2話
「あ!ニア!あれそうじゃない?」
ミルが指さしたほうを見ると、遠くに真っ赤な花が見えた。
「やっと見つかったか。よし、じゃあ急いで向かって、急いで採取して、急いで戻ろう」
「そんなにせかさないでよ。ちゃんとやるから!」
かれこれ30分探してようやく炎石花を見つけた。
その場所に向かうと、思っていたよりもかなりの量の炎石花が咲いていた。一面血の海のような赤だ。
オレらが見ていたのは全体のほんの一部だったらしい。
「ここすごいね!」
ミルがぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
「じゃあオレはトラップを仕掛けてくるから」
さっきと同じように炎石花が咲いている周りを大きくトラップで囲む。
結構この作業腰に来るんだよな・・・。それを比べると、農家のひとたちはすごいと思う。
トラップを仕掛け終えてミルの元に戻り、またさっきと同じようにミルの作業を眺める。
ミルは嬉しそうにものすごいスピードで採取に勤しんでいる。
眺めているのにもそろそろ飽きてきたので、暇つぶしに明日からの予定を確認することにした。
カバンから手帳を取り出して開く。
ええと、明日の予定は・・・あった。
おお、よかった。明日はエルシア北部で検問だ。
その次の日は・・・うわ、最悪だ。エルシア東部に移動してブルードラゴンの目撃情報の確認だ。
それが3日続いてその次の日は・・・オーク討伐。
その次の日は・・・。
予定を確認するたびに嫌な気持ちになっていったため、一週間分だけ確認して切り上げた。
手帳をカバンにしまい顔を上げると、先ほどと変わらないはずの景色がよりいっそうきれいに見えた。
ああ、平和だなあここは。ずっとこんな感じでのんびりとしていたい。
そんなオレのささやかな希望は突然聞こえてきた悲鳴にかき消された。
「なんだ!?」
今のは人間の声じゃない。トラップにモンスターがかかったのだろうか。
声がした方向を見ると、炎が上がっているのが見える。
オレはミルのほうを振り返って言う。
「ミル、もしかしたらトラップを超えてくるかもしれないからそこの木の後ろに隠れてろ!」
オレはミルが隠れたのを確認してから慎重に炎の元へ向かう。
おそるおそるトラップをみると、グリーンウルフが真っ黒にこげていた。
「なんだ、グリーンウルフかよかった」
グリーンウルフはウルフ系統の中でも体は大きいが、おとなしいほうだ。
グリーンウルフくらいならこのトラップで一撃だ。たいていのモンスターはこのトラップで撃退できる。
一応ほかにもモンスターがいないか周りを確認する。特にほかには見当たらない。
よし。大丈夫そうだな。戻ってミルに報告を・・・。
悲鳴が聞こえてきた。今度は人間だ。やばい、ミルのか!?
急いでミルがいた場所に戻ると、ミルは腰が抜けたのかしりもちをついて恐怖の表情で一点を見つめている。
その目線の先には、さっきのグリーンウルフとは比べ物にならないほど大きいグリーンウルフがいた。
こんなに大きいグリーンウルフは見たことがない。おそらく高さは平均の3倍ほど。つまり3mくらいだ。
オレが仕掛けたトラップの効果を全く受けていないようでぴんぴんしてやがる。
恐怖で動けないミルの元に駆け寄り、肩を思いっきりたたく。
「おい!立て!動かなかったら殺されるぞ!」
「は!?」
オレの焦りの声にミルは自分の状況を確認できたようだ。
そのグリーンウルフはゆっくりとこっちに歩いてくる。
こんなやつを相手にしたらさすがにやばい・・・。
正直全力で逃げたいところだが・・・。
この森の中じゃ馬には乗れないし、きっと走って逃げたとしても二人とも追いつかれて餌食になるだろう。
だったらオレが残って足止めをし、ミルだけでも逃げてもらうということがオレの騎士としてのあるべき姿なんだろう。仕方ない。
言い出したくない気持ちをこらえて素早く言う。
「オレが残って足止めをするからとりあえずお前は全力で逃げろ!」
当然のごとくミルは悲痛な面持ちでこう言う。
「そんな!ニアも一緒に逃げようよ!」
そんなことを言われるとやっぱり逃げ出したくなるからやめてくれ。
「二人ともやられるより一人でも逃げたほうがいいだろ!いいから早く逃げろ!」
言いたくないことを必死に言うオレ。
オレの最後の言葉に、ミルはごめんなさいという気持ちを込めた目線を送ってから走り出した。
オレはゆっくりと振り向き、こちらに向かってくるグリーンウルフを見据える。
恐怖で足が震える。いつもいつも死にそうな場面に遭遇すると決まってこうなるんだ。
鞘から剣を抜き、目の前に構える。いまさら逃げても変わらない。やるしかねえ。
グリーンウルフは本能のまま、獲物を狩るときのオーラを醸し出し、オレを狙っている。
突然グリーンウルフは飛び掛かってきた。
「くっ!」
オレは後ろに跳んで避けたが、グリーンウルフの爪が剣をかすめる。
ボウッ!その風圧でオレの剣が少しだけ燃え上がる。
その炎に驚いてグリーンウルフの動きが一瞬止まった。
これはチャンスだ!低い姿勢から剣を心臓に突き上げる。
カキン!
オレの剣は固いなにかにはじかれた。
上から牙が襲ってくる。ああ、これは死んだかな・・・。
いや、まだなんとかなる!
オレはそのまま前転してグリーンウルフの下に潜り込む。それと同時に剣を横に振り、足を狙う。
今度はしっかりと肉を斬る感触を得た。さらに剣を振る時の風圧で剣が燃え上がる。
「ギャオ!」
痛みにグリーンウルフが声を上げる。
それと同時に無防備なオレの背中にもう片方の足がとんできた。
「ぐはっ!」
3mほど飛ばされて木に正面からぶつかった。
かなりの衝撃と痛みのせいで上下が分からなくなる。上半身が痛すぎて動けない。
剣を握る手も力が入らない。いよいよやばいな・・・。
だから騎士なんて嫌だったんだ。こんな死に一番近い職業なんて・・・。
顔だけをグリーンウルフのほうへ向ける。
オレの与えた足への一撃により、向こうもかなり苦しそうな顔をしている。
オレもよくやったよ。こんな化け物相手に。誰かオレをほめてくれ。ちゃんと仕事を全うしてここでオレという存在が死にかけてるんだ。一人くらい最後にほめてくれてもいいだろう。
う、息も苦しい、そろそろ目を開けるのもつらくなってきた。
もういいや、オレはこの世界を脱落しよう。
目を閉じると同時に意識を失った。