いですね。
そんな感じです。
「……ねえ、父さん。父さんって高校の先生じゃなかったっけ? 何でここで呑気にTVなんて見てるの?」
「んー、それはね! ……。……そうだね、うん。ところでちずな、お茶もう一杯」
「え? あぁ、うん」
「……ふぅ。ありがと、美味しかった。それじゃ、ぼくはちょっくら出かけてくるよ」
「あぁ、そう。別に構わないけど、六時半には戻ってきてね。夕飯だから」
「りょーかいっ! それじゃ、アリーヴェ・デルチ!(さよならだ!)」
「いってらっしゃーい」
ちずなさん。異常な具合で話をはぐらされてますけど、気付いてるんでしょうか。
二人のやり取りを聞きながら、ぼくは学校の宿題を片付けていきます。
「……はぁ、全く」
向こう側の席に、疲れ気味の顔のちずなさんが座りました。ぼくは顔を上げ、彼女に話しかけました。
「……お疲れですね」
「そんな事無い。……訳でもない」
「でしょうね。あ、そうです。此処の問題教えてくれませんか……」
ぼくは日本史の課題プリントを彼女に差し出します。
こんななりでも一応ぼくは普通の高校に通っていまして、ちずなさんとも同じクラスです。普段の生活には何ら支障をきたしていませんが(あくまで、今現在です)、ただ、体育等の着替えの時となると色々と困ります。ぼくは健全な 男子 高校生なので、女子更衣室にお邪魔するのは許されていませんしぼくだって嫌です。しかし恰好が女子なので、男子たちと一緒に着替えするのもごにょごにょ。
と言う訳なので普段の着替え場所はトイレです。終わってます。
ぼくはそこまで知能指数は低くないと自負していますが、ちずなさんはもう、何と言うか何とも言えません。つまりは秀才。学校一とも噂される、天才的な頭脳の持ち主なのです。
そんな彼女に勉強を教えてもらっているのですから……、なんですか、テストではいい点を取っておかないと申し訳ないです。誰に何を言ってるんでしょうぼくは。
「んー何? あぁ、これね。ここら辺は結構重要だから、憶えといたほうがいいね」
はい。記憶しておきます。
ふと、親切に問題の解説をしてくれていたちずなさんが、顔をあげて何とも言えない表情でぼくのほうを見てきます。
……。
なんでしょうか。
「……いやぁ、こう見ると本当、一葉は可愛い顔してるなぁってね……。いっその事、そのまま身も心も女の子になっちゃえば?」
ぼくの存在理由を消そうとするのは止めてください。ぼくは男です。
……一応。
暫くして、筑利先生が帰ってきました。
「あっははー。ただいまーっ!」
お帰りなさい。どうでもいいですけど、その両手に抱かれている生物は何ですか。
「んー? こいつかい? こいつは犬さ!」
そりゃそうでしょうね。見りゃわかります。ぼくが聞きたいのは、なんでその子が貴方の手の中でぐっすりお眠りになっているのかと言う事です。まさか……、
拾ってきたとか言いませんよね。
「言うよ。拾ってきたんだ」
「……」
ぼくとちずなさんは同時に嘆息し、そして、キッチンへと歩き始めました。
「ちなみに名前はどうしようか悩んでるんだけど――あ、ご飯作るのかい? それじゃ、今日は焼き肉にしようじゃないかー!」
「……」
五月蠅い人間の一番有効な対処法は、完全無視だと良く聞く。
まあ勿論、その五月蠅い人間の度合いにもよるだろうけど。
と、言う訳で。
「……今日は何にしましょうか」
「勿論、焼き魚」
「了解です」
レッツ、クッキング。
「さて、二人とも。本日も、愉快な夕飯の時間と行こうじゃないか」
食卓を囲んで。
向かい側の席に座るニコニコ顔の筑利先生が、「いただきます」の合図をしました。
……いただきます。
ぼくは、ゆっくりと箸を手にとりました。
「……ところで二人とも。少し、聞いて欲しいことがあるんだけど」
「……?」
箸で焼き魚をほぐしながら、筑利先生を見ます。相変わらず、ニコニコしています。
……やっぱり、あれですか。筑利先生が、皆から"屁理屈先生"と呼ばれる由来。
全く持って簡単なことです。
ぼくは、ため息をひとつ吐きました。
「ぼくは、別にいいですけど」
「私も構わないよ」
「うん。ありがと。それじゃ、話すけどね――」
筑利先生が語り始めました。
「――よく、"限界突破"なんて言葉を聞くよね? あれ、おかしいとぼくは思うんだよ。だってさだってさ、そもそも"限界"って言葉の意味は、物事の、これ以上、あるいはこれより外には出られないというぎりぎりの範囲、境。限り。となってる。つまり、越えられないんだよ。そうだというのに、"限界突破"なんて言葉が存在する。これは完全な矛盾なんだよね。越えられないから限界と言うんだ。それを、突破する――物理的な法則に反してる。それでもあえて"限界突破"を突き通すと言うなら、それは、死と同義なんだよ。……そうは思わないかい?」
ふう、と一息ついて。
彼は、ニッコリと微笑みました。
「……まあ、いつも通りの"屁理屈"だけどね――」
なんとなく、察しはついていたとは思いますが。
彼が、筑利先生が、何故"屁理屈先生"と呼ばれるのか。
それは、筑利先生が、どうしようもない屁理屈吐きだからです。
「……。合ってるとは、思いますけど。……けどまあ。少なくとも――」
ぼくは、箸を置いて、筑利先生を直視します。
そして。
「――ぼくが男から女になった現象は、どう考えたって、常識の限界を軽く突破してると思うんですけど」
いつものように、溜息を吐きました。
なんだかめちゃくちゃな組み合わせを、と考えていたらふと頭の中に舞い降りてきたアイデア。
中途半端な処で終わっているのは、仕様かそれとも。
感想、評価待っております。




