1話
騎士という職業に就いてそろそろ二年たつ。
いまだにこの職業には慣れていない。というよりオレはこの職業が嫌いだ。
死にそうになったことは二回ほどあるし、怪我なんてかなりの頻度でしてる。
こんな職業、できることなら辞めてやりたい。
でも辞めることはできない。なぜなら、この国には世襲制があるから。
なんで世襲制があるのか?なんてことは、誰しも一般市民なら思うわけで、
それを親に聞くとこう答えが返ってくる。
「それはね、職人さんや騎士さんを末永く守っていくためなんだよ」
つまり、希少な技術をもつ職人と、危険が多い騎士の数を減らさないためにこんな制度があるというわけだ。
子供のころはこれで納得していたかもしれない。
でも今、いろいろ考えることができるようになって思う。
きっとこの制度は王や貴族が自分の地位を確固たるものにするためにつくったものなんだろうなって。
でもそれに気づいたところで結局何の意味もなくて、オレは今日も騎士として頑張って生きている。
「お、ミル、ようやく来たか。ちょっと遅いぞ」
「ごめんニア。ちょっと準備に時間がかかっちゃって。今日もいつものところに行くからよろしくね!」
「おっけー。いつものとこってエルシア北部の国境付近でいいんだよな?」
「うん!遠いけどよろしく!」
朝早い時間にエルシア北部門前でミルと合流する。
オレの今日の任務は炎石職人であるミルのお守りだ。
炎石職人は炎石と呼ばれる、風に当たると発火する石を加工している。
この石は非常に扱いずらく、加工しづらいため、炎石加工はエルシアの貴重な技術の一つとなっている。
材料である炎石は、炎石花という花の根元に生成され、これを採取するのにもかなりの技術が必要とされるため、炎石の採取は炎石職人が直々に行っている。
ただ、炎石花が咲いている地域は街から離れていて、モンスターに襲われる可能性もあることから、今日のオレのように騎士が一緒についていくことが義務付けられている。
ちなみに騎士は、このように街の外に出る人間を守ったり、街の入り口で検問をしたり、害悪なモンスターを討伐したりすることが主な職務だ。
今日はエルシア北部にお守りについていくだけだからモンスター討伐より気分は幾分か楽だ。
しかもエルシア北部は臆病なモンスターしか基本いないし、襲ってくるモンスターがいたとしてもそんなに強くはない。
天気もいいし、今日はいい日になるんじゃないかな。
軽く伸びをしてミルのほうを見ると、馬に荷物を括り付けている最中だった。
「なんか今日いつもより荷物多くないか?」
「昨日注文が多く入ったからいつもより炎石が必要になってね。その準備をしてたから遅れちゃったんだ」
「へえ。馬も大変だな。帰りは頑張れよ」
オレは帰りに大量の炎石を運ぶことになるであろう哀れな馬にねぎらいの言葉をかけ、自分の馬にまたがった。
「じゃあぼちぼち行こうか」
エルシア北部の門を出てまっすぐ街道を進む。
周りには農地が広がっている。
目的地に向かう間、オレはミルとここ最近の話をしていた。
ミルとは昔から家が近くて仲が良かったし、仕事でもこうしてちょくちょく会うからかなり親しい仲だ。
女の子の中だったらたぶん一番仲いいんじゃないかな?
「昨日注文が多く入ったって言ってたけどどこから?」
「エルシア南部の牧場主からだよ。最近南部で急激にシルバーウルフが増えたらしくて、急に炎石灯を20本作ってくれって言われてね。下級の炎石でいいからすぐにほしいって言ってたからかなり緊急の事態だと思う」
「へえー。まあシルバーウルフは炎が苦手だしとりあえず周りに炎石灯を立てておこうって感じなんだろうな。20本あれば下級程度でも効果はでるし。そういえば前に作ってもらった上級炎石コーティングの剣、かなり調子いいよ。ありがとな」
「ほんと?それはよかった。あれ結構丁寧に作ったからね。調子いいってことはどこかで使ったの?」
ミルの質問にオレは苦い顔をする。
「うん。あの剣で魚を焼こうとしたら火力が強すぎて速攻で黒焦げになっちゃって・・・」
オレの冗談にミルは少し笑って合わせてくれる。
「あはは。弱火にするにはこのぐらいの弱さで風を送らないとだめだよ」
急に馬を近づけて、ミルはオレの耳に息を吹きかけた。
「うわあ!」
危うく馬から落ちるところだった。
「危ないだろ!」
ミルはオレの言葉には反応せずににこにことこちらを見ている。
こういう茶目っ気があるところが親しみやすいんだ。それでいて加工技術の腕はしっかりしている。
「で、ほんとはどこで使ったの?」
ミルが話を戻してきた。
「ああ、えーと、先週ワイバーンの討伐に行ったときにね」
「ふむふむ。それで?」
「そのときにこの剣でワイバーンに斬りかかったんだけどあっさりと避けられて」
「まあ!」
「実剣の部分は避けられたんだけど炎石コーティングの炎はちゃんと当たったんだよ」
「ほおー。ちゃんと活躍してるようで作った私もうれしいよ。でも危なかったんだね」
「危ないなんてもんじゃない。こんな職業やっぱり嫌だね」
「あ、また出た」
そう、ミルに『また出た』といわれるほどオレは騎士に対するヘイトをさらけ出している。
そんなオレと相反してミルは自分の職業を気に入っているらしい。
どちらかというとオレのように自分の職業が好きじゃないやつが大半で、ミルみたいなやつは少数だとオレは思ってるんだけど。
だって普通自分のやることが生まれたときから決まってるなんて嫌に決まってるだろ?
貴族や王は万々歳なんだろうけど。
しばらく街道を歩くと農地が終わり、森林地帯が見えてきた。
ここからは馬から降りて歩いて向かう。
木々の間から日の光が差し込み、気持ちがなんかフワーっと朗らかになる。
オレとミルは一応周りを警戒しながら進み、昼頃に目的の場所に着いた。
その場所は、森の中にもかかわらず地面が砂地になっていて、茎、花、葉すべてが真っ赤な花がところどころに咲いている。
この花が炎石花だ。
「あれ、なんか思ったよりここ炎石花ないね。前来た時に取りすぎちゃってたのかな。まあいいや、とりあえずここに生えてるの全部取るからその間見張りよろしくね!」
「おっけー」
ミルは馬に括り付けた荷物から、何か道具を取り出し、さっそく作業に入った。
さて、オレも仕事をしますか。
オレの仕事はミルをモンスターから守ること。
そのための一つの手段として、いつも簡易トラップを周りに配置している。
オレは荷物の中から、二つの木の棒の間にロープが結び付けられているものを取り出した。
これはこの棒を離れた場所に差してロープを張り、そのロープの上を生き物が通りかかったら作動するというミルお手製のトラップだ。
このロープの部分にも炎石がコーティングされていて、生き物が通る時の風を感知して燃え上がるという仕組みになっている。
オレはこの仕組みを初めて聞いたときに、普通に風が吹いてたらずっと燃えてるじゃん、と思ったものだが、よく考えたら炎が燃えているだけでモンスター避けになってるから、それはそれで意味がある。
子のトラップをしまうときは、水をかけて素早くしまう。水がないときは、水石と呼ばれる圧力をかけると水がにじみ出る石を炎石がコーティングされている部分に押し付けて、炎を消している。
適当にトラップを設置し終わったオレは、特にやることもなく、木陰からミルが作業しているのをぼんやり眺める。
手伝ってやりたいところだが、素人がやると危ないからと前に遠慮されたし、見守るしかない。
ミルは手際よく炎石を採取している。取り出した炎石は地面に置いておくと風に触れて発火してしまうため、専用の袋に入れて保存する。
やがて、すべての炎石花を採取し終えたミルが困った顔で炎石が入った袋をオレに差し出してきた。
「これだけしか取れなかったんだけど・・・。やっぱりこれだけじゃ足りないからもうちょっとだけほかの場所で採ってもいい?」
「でも、ほかの場所って言ってもたぶん炎石花が生えてるのはアムリとの国境近くだろ?国境にはあんまり近づかないほうがいいんだけどな・・・」
オレが軽く否定ムードを作り出したにもかかわらず、ミルは懇願の目で訴えてくる。
「お願い!注文を受けた分はちゃんと作りたいの!お客さんの信頼を裏切りたくないの!」
「わかった。わかった。じゃあ行こう。もしアムリの人と遭遇したら軽くあいさつだけしてすぐに離れろよ」
「わかってるって」
ほんとにわかってるんだろうか。
オレたちの国エルシアはかなり排他的な国で、隣国との交友を嫌っている。そのために、他国と貿易は行わないし、他国に入ることも禁じられている。
だから、他国の人間と遭遇した時も速やかに離れなければならない。
ほんとはあいさつをしろなんてことは決まっていないし、むしろ国は他国の人間に対しては無視しろって感じなんだが、ちゃんとあいさつをするのはオレとしての礼儀だ。
それに、これは自分の国への些細な反抗でもある。オレはこの国が大っ嫌いなんだ。
先ほど仕掛けたトラップを素早く片付け、馬に積み込んで出発の準備を整える。
「で、次はどこに向かうの?」
オレはミルに尋ねる。
「とりあえず国境方面で!」
「え、場所のめどとかついてないの?」
「だって国境近くはそんなに行ったことないしわかんないよ。探しながら進むって感じでいい?」
「わかったよ。日が暮れる前には帰りたいから早めに見つけろよ」
「大丈夫!炎石花はわかりやすいから!」
オレとミルは国境方面へ歩き出した。