お米を買おう
ジュリとカイリークは港まで一直線に続く大通りを港に向かって歩き、町の中心部に向かっていく。
町の中心部より港寄りにある市場は、外から続々と入港してきた船から降りてきた信者達で、大きな賑わいを見せていた。
レイシェアスに入ってきた信者達はまずその日の宿を取ってから、港から神殿まで一直線に続く大通りを通って神殿へとお参りをしに行く。
信者が入れるのは外神殿までで、そこから世界樹へと日々の健康や安寧を願うのだ。
ジュリお目当てのお米は飼料にされているので普通の食材屋には置いていないらしく、動物の餌などを置いている店でないと買えない。
色々な種類の飼料が置いてある中、念願のそれを見つけた。
「あった、お米!」
ジュリの知るお米よりは少し小ぶりな気がするが、間違いなくお米だ。
しかし、お米で間違いないのだが、少し困ったことになった。
飼料だからなのだろうか、脱穀され殻が取られただけの玄米の状態だ。
「これって精米してくれます?」
「精米ってなんだい?」
店員のふくよかな女性はジュリの質問に質問で返してくる。
「……精米を知らないの?」
ここでは米を食べる習慣がないので、美味しく食べるために精米するということがないのだろう。
これは困った。
玄米のままでも食べられなくはないが、真っ白いお米を食べるためには自力で精米するしか方法がない。
機械のないこの世界では大変な作業になりそうだが、ここまで来て買わないという選択肢はないのだ。
「すみません、これ、お米下さい」
異世界でなくてはならない主食を見つけられて少し興奮気味のジュリ。
「はいよ。どれくらい欲しいんだい?」
カイリークによると神殿には飼料であるお米は置いていないらしく、それならたくさん持って帰りたいが、沢山買うと持って帰るのに大変だ。
しかし、その時、右手の中指にはまった指輪が目に入った。
「この指輪確か……」
それは神様からもらった収納アイテム。
いくらでも収納できるというらしいこの指輪。
これなら沢山買っても楽々運べるはず。
「じゃあ、その袋分下さい」
三十キロは入っていそうな袋を指差す。
カイリークは横で「えっ、そんな大きいの!?」と驚いている。
指輪の存在を知らないので自分が運ばなくてはならないのではとでも思っているのだろう。
「ジュリ様、いくらなんでもあれ持って帰るのは流石にしんどいんだけど。もっと小さいのにしない?」
「大丈夫、カイリークには持たさないから。とりあえずお金払って」
渋々といった様子で代金を払うカイリークの横で、ジュリは持って帰る袋の前に立つが、そう言えばどうやって使うのか聞いていなかった。
指輪をかざしてみたり、念じてみるが全く反応がない。
「これどうやって使うの~?」
八つ当たりにぺしっと、指輪をはめた右手で袋を叩くと、目の前にあった大きな袋がぱっと消えた。
カイリークと揃って目をぱちくりとさせるジュリ。
「ジュリ様、今何したの!?」
「私も分かんない。多分この指輪の中に入ったんだと思うけど」
何が切っ掛けで収納できたのか分からない。
「指輪?」
「神様からもらった指輪。何でも収納できるんだって」
「うへぇ、そんな物もらったの?
まあ、そういう魔法具はあるにはあるけど、かなり希少なものだよ。しかもウルディアス神にもらったなんて、猊下に見せたら狂喜乱舞するよ、きっと」
あの方誰よりも信仰心が厚い人だからと、カイリークが話す。
ジュリも納得だ。ルーンバルツはジュリに対しても少し過ぎるほど仰々しい。
好かれているからいいのだろうが、もう少し肩の力を抜いて欲しいと思う。
「まあ、とりあえず収納できたからよしとしよう」
ただ、収納の仕方も分からないが取り出し方も分からない……。
この後ちゃんと指輪からお米を取り出せるか心配だ。
なんにせよお米を買って満足だ。
後は特にすることもないが、この世界の食材にどんな物があるか今後のためにも興味がある。
市場を回りながらカイリークに気になった食べ物の名前を聞いていく。
ジュリも知っている食材もあるが、知らないの食材もある。
割合にすると半々と言ったところだろうか。
知ってはいても形や色が違ったりするので、気になった物を片っ端から買っていく。
後で食べて味を確認するのだ。
どんどん買っていく中で分かったのが、指輪の使い方。
あーだこーだ収納しようと試行錯誤している内に、収納方法が分かった。
収納したいと思い浮かべながら、指輪をその品物に当てるのだ。
ちゃんと収納したいという意志がなくては収納できない。
それ故、ただ指輪が当たっただけでは収納できないようだ。
なので間違って収納してしまう心配はないようで安心した。
何でもかんでも指輪に当たった物を収納していっては大変なことになる。
後の問題は取り出し方ではあるが、これは帰ってから色々と試してみるしかない。
とりあえずは買い物だ。
そうして店から店へと渡り歩き、見回っているとふと籠に山のように積まれた赤い色がジュリの視界に入った。
まるでサクランボのような赤い実。
ジュリは昔見たテレビの映像でその実に見覚えがあった。
「これっ!カイリーク、これ何!?」
興奮が抑えきれないままカイリークに問い掛ける。
これがもしジュリの思っている物なら、夢の喫茶店に大いに近付く。
「これはカフィの実だよ。この実を煮ると凄く良い匂いのするスープができるんだよ。実自体は少し甘いけど、種が大きいからそのままはあんまり食べないかな」
「これ買う!沢山買って!!」
「おお、良いけど、そんなに好きなの?」
あまりのジュリの気迫に少し後退るカイリーク。
買い取った実の一つを取り半分にしてみると、果肉に包まれるようにして二つの大きな種子が入っていた。
それはジュリが喫茶店を開くために何より欲しかったもの。
「うう~、この世界にもあったぁ」
感動に打ち震える。
「そんなに嬉しいの?」
「嬉しいに決まってる。だってコーヒーがあったんだもん!」
サクランボのような赤い実と、中にある種は間違いなくコーヒーの実だ。
「コーヒーじゃなくて、カフィだよそれ」
「違う、コーヒーになるの!」
「コーヒーってジュリ様が言ってた黒くて苦い飲み物でしょう?実を煮てもそんな色にはならないよ?実も甘いし」
違う物じゃないの?というカイリークに、ジュリは断言する。
「ちゃんと加工すれば美味しい飲み物になるのよ。これで喫茶店にもコーヒーをおける」
ないと言われ諦めていたのに、まだこの世界ではコーヒーという飲み物が開発されていなかっただけのようだ。
なら自身で作り、この世界に広めるだけ。
やってやると、ジュリは拳を握った。
***
神殿へと帰ってくると、歩き回って疲れた体をソファーに沈める。
「はぁ、疲れた」
調子に乗って沢山店を見て回ったせいで足がぱんぱんだ。
しかしおかげで収穫は沢山あった。
明日は買ってきた物を出して手を加えよう。
ふくらはぎを揉んでマッサージして疲れを取ろうとしていると、窓の外にきらきらと光るものが横切った。
窓を開けてみるとひらひらと虹色の羽根を羽ばたかせたジュリの使い魔である蝶が入ってきた。
ジュリの命令を終えて帰ってきたのだろう。
「ご苦労様」
ひらひらとジュリの差し出した指に止まると、すうっと溶けるように消えていった。
続いて目を瞑ったジュリの瞼の裏に、見えるはずのない映像が流れる。
それはジュリが作り出した蝶が見ていた風景。
空に飛び立った蝶の視界は段々と空へ空へと登っていき、上空からレイシェアスの島を見下ろす所まで登っていった。
ジュリが蝶に命じたのはこの島の探索。
この島がどれ位の大きさでどんな島なのか、上空から観察してくることを頼んだ。
まるでドローンで見ているかのような映像は、段々と島の周囲を回っていく。
どうやらこのレイシェアスという国は国という割にそれ程大きい島ではないようだ。
人の足でも一日二日で島の外周を回ることが出来そうなほど小さい。
島のほとんどが深い森で覆われており、東側の港周辺の町がある辺りだけは、夜でも灯りが消えない賑やかさがある。
だが、人の手が加わり人が住んでいるのはほんの一部分だけのようだ。
その一部分だけでも、町として大いに賑わっているのは、それだけ信者がたくさんやって来るのだろう。
東側の港以外は切り立った崖が続いており、そちら側から島へ入るのは難しそうだ。
それ故、唯一島へ入る手段が、東側にある港になるようだ。
ジュリは窓から外に向かって両手を伸ばす。
大量の魔力を集めると、それが形を作っていき、数十、数百もの美しく輝く虹色の蝶が生まれ、空へと舞い上がっていく。
それは幻想的な光景を生み、遠くからそれを目にした神官達は足を止め魅入っていた。
ジュリがそれ程多くの使い魔に命じたのは、レイシェアスだけではない他の国も同じように見てくること。
世界地図はあるようだが、やはり実際に目にしたものとは違ってくるだろう。
かといってジュリ一人では世界の端から端まで見て回るには時間がとても掛かる。
それ故大量の使い魔に任せることにした。
普通であればこれだけの使い魔、作り出す前に魔力が枯渇して死んでしまうが、世界樹と繋がるジュリには何てことはない。
全ての使い魔が飛び立ったのを確認して窓を閉めた。




